第12話 条件型と異界
深衣はクロユリさんに事のあらましを伝えた。
夏休み最終日、それまで単なる噂だと思っていた存在……都市伝説怪異【人生破壊光線女】に襲われたこと。
二つの呪縛、『共感の呪い』と『いい子の呪い』を掛けられてしまい、このままでは死に至るだろうこと。
生き延びて『いい子』になるために、二つの呪いを解く方法を深衣は探していたこと。
そしてその最も適した解決策は、【クロユリさん】に違いないということを。
「『いい子の呪い』か 精神構造まで変えられてるってことは 今のきみは前とは別人みたいなものなんだ」
「そ、そう言われてみると、そうかもしれないのです? あたしにはそんな感じはないのですけれど……」
「それで 前のきみに戻るために そのナントカ光線の女を殺してほしいと」
「人生破壊光線女です」
「人生破壊光線女」
「…………」
「変な名前」
ふふ、と笑うクロユリさん。
深衣もずっと気になっていたが、実際に襲われたときの容貌を思い出すととても滑稽な気持ちにはなれなかった。
語呂がわるい、半笑いで言うクロユリさんを見ていると、そうして張り詰めていた心が弛緩していくような気がした。
「さて 怪異退治だね もちろん承るよ」
「ほ、ほんとなのです!?」
興奮気味に目を輝かせる深衣。その目の前にクロユリさんは三叉槍を立てる。
「……?」
「ただし 三つある きみが知っておくべきこと」
「あ、ああ。それで三叉槍……」
「ひとつめ その【光線女】 わたしは見たことない 見つける必要がある」
「はあ」
「つまり 見つけられる条件を掴まないといけない」
「条件……?」
クロユリさんの言うところによれば、都市伝説怪異はその名の通り都市伝説から生まれた存在。
その伝説の内容によって『子供だけに見える』だとか『自殺を考えている人の前にだけ現れる』だとかの条件づけがなされていることが往々にしてあるのだそうだ。
「わたしは 『条件型』って呼んでる」
「条件型……?」
「条件に合う相手だけ襲う いつもは自分の『異界』にいて 人を襲うとき異界に引き込む だから わたしや他の人に認知されない」
「異界……あっ」
深衣の脳裏を、【人生破壊光線女】の怪談が過る。
目が合ってしまった者は『認識阻害』の魔法に掛かって、周りの人間から認知されなくなるという一節。
これはその説明となることだと理解した。
『異界』。あるいは、異世界。
この現実とそっくりであるのに、何かが違う場所。人がいなかったり、文字がおかしかったり。
天国や地獄といった『他界』と比べたとき、現実世界の人間とは全く無関係で意味不明な場所。
現実世界と隣り合い重なり合う異なる層の世界。
それが異界だという。
『条件型』とクロユリさんが呼ぶ都市伝説怪異の中には、怪異固有の異界に対象者を引きずり込む過程を持つものが少なくないそうだ。
それらは相手を選ぶことなく襲う『無差別型』や、霊としての実体を持って彷徨い歩く『実体型』、異界そのものである『異界型』と違って、異界へ対象となる人を取り込むそのときその場所でなければ殺すのが難しい。
現実と交わっているその時空間を除いて、異界は基本的にその怪異の領域……その怪異を語る怪談の中。助けを求める声はどこにも届かず、現実にいる『実体型』の自分では見つけられない。
クロユリさんはそう語った。
「だから その怪異と対峙するための条件を掴まなきゃいけない」
「な、なるほど……」
「そしてその調査は わたしは手伝えない」
「それは、どうしてなのです?」
「………… わたしが」
都市伝説怪異だから。
怪異少女が昔行きつけにしていたネットカフェで『幽霊が勝手にPCを使用している』という噂が立ったことがあるのだそうだ。
当時知識も経験も浅かった彼女は構わずそのネットカフェを根城にしていたのだが、しばらく間を開けてから再びそこを訪れたとき、驚いたことが起こっていた。
全身が髪の毛で出来た女の形の怪異が、お気に入りの個室でPCをいじくっていたのだ。
怪異の情報や現代娯楽を求めてネットサーフィンをしていたクロユリさんの行動が新たな都市伝説を生み、それが実体化してしまった存在がその毛髪の化け物だった。
この経験から彼女は学んだ。
都市伝説怪異である自分が都市伝説にない行動を起こせば、そこから新たな怪談・怪異を生んでしまう。
「わたしはそういう 誤った存在 いてはいけないモノ 安易に人の世に関わっちゃダメな存在なんだ」
「クロユリさん……」
「だからきみに一人で調べてもらうことになる それでもいい?」
「もちろんなのです! その調査、あたしに任せてください!」
心にさざめく寂しさを追い払うように、深衣は元気を絞り出して答えた。
この人外少女の中にも悲しみの感情があることを知り、いい子の深衣はそれを放っておけなかったのだ。
両手を胸の前で拳にしてやる気を表明する。その様子にくすりと笑みを浮かべるクロユリさん。じんわりと心中に湧き出す嬉しさを滲ませた微笑みだった。
「ありがとう それじゃあふたつめ きみの目的が矛盾してる いい子になるっていう目的が呪いによるものなら 呪いを解いたら 呪いを解く必要がなかったことになるよ」
「……?」
「呪いがとけたら きみはこう思うかもしれない いい子になんてならなくていい」
「それは……よくないのです!」
「なら 呪いは解かない方がいいんじゃない?」
「…………??」
「ああ ここは呪いを解かないと繋がらなくなってるんだね まあいいや」
頭上に?を浮かべる深衣を置いてクロユリさんは一人納得してしまう。
そして出しっぱなしだった三叉槍を、指で一周くるりと回して消し去った。
代わりに三本指を立てた右手を深衣の前に出してくる。
「三つめ 必ず承知してほしい」
「は、はいなのです……!」
クロユリさんの数珠のように真っ黒な瞳を真っすぐ見つめて答える。
暗くなりだした住宅街のなかでも、その瞳はぽっかり空いた穴のように闇が詰まっていた。
「きみの呪いは 光線女を殺しても解けないと思う」
「…………えっ?」
『助けを求めて泣き叫ぼうと無駄』。
数日前の占い師の占断が脳裏に蘇った。




