第29話 できること全て、絶対に
「ミーコ……ミーコ、みいこ、みっ、こ、ミーコっ!」
光が止み、赤熱するアスファルトへひざを折る深衣。
カルテはその焼け爛れてボロボロの体を抱きとめる。
「っつあ……あ、ああああっ、なんで、どうして……なんでぇ…………」
「………………………………っ、ぉ」
「……え、えっ? みぃこ……ミーコ、聞こえる!?」
生きているはずがない。
あの極光の中。足元のアスファルトが溶けるほどの灼熱の中。耐えられたはずがない。
けれど深衣のその姿は、酷い火傷に覆われているものの、まだかろうじて一命を取り留めていた。
彼女の左手。コンパクトを持っていた右手とは反対のその手から、長方形だった煤の塊がボロボロと零れて消える。
「っ、い、ちど、こわれ、てたら。も……こわれ、ない……」
「ハア!? ハア!?!? だから大丈夫っての!? 馬鹿な事言わないでよ!」
人生破壊光線。
それがあくまでも『人生を破壊する光線』なのであれば。
食らっても命までは取られないはず。
深衣は何も考えず飛び出したわけでは決してなかった。
そして様々なことに助けられて、その光に一度、耐えきることができたのだった。
「い い い い」
「ッ!!」
しかし、深衣が飛び出してきた十字路の一つ向こうには、まだ光線女が立っている。
「い いい い いい」
「アタシが守る! 今度はアタシが盾をやる! 絶対死なせない! 死なせてやらない!!」
「いいいい いいいいいいいいい」
光線女に背を向けて、深衣を抱き込むように守るカルテ。
しかしその無防備な背中に光線は飛んでこない。
「いいいいいいいいいい」
まだ光を溜めているのか?
ちらりと振り返るカルテ。
彼女は、見た。
光線女が……泣いてる……?
萎んでしわくちゃに縮んだ顔を悲し気に歪ませて、目があるのだろう皺から赤黒い液体を垂れ流し、食いしばるように結んだ乱杭歯の隙間からダバダバと黒褐色の液体を吐き出して、号泣と取れる情緒を見せていた。
「いいいいいいいいいい良いいいいいいいいい子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
がしゃん、体の方の手に持っていたステッキを落として。
ぱちぱちぱちぱち、おもむろに拍手を始める。
「いいい良い良い良い良い良い良いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
白樺の枝のような手を高速で打ち鳴らして、光線女は賞賛を表現する。
「は……? なんなの……? ……いい子、って言ってるの?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
壊れたオモチャのように叩く手を止めない。
呆気に取られて見ていると、蒼白だったその手は赤みを帯びていき、まもなく破れて血液を噴き出していく。
それでも女は拍手を止めない。
異常極まる様子だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「……っ、だったら、見逃してよ、最高にいい子のミーコに免じて、ミーコだけでもいいから!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「聞いてんの!? 言葉通じる? 脳みそあるんじゃないの!?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
………………」
「ヒッ……!」
ボシュンッ、小さく空気が爆ぜたような音がして。
光線女は突然元の顔に戻った。
カルテが最初に見た、作り物めいた不気味な化け物女の顔だった。
化け物はカルテと深衣を見下ろしたまま、いーっと口を引き結んで。
「じっじじじじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
アブラゼミのように唸りながら、また顔を膨らませ始めた。
「なんなのよ!! なんなのよなんなのよなんなのよぉッ!!!!」
今度こそもう助からない。
深衣を強く抱き込んで、再び光線女に背を向ける。
しかし。
急に掛けられた力にぐらりと倒れこんで回り。
深衣が上に乗る形を取ってしまう。
「ちょっと……ッ!」
「ま……だ……」
馬乗りになってなんとかカルテの上半身、頭を、影の中に収めた深衣。
頭だけを捻りこむようにした姿勢で、その目は光線女を見据えていた。
「っざけないでよ、どいて……っ、どいてよぉ……」
「まだ……、できる、こと……」
強く意識を集中して、深衣は光線女を見ていた。
今の深衣に《《できること》》。
彼女がカルテの元に駆け付けることができた、この能力。
『共感の呪い』。
頭の中を対象ただその一人のことで埋め尽くして、より鋭く、より強く、より繊細に感じ取る力を高めれば、それは遠く離れた相手の感情……『特定の脳波』を察知することさえできた。
深衣は『カルテの恐怖』のみを対象に呪いを先鋭化させ、その気配を濃く感じる方向へとひたすら走り、彼女を見つけたのだった。
今はそれを光線女に向けている。
最期に知りたかったのだ。
この怪異、この都市伝説、その原点に人間がいると知ったあの日。
あの日からずっと気になっていたこと。
人生破壊光線女は何を考えているでしょう?
もしかしたらアレには、報いる気持ちがあるのではないでしょうか?
掲示板に晒され根も葉もない都市伝説を付加されたあの悲し気な写真の女性を憐み、物笑いの種にして自分をこの世に生み落とした匿名者たちに復讐しようとする『心』があるのではないか。
初めてクロユリさんに会ったときのことを思い出す。
じっとりと湿っぽくて重厚な親しみの感情が向けられているのを、深衣はあの怪異の少女から読み取ることができた。
彼女に対してできたなら、光線女にもできるはずだ。
さっきの光のせいでまだ視界がほとんど白飛びしている。ぼやける光線女の像を睨みつけてなんとか補正し、そこにあるだろう感情のみに思いを巡らせる。
そのほかは、岩のように重く静かに。絶対に動かさない。
……段々と、深衣の心へ。
光線女の、感じているものが。
伝わって。
きた。
──まぶしい
──こわす
それだけ。
たったその二つだけ。
他に何も考えていない。
眩しいものを壊すだけ。
人の幸福を焼き滅ぼすだけ。
都市伝説通りに人間を襲って恐怖と絶望を与える。ただそれだけ。
それだけがこの怪異の行動原理だった。
そこに心など、ありはしなかった。
最初、深衣が邂逅したときの言葉も、いま、深衣を賞賛してみせたのも、相手が眩しいかそうでないかに付随した鳴き声でしかない。
どこまでも虚無な、人間の敵。
深衣の抱いた淡い期待は、最期に儚く砕けて壊れた。
「はあああああああああああああああああああああああかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「こんなの、よくない、ひどい、のです……」
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「なんでっ! どいてッ!! 誰か、誰かミーコを!! 誰か、助けてッ!!!!」
「こうせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!」
「クロユリさんッ!!!! ミーコを助けてぇッ!!!!」
その声とどちらが速かったか。
音と比べれば、光の方が速いに決まっている。
人生破壊光線女の極光は、その喉の奥の手が持つステッキから確かに放たれた。
来る。深衣とカルテは思わず目を塞ぐ。二人の視界に黒が満ちる。
黒は、二人と怪異の間にも立っていた。
「ごめんね」
怪異の膨らんだ首に、金のリングを嵌めた十指を食い込ませ。
バルーンアートを作るようにへし折って直上に向かせる。
巨木の幹ほどもある光線は壁を掠めてから、赤く焼け付く高い空へ。
光はそのまま水平移動する。
地面にその頭を叩きつけられた光源は引きずられて、深衣とカルテから一瞬の間に遠のき。
向かいの壁に激突する。堅牢なコンクリートを破壊してゴリゴリとめり込まされていく。
メキメキと折れて、バキバキと砕けて、グシャグシャと溢れる音がする。
「すぐに来てあげられなくて」
ふわり。少女が振り返り。
真っ黒なスカートが目の前をはためいた。
「【怪異退治のクロユリさん】 あとはわたしに全部任せて」




