第28話 都市伝説怪異【人生破壊光線女】
先を行くミーコの後ろ姿を見る。
キレイだったセミロングの黒髪はゴミ女とカス女のいじめの影響か少し痛んでいて、数本真っ白になってるのもあった。
それでもなんでか、頼もしいと感じる。
人ごみに道を譲らせるその自信ありげな姿勢のせい?
迷いを感じさせないはきはきとした歩き方のせい?
それとも、美術品みたいに大切にしたくなるその顔面のせい……とか。
元々、アタシがミーコを選んだんだ。
小学校のころ、アタシはいじめられてた。
主に男子から「ヘンな髪の色」とパパ譲りのブロンドヘアーをからかわれた。
でもそれが好意の幼稚な裏返しだと教えられてからは、上から目線で踏みにじるのが楽しくなった。
中学校では人気者になった。
どちらかというといじめる側で、ぱっとしない女子をパシリに使うこともあった。相変わらず男子は馬鹿で、ちょっと気のある素振りを見せれば特別優しくしてくれた。愉快だった。
高校に上がって。
調子に乗っていたアタシは、自分に相応しいグループに入るべきだと思った。
メイクだとか恋愛ドラマだとか韓流アイドルだとか、少しも話が合わないとわかっていたのに、アタシならどんな趣味でも受け入れてもらえるとかうぬぼれて。
綺麗で強そうな女の子たちのグループに声をかけた。
背が低いのに自信たっぷりで、くだけているのにサラっと賢い言動で進んだ価値観を匂わせる、今は外してしまった黄色のカラコンで妖しい流し目をするあの子。
冷杯深衣に、話しかけた。
仲良くなりたいなって、思った。
結果は、それはそれは酷い大失敗。
本性は内弁慶のオカルトオタクであるアタシは感性のズレや些細な取り違えを一々笑われるようになり、グループの奴隷のような存在になり、まもなくいじめが始まった。
こんなはずじゃ、なかったのに。
「ん?」
馴染みない燦宮の活気に注意を惹かれてきょろきょろと見回していたカルテは、頭上に大きなスクリーンがあることに気づいた。センター街のイベントや付近の店のプロモーション映像を投影するためのものだ。
今そのスクリーンは真っ暗な闇の中にキラキラと白い光の粒子が飛び回っていた。やがて中央で静止したその光は、一際強い光を放つと、かわいらしい服の少女になる。
何らかのアニメのPVが映し出されているのだとカルテは理解した。
秋アニメのかな。知ってるやつだったらなんか嬉しいかも。
スクリーンのある方へ歩きながら、ぼーっと見ていた。
闇の世界の中に、横を向いた少女が浮かんでいる映像。
髪型はボリュームのある金色のツインテールで、白とピンクのフリフリが特徴的なメルヘンチックかつスタイリッシュな服を着ている。
体の影になって隠れていたその右手には、先端に紅いハート型の宝石を誂えた短いステッキを握っている。
よく見ると、少女というには頭身が高い。
大人の女性だ。
ステッキを持った魔法少女姿の女性はふわりと方向転換して体をカルテの方に向ける。
アニメ調の着ぐるみのようにのっぺりした笑顔で。
水色の虹彩と暗黒の瞳孔で。
真っすぐ、カルテを見下ろしている。
目が合った。
頭上のスクリーンの前にいた、【人生破壊光線女】と。
「あ」
目を背ける。
いや、遅い。遅すぎた。
すぐに視線を戻す。宙を浮かんでいた光線女はゆっくりと下降してきていた。
「み、深衣」
震える声が呼んだ少女はすでに視界から消えている。
行き交う人ごみの中に彼女の姿はない。
はぐれていた。置いて行かれていた。
手、繋げばよかった。
繋げなかった。
繋いだら、クロユリさんに会うより前に……
幸せを感じてしまいそうだったから。
「そ、だ、クロユリさん、クロユリさん!! 助けて! 助けてクロユリさん!! クロユリさん!!」
通路の真ん中で必死に叫ぶが、人のいなくなった大通りに反響するだけ。
いつのまにかコスプレ女とカルテしかいなくなったセンター街に、黒いセーラー服の少女は現れない。
「なんで……? アタシ、本気で、怖いのに……死ぬかもしれないのに! 追い詰められてるのに!!」
恐慌状態に陥り、無我夢中でその場を逃げ去る。
走る。走る。当てもなく。
ふと深衣の話を思い出す。
実は深衣に聞くより前から知っていた、光線女は鏡を避けるという噂。
「かっ、鏡、かがみ、かがみっ!」
燦宮に来るのは今日が初めて。鏡のある場所などわからない。
コンパクトミラーも持っていない。
「クソっ、ッ、はっ、てか、なんで、なんで!?」
なんでアタシが襲われてるの!? 『条件』は満たしてないでしょ!?
だって、アタシは、幸福になんか……!
幸福になんかなってない。
人生破壊光線女のお眼鏡にかなうような『人生の幸福』なんて感じていない。
感じているはずがない。
そう、言いたかったが。
カルテは、成し遂げた後だった。
見初めた美少女と仲良しになった。
隠していたオカルト趣味を明かせた。
一緒に都市伝説を調べて毎日存分に話し合えた。
深衣と、親友になっていた。
それが人生の幸福でないなんて、あんまりな嘘というものだ。
否定の言葉が彼女の喉を出ることはなく。
運動不足の体は代わりに喘鳴を吐き出していく。
体力はみるみる減っていく。
燦宮に出没する怪異なら、燦宮の外まで走り切ればあるいは可能性があったのかもしれない。
だが思いつくのが遅すぎた。
もうそんな遠くにはいけない。
そもそも今いるのがどこかわからない。
西日に焼かれたように真っ赤で狭い空の下、背の高い建物が密集する路地裏をカルテは走っていた。
走って、走って、走って、走って。
「……ぃ、き、止まり……?」
袋小路に迷い込んでいた。
体が燃えるように熱い。
自分の心拍と呼吸の音が大きい。
耳鳴りがして外の音が聞こえづらい。
かちかちと歯を打ち鳴らす音もうるさい。
これじゃ聞こえない。落ち着いて。息を整えて。静かにして。
じゃないと。
こつ、こつ。
ヒールの足音が。
こつ、こつ。 こつ、こつ。
振り返った、二つ向こうの十字路の角。
こつ。
そこに。
女の顔があった。
工場で縫製したような無感情な水色の楕円。それが彼女の瞳だった。
蒼白の顔面下部には張り付けたような赤黒い逆三角形。それが彼女の口だった。
薄汚れた頬が蠢いて、ワッペンのような口の鋭角をさらに尖らせる。
それが彼女の笑みだった。
獲物を追い詰めた怪物の貌だった。
「 しあわせ? 」
赤黒い口から音を吐き出す。
それを言葉と理解するのにカルテは時間を要した。
「し あわせ ?」
「あ、……っあ、い、いや……」
理解できたところで、答えようもない。
答えたところで無駄なのだろう。
目の前の怪物から会話ができるような知性をカルテは感じなかった。
女は十字路の壁からゆらゆらと歩み出て、薄汚れたファンシーな服装をカルテの前に晒す。
その化け物女の頭が膨らみだす。
ぶくぶくと、風船のように。
「こ わし た い ぃぃいいいいいいいいいいいい」
「た、すけ、て、だれか……」
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ っじ じじっ じじじじじじじじじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「いや、いやいやいやっ、助けて、誰か、クロユリさん、ミーコ、助けてっ、助けてええぇっ!!」
震える足では立っていられず、カルテはその場に尻もちをつくようにして倒れこむ。
自らを抱くように沿わせた手はかたかたと振動していて、その場の石ころを投げつけることも叶わない。
焦燥と後悔と絶望が腹の底でぐちゃぐちゃと渦巻く。
続かない息。ぽたぽたと垂れていく汗。
それを嘲笑うように、止まないけたたましい唸り声。
視線を正面に戻せば、顔を体の何倍にも膨張させた光線女がいた。
大きく開かれたその口から光が漏れ始める。
口からビームを撃つ。ステッキでビームを撃つ。
ふと思い出した、二つの言説。
それはどちらも本当のことだった。
光線女の口の中に、カルテはその光景を見る。
喉の奥から、灰色の腕がぬるりと伸び出て。
光を蓄積して真っ白に発光するステッキをカルテへと向ける。
「あ、あああ、いや、いやあああ」
アタシ、ここで死ぬんだ。
助けなんて来ない。
囮作戦なんて馬鹿なことするんじゃなかった。
調子に乗って失敗した。
クロユリさんを呼べないのもそう。
高校デビューもそう。
アタシはダメな運命なんだ。
何をしても失敗するんだ。
失敗して死ぬしかなかったんだ。
こんなことなら夏休みに自殺しておけばよかった。
いじめを苦に死ぬ方がずっと怖くなかった。
その方が何倍もマシだった。
助けなんて、来て、くれないんだ。
「いいいいいいいいいいいいんんんんんんんんんんんんんんんせぇ…………」
「あ、あ………………」
「はあああああああかああああああああああいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「助けて、助けて、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてッ!!!!」
ここで。
焼き殺される。
「こうせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!」
電子レンジの中にいるかのような、熱さと焦げ臭さ。
けれど。
灼熱の光が身を焼く痛みは、いつまで経っても訪れない。
「……え?」
「っぐ、あああ、ひぐっ、ぐ、う゛うううっっ」
耐えるようなうめき声は、カルテのものではなく。
「み、い、こ……」
「があ゛あ゛あああああああああああああぁっ」
光線女とカルテの前に立っていたのは、携帯用のコンパクトミラーを突き出している深衣だった。
カルテよりも小柄だが、彼女は倒れて縮こまるカルテのすぐ前に立つことで光を遮り、なんとかその影の中にカルテを収めていた。
ミラーはわずかに光を反射して光線女を照射しているはずだが、あまりの光量に二人の視界からは何も見えない。
ただ怒濤のような光線の放出が止まないということは、効いていないということだと結論できよう。
「ぐぅっああああああっ」
コンパクトを持つ手が焼け爛れ、深衣はそれを持っていられなくなる。
べしょり、がしゃん。溶け始めていたコンパクトミラーが砕ける。
深衣の肌や制服もまた、その高熱にさらされて焼き焦がされていく。
「み、ミーコ、だ、だめっ、死んじゃう! ミーコ!!」
深衣は動かない。
膝を折ることも、倒れることもない。
怪異の口腔から放たれる極光の前でその身一つを盾と成す。
だって、決めたのです。
あたしの人生すべてを失うとしても。
カルテちゃんは、絶対に。
守る。
目を閉じているのに視界が真っ白だった。
皮膚の感覚はすでに死んでいたが、目と頭の痛みはいつまでも続く。
生きたままの脳と眼球がハンドミキサーで無慈悲にかき混ぜられるような激甚の痛みが終わらない。
死ぬよりもずっと息苦しい灼熱が臓腑を沸騰させている。
壮絶な激痛が生存意欲を底の底までぶち抜いて、深衣の思考能力を破壊し尽くそうとしている。
今彼女に残るのは、もうたった一つのことだ。
守る。
絶対に。
死んでも守る。
深衣は、最後まで倒れなかった。
光線女の光が途絶えるその時まで、盾となった少女は親友を守り抜いたのだった。




