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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第一章 人生破壊光線女
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第27話 手を

 改札を抜け、開けた視界に密に入り乱れる人間の濁流を見てお上りの少女が言った。


「人(おお)っ」

「いつもこんなものですよ」

「へえ。都会は人ごみなのね」


 よくわからないカルテの感想にツッコミたい気持ちもあったが、経験上深掘りしても理解できる表現が出てこないことを知っている深衣は「なのです」とだけ言って適当に流す。


 今は都市伝説怪異【人生破壊光線女】が出没する伏魔都市、燦宮に二人は到着した。

 数えきれない人でごった返す夕方の地下鉄駅を人波に流されるまま歩き、巨大な意思に導かれたように地上へと歩み出る。

 カルテの地元にはないカウントダウン付きの歩行者用信号機が青に変わるのを待つ間、そわそわと落ち着かない様子の彼女を深衣は見た。


「もうすぐ会えますね」

「っ! そうね! もうすぐね!」


 これ以上待ちきれないと焦がれる心の躍動が深衣にも伝わってくる。それは今にも走り出したくなるほどのもの。

 いい子の呪いがある自分はともかく、カルテが走り出さずにいられるだろうか?

 深衣は若干の心配を抱いて、提案をすることにした。


「カルテちゃん、手を繋ぎましょう」

「ハァ!?!?」

「その……はぐれると危ないのです」


 勝手にどこかに行かないよう繋ぎとめるためなどと正直に言えば、「子ども扱いしないで!」と意固地になるのが容易に想像できたので、深衣は妥当な理由を告げた。

 しかしそれでも、カルテはやはり意地を張る。


「はぐれないわよガキじゃあるまいし!」

「いや、でも……」

「それに、アレよ! アタシたちそういう仲じゃないでしょ!?」

「あっ……」


 そういう仲じゃない。その言葉にちくりとした痛みを覚える。

 共感の呪いが伝える他者の痛みでも、いい子の呪いが生み出す罰の痛みでもないそれは、深衣を当惑させる。


 ……そういえばあたしたちは、どういう仲なのでしょう?


 クラスメイト。調査協力者。そして、いじめ加害者と被害者。

 振り返って考えてみれば、なるほど確かに、手を繋ぐような関係性はどこにもないのかもしれない。

 咄嗟に出たカルテの言葉にはっと気づかされた。


 言った本人は罪悪感を覚えていて、それは深衣にも伝わっていたが。

 もっと強い罪悪感を抱いていた深衣は曇ったままだ。


 差し出していた手を、静かに下ろした。


「……行くわよ。()()()()()、早く終わらせましょ」

「……そうですね」


 濃さを増す罪悪感を、無理やりに楽しい期待で塗りこめるカルテ。深衣もそれに倣って前を向く。

 以前クロユリさんと出会った場所を詳しく知っているのは深衣だ。自分が先を歩かねばならない。

 同年代の中でも身長が高く歩幅の広いカルテを、比較的小さい深衣は速足で追い越して先導する。


「プラザまでしばらく歩くのです」


 平日とはいえ、夕方であれば様々な人で通りはごった返していた。学生、婦人、老人、会社員、配達員、店の従業員、少ないが家族連れも。


 そういえば! もし呪いを解くことができたら、お母さんに掛けていた心配もきっと取り除くことができるのです。


 前向きな気持ちは逸って、気持ちの速度に歩調も従う。

 もしも、すべてがうまくいったら。光線女を倒せて、呪いも解けて、カルテへの贖罪を果たすことが叶ったなら。それはなんて幸せなことだろう。


 気づけば跳ねるような歩みでプラザの前まで来ていて、前のめりになるくらいの勢いで止まった。


「ここの階段を上って、左に進めば……」


 振り返ってカルテを見る。



「…………は」



 彼女が救うべき被害者は、そこにいなかった。



 はぐれてしまったのです?

 いや、遅れてもついてきてくれていたり……


 辺りを見回すがカルテの姿は見えない。


「プラザを目指していたのは、言っていたから、ここに来てくれるはずなのです……」


 60秒を待つ。

 カルテは現れない。


「す、スマホ……」


 メッセージを送ろうとして、それよりもと電話を掛けることにする。

 呼び出し音が繰り返される。一回、二回、三回、四回……カルテは電話に出ない。


「ぁ、……か、カルテちゃん、……カルテちゃーん! どこなのですー!?」


 恥ずかしい気持ちなど微塵もない。

 肺の底を炙られるような焦燥感。あるのはそれだけ。


「カルテちゃーん!! カルテちゃーん!!」


 必死に呼び掛けたが、通行人から奇異の目を向けられるだけ。カルテは現れない。

 ──なに? 迷子? うっさ。

 ──なんだよ騒がしいな。誰だよ。

 ──なんだあの子。カルテってなに?

 共感の呪いが歩行者の疑問、苛立ち、不快感を深衣に流し込む。

 ぐちゃぐちゃの悪感情と自己嫌悪で吐き気を覚えた深衣は駆け足でプラザ内の二階へ一時避難した。

 少し呼吸を整えよう。大きく深呼吸しようとするが、うまく息を吸うことができない。



「カルテ、ちゃん」


 どうしよう(こわい)


 どこに行ったの(こわい)


 どうすればいいの(こわい)


 どうしてこうなるの(こわい)


 死なせてしまうかもしれない。

 大切なあの子を。散々苦しめた彼女を。自分の、くだらない不注意で。

 あの人生破壊光線女《最も恐ろしい怪物》に焼き殺させてしまうかもしれない。


 そう思うと怖くて息が吸えなかった。


「はっ、っ、はっ、っあ、ああ、っ、っ!」


 鞄を胸に抱きこんで、なんとか安心感を得たくて、土埃の残る床に体を預けて、どうにか息を整えようと、手を、鞄の表面に巡らせて。


 ぴとりと、指先がそれに触れる。


[除災招福]


 赤地に金の刺繍が施されたお守り。占い屋の女性、六子からもらったもの。

 それを渡されたときのことを思い出す。


 ──諦めたくない。自分にできることがあるなら、全部、し尽くしておきたい。

 「やっぱり、ちょっとだけ、悪あがきさせて!」


 占い師、六子のその言葉と感情が脳裏に蘇る。

 それは、深衣が刻み込んだ覚悟も呼び起こした。



 全人生をかけて、カルテちゃんを守る……!



「……っ!!」


 起き上がり、深衣は走り出す。

 センター街を出て燦宮を奔走する間、彼女は。



 自分の()()()()()に全力を注ぎこんだ。



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