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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第一章 人生破壊光線女
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第2話 勝手に答える声

「あれが、人生破壊光線女……?」


 深衣みいの脳裏に浮かぶ、魔法少女のコスプレをした化け物の、着ぐるみのような顔。

 生地を引き裂くようにしてむくむくと膨らむそれを思い出し、ひりひり痛む皮膚の下に嫌悪感が疼く。背筋が冷たく硬直し、思考は逸って暴れ出す。


 なに、あれ。

 なんだったの?

 あのコスプレは何?

 人生破壊光線って何?

 この火傷なに? 治るの? どうなるの?

 あたし大丈夫なの? これからどうなるの? 何か起こるの?

 あれで終わったんだよね? もう大丈夫なの? もう平気なの?

 なにかすべき? あれはなに? どうすれば、どうすれば? なにを、 なんで、なにが なんで  あたし


「みーちゃーん? 大丈夫ですかー? すごい声が聞こえましたがー」


 扉の向こうから母親の心配そうな声がする。

 はっと息を呑むそれより早く次の声が


 勝手に、深衣の喉から出ていく。


「お母さん、ごめんなさい! 怖い夢を見て、叫んでしまっただけです! 大丈夫ですー!」


 それは深衣が何年も出していないような高い声で、深衣が滅多に使うことのない敬語で、深衣が捨てていた母親への気遣いの心が籠った返事だった。


「そ、そう……ですか? っと、今日から学校でしたよね? 朝ごはんができていますから、冷めないうちに食べに来てくださいね」

「はーい! お母さん、ありがとう!」

「え、ええ……」


 困惑しながら廊下を歩き去る母親の声が扉越しにか細く聞こえた。

 しかし、一番困惑していたのは。


「なに、今の……あ、あたし……?」


 他ならぬ深衣自身だった。





 制服に着替えた深衣がリビングへやってくると、食卓にはトースト、目玉焼きとベーコン、サラダ、コーンスープ、そしてコップに入った牛乳が丁寧に並べられていた。

 椅子に座って、朝のニュースを報じるテレビの方を見る。麻薬の不法所持で捕まった男性がパトカーに乗せられる映像、その左上に表示されていた時刻は6時35分。

 家を出る時間までは少し余裕があった。


「今日の学校はお昼まででしたよね。帰りは何時くらいになりそうですか?」


 キッチンから母親が呼び掛けると、深衣はトーストにバターを塗る手を止めて答える。


「13時半ごろになります。学校が終わったら真っすぐ帰宅し、家で勉強です。明日は夏季休暇明けの試験があるので」

「えっ?」

「えっ」


 二人の素っ頓狂な声が響いた。それが普段の深衣にありえないことだったからだ。


「友達と遊びに行かなくていいのですか? 確か、軽いテストだから帰ってきてからの勉強で十分だと、予定を立てていたと思うのですが……」


 深衣もそう思っていた。一学期の復習のような内容なので遊んで帰ってからノートを振り返るだけで点は取れるだろうと。

 しかし彼女の体はそんな考えとは真逆のことを、淀むことのない口調ですらすらと答える。


「学校帰りに街で遊ぶなんて、良い子のすることではありませんから。学業こそ学生の本分。時間があるのなら勉強をすべきなのです」

「はあ……、そう……ですか?」

「はい!」


 はいじゃないけど!?


 脳内で自分に反論する深衣。彼女にとって、決まりきったことを頭に入れるだけの勉強より友達と楽しく遊ぶ方がよっぽど価値あることだった。

 しかしその心が言葉に出ることはなく、代わりに自動的な動きで口にトーストを運ぶ。

 おかしい。口が言うことをきかない。

 いや、試しに咀嚼を止めることはできたので、自分の意思で動かせないというわけではない。トーストを置いてサラダを食べることも、スープを飲むこともできる。

 体を乗っ取られたというのとは違う。手も足も自分の意思で動かせている。


 自分の意思を伝えるのだけムリってこと……?


 母親が様子のおかしい娘に抱くのと同じ困惑を、彼女は自分に向けていた。





「お昼ご飯、用意しておきますね。リクエストはありますか?」


 出発前、玄関でそう声を掛けられた深衣は少し考え。


【人を困らせてはいけない】

 頭の中で声がした。


「中華料理がいいです! 炒飯とか餃子とか!」

「まあ。……わかりました」


 目を丸くするのもわずか、母親は嬉しそうにはにかんだ。

 それを見て深衣も嬉しい気持ちになる。


 ……いやいや、違う。こんなのあたしじゃない。マザコンじゃんこれじゃあ。


 気色の悪い気持ちを頭を振って振り払い、靴を履いた深衣は立ち上がってドアノブに手をかける。


「みーちゃん」


 呼び止められて、振り返ると。


「……気を付けてね」


 心配そうに眉を下げた母親に言われた。

 深衣は怪訝な不安を覚えつつも、どうにも言語化しづらい雰囲気があるのを感じ取り、深く聞き返すことはやめた。


「はい。行ってきます!」


 何に気を付ければいいんだろう? マンションの廊下を歩きながら考えていた彼女は、エレベーターに乗ったあたりで真面目に受け取っている自分に気づいてまた首を振る。


 違う違う。今考えるべきなのはこの、勝手なこと言い出す口のことでしょ……!


 扉のガラス窓に映る自分の顔をきっと睨みつける。

 よく見るとそこには、()()()()自分の顔が映っていた。


「……え、あれ?」


 ばっと振り返って備え付けの大きな鏡を見る。

 反射された自分の姿は昨日までと同じもの。


 赤く痛々しかった日焼けの痕が、いつの間にか消えていたのだ。


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