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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第一章 人生破壊光線女
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第18話 「いい子」の定義

 太陽光パネルが屋上に作る台形の日陰の中から、白いまつげとは対照的な真っ黒の瞳を向けて蘆屋小路(こみち)は訊ねる。


「いい子になるって改心したのはええとして。キミの言うその『いい子』って……なんなんかなって」

「えっ? それは……」


 いい子とは、何か。


 そんなこと、わざわざ聞く必要があるだろうか?

 深衣みいにとってどんな人間が『いい子』なのかは決まりきったことだった。


 悪いことをしない。人や生き物を困らせたり傷つけたり苦しませたり、自分を害するようなこともしない。

 決まりを守る。秩序を尊重し、ルールに敬意を払い、言いつけに従順でいる。

 人に優しくあること。笑顔を振りまいて周囲を癒し、困っていたら手を差し伸べ、苦しみを取り除いて助ける。……ちょうど、今の蘆屋小路せんぱいのように。


 誰もがいてほしいと望む善良優等な人間。それが深衣の目指す『いい子』だった。


「つまり『いい子』は……周りのみんなを幸せにできる、清くて、正しくて、優しい……眩しくなるような人のことなのです」

「へえ。それはまあ、そうやんな」


 少し冷たい声色でそう言ったあと、小路は付け加えて言う。


「一般論では」


 彼女の抱く感情は読み取れる。理解できる。共感できる。

 しかし深衣は困惑する。

 どうして先輩がそんな気持ちになっているのかわからない。

 絡んだ回路のような複雑な感情を内に秘めて彼女は喋っていた。

 深衣のために、言ってくれた。


「ちゃうと思うねん。世間一般でいう『いい子』と、『いい子であるみーちゃん』、っていうのは」


 悪を為さない清さ、決まりを遵守する正しさ、人を救える優しさ。

 確かにそれはいい子を定義する要件であろう。

 しかし、いついかなるときもそうなのか。

 誰にとっても不変で、普遍で、絶対か。

 『いい子の深衣』も、そうなのか。


「……よう考えたって。自分のために。周りの子のために。そして、みーちゃんがいじめてたっていうその子のために」


 『いい子のみーちゃん』は、なにをすべきなんか。




 小路の問いを頭の中で反芻しながら、深衣は屋上を後にした。

 まだパネルの脚に腰掛けている白髪はくはつの少女は、ポケットにしまっていたハンカチを取り出す。

 綺麗に畳んでいるがその内側は、涙や鼻水でけがれたもの。


「火よ」


 手のひらの上でそれを燃やして、残ったグレーを握りつぶす。


「……こんなことしとる場合やないよな」


 疲れた言葉を自分に言い聞かせて、巨大なパネルの暗い影の下、彼女もまた立ち上がる。

 白い少女は人目の届かない奥の方へと歩いて行った。



 ◇



 いい子のあたしは、なにをすべきなのでしょう?


 教室に戻って、机の上に置かれた悪臭の漂う雑巾を見下ろしながら深衣は考える。


 いい子なら、これを片づけるべきなのです。

 こんな臭いものがあったら、クラスのみんなが迷惑してしまうのです。


 しかしそれは正しいことなのか?

 物はしかるべき人間が片づけるべきだ。それを仕事として請け負っている者か、それを使うために出してきた者が。

 これを片づけるのは、ここに出した人間であるべきだろう。


 でも、代わりに片づけてあげる優しさこそ、いい子の条件なのです。


 それが一般的な『いい子』だ。

 ……けれどそれは甘やかしではないのか?

 誰かにやってもらって当たり前になったまま社会に出たら、困るのはその人の方だ。

 今のうちに自分の出したものを自分で片づけるくらいの責任意識を教えてやるべきなのではないか。


「でも……でも……でも……でも……」


 無限に続く葛藤の断片が口から洩れる。

 はっとそれに気づいて顔を上げると、昼休みが終わりに近づいて教室へ戻ってきたクラスメイト全員の視線を集めていた。


 ──こわ。なんかブツブツ言ってんだけど……。

 ──うっわまーたひでえいじめされてら。嫌じゃないのかな?

 ──早くなんとかしてよ、臭いし気持ち悪い。

 ──あっは、いい気味。ウケる。写真撮っちゃお。

 ──やり返せばいいのに。なんで。なんでやり返さないのよ。


 恐怖、好奇、嫌悪、嘲笑、憤慨……様々な感情が深衣に流れ込んでくる。

 その一つ一つを深く理解し、心がそれらに共鳴する。

 自分は怖い。自分はおかしい。自分が嫌い。自分は滑稽。自分に腹が立つ。

 ぐちゃぐちゃになっていく。


 それが、今の深衣である。


「あたしは、何をすべき……?」


 人の心に共感できる、『いい子』の、冷杯れいばい深衣。

 そんな自分は今どうすべきなのか。


 教室に先生が入ってきて、言われるまま自動的に机の上の雑巾を片づけて、授業を受ける間もずっと、深衣はそのことを考え続け。

 それでもどうすればいいのか答えは出なくて。


 帰りのホームルームが終わって、放課後。

 いつの間にか弁当を入れた巾着袋がどこにも見つからないから、探して帰ろうと思っていたときだった。


冷杯れいばい深衣」


 まだ喧騒の残る教室のなか、席に座っていた深衣の頭に刺々しい声が投げかけられる。


「…………カルテちゃん」


 深衣がいじめていた少女。

 深衣に「死んでほしい」「顔も見たくない」と言い放った少女。

 大宅おおやけカルテが立っていた。

 ざわめいていたクラスから騒がしさが引いていく。人は減っていない。この二人が再び会話をしているのを見て黙っていったのだ。


「ごめんなさい、です。顔を見せないのも、死ぬのも……カルテちゃんのお願い、何一つ叶えてあげられていないのです」

「そうね」


 俯く深衣。頭上にギラギラとした苛立ちが降り注いでいるのを感じる。

 それ以上続かない会話に段々と周りからひそひそ声で面白がる声が上がり始めると、その刺々しい感情はクラスメイトたちへと向いた。


「なに!? とっとと帰れば!?」


 始業式以来の怒声が響くと残っていた生徒たちは一目散に逃げだす。面白がりながら出る者、怖がりながら去る者、巻き添えに反感を抱きつつ出る者、さまざま。

 その中にはリコとエミの二人もいた。


 教室の中は深衣とカルテだけになった。

 深衣は席を立ち、机の横へ、カルテと正面から向き合う。

 話をする準備が整った。

 そう見てとると、かつてのいじめ被害者は元加害者へ、……思いの丈を打ち明ける。

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