第13話 光を目指す
「あたしの呪いが、解けない……」
言われたことを深衣はそのまま聞き返してしまう。
とても信じられない……というわけではなかった。占い師にだって『泣き叫ぼうと無駄』と断じられていたのだから。
しかし自ら実力不足を打ち明けていた正直頼りない女に言われるのと、怪異の側にある目の前の少女から言われるのとでは、真実味が違っていた。
クロユリさんは頷いて、改めて肯定を示す。
「都市伝説怪異は 人間たちの噂話が現実になった存在 語られた通りの力を持つの」
そう言う彼女の手には先ほどまで影も形もなかった黒曜石のナイフがあり、その滑らかな刃を反対の手の指でなぞっている。
「現実の綻びが許してしまった誤謬 わたしたちは間違った存在 だから わたしたちが現実の物質に与える影響は」
近づいてきて、そのナイフで深衣の着ていたブラウスの襟を小さく切りつける。
「ひっ」
「あなたたちが目を離しているときに なかったことにされていく」
まばたきしてみて?
その言葉に従って深衣がぱちぱちと数回まばたきをすると、服に入れられた切れ込みは見るたびに元の状態へ戻っていき。最後には何も起こらなかったかのように元通りになった。
確かに目撃したはずの傷が、見ていない間に消えてなくなる。
同じ現象に心当たりがある。
始業式の朝、あの人生破壊光線女に襲われた翌朝。鏡で見た深衣の肌には日焼け痕の痛々しい赤が広がっていた。
しかしそれも、深衣が家を出るまでのわずかな間に消え去っていた。
言うなれば『現実の修正力』。
非現実から現実へと生まれ出た誤謬を、その影を、形を、残す何もかも、なかったことにしようとする力。
その程は知れないが、怪異が残す軽微な影響は瞬く間に『修正』してくれるらしい。
「だけど 『権能』は違う」
怪異誕生の起点となった都市伝説。そこで物語られる怪異を怪異たらしめる恐怖、力、行動と結果。
クロユリさんが『権能』と呼ぶそれは、現実が持つ修正力を超えて存在する。
恐ろしい異形を見た記憶や焼き付けられた呪い、振り下ろされた凶器に失われた命。
それらは絶対のもので、修正力は届かない。
たとえ光線女を殺したとしても、都市伝説に保証された能力によるものは決して消滅しない。
そう、クロユリさんは告げた。
「人生破壊光線女 遭遇条件を調べなきゃいけないし もし呪いを解けても今のきみの願いは叶わないし そしてそもそも 見つけて殺せたとしてもたぶん解呪できない きみは それでも」
「それでも、光線女を倒してください」
深衣は迷いなくはっきりと答えた。
都市伝説の調査が簡単にいかないことは、解呪の方法を探したこの数日で思い知っていた。
出会う条件を探すとなれば、輩に襲われそうになる以上の身の危険も伴ってくることだろう。
挙句全てがうまくいこうとも、深衣を死に至らしめる呪いが『権能』によるものである以上、破滅の運命を変えることはできないという。
それでも?
……それでも。
「あたしが、光線女に会う方法を見つけてクロユリさんの前に連れ出します。だからどうか、あの怪物を倒してください。お願いしますです!」
「…… どうして?」
「…………」
「たぶん なんて 希望を持たせる言い方してごめんね ほぼ確実なことだよ 呪いは解けない」
「それでも。人生破壊光線女は倒してほしいです」
「…… それは きみみたいな被害者を これ以上出したくないから?」
深い深い闇色の瞳がじっとりと深衣を見つめる。
カチャ、カチャカチャッ。ほんの小さな音とともに、仄暗かった十字路に街灯の明かりが灯っていく。
それを映した小さな光が深衣の黒青の瞳に浮かぶ。
「はい!!」
大きくてくりっとした目を見開いて、きりりと眉を立てて、はきはきとした返事をする。
「いい子として! あたしはもう助からないとしても、この先辛い目に遭う人が出ないよう尽力するのは、当然のことなのです!!」
自信満々にそう答える。
その言葉はいい子の深衣の真実であり、心に灯る最期の光。
その煌めきを眩しく見るように。
クロユリさんは目を細めて笑った。
「きみみたいな子 わたしとても好き」
「へ……?」
「わたしの前に連れ出すまでしなくていいよ 危ないから 光線女 条件だけ教えて あとはわたしが殺しておく」
「……! あ、ありがとうございますです!」
「ふふ 頼られて嬉しい こちらこそありがとう 人間ちゃん」
「深衣です! 冷杯深衣、冷たい杯と深い色の衣で、冷杯深衣。友達からはミーコって呼ばれてますです!」
「わかった ミーコちゃん きみのお願い わたしが果たしてあげる」
怪異退治のクロユリさん。
彼女を都市伝説怪異たらしめるその恐怖、その力、その行動……その『権能』は。
怪異に対しての常時有効な直接物理攻撃。および、完全な殺害有効化能力。
クロユリさんをぶつけることさえできれば、人生破壊光線女を倒すことは可能だ。
あとはその方法、『条件』を掴むだけ……。
そう思っていた彼女は、たった六日の後。
自殺を考えるようになっていた。




