第10話 港庫県標戸市
「カツアゲって 面白いよね 電子マネーのこの時代に 現金巻きあげてるんだよ?」
「そこは面白がるところなのでしょうか」
時刻はもうすぐ17時というころ。一人と一体は深衣が住む燦宮駅沿いのタワーマンションを目指して歩いていた。
九月の夕空はまだまだ明るく、休日のセンター街の活気もあって夜闇の気配は少しも感じられない。
深衣の真隣りを歩く黒い少女を除けば。
「わたしは面白いと思う 電子だとどうやっても足がつくから 現金を奪うしかない でも現金は払い慣れてないと レジでまごつくの」
「はあ……」
「それをね 子分は後ろから見てるの ああ ダサイなあ って思いながら」
「まあ……」
「とても恥ずかしい だから巻き上げたあと ATMに寄って預金するようになるのね」
「そうなんですか」
「ふふっ そう とってもダサイ」
「………………」
「ふふ ふふふふふふふふっ っふふふふ」
170cm近くありそうな背丈と、腰まで届く艶やかな髪。伸ばした前髪が半分を覆ってもその異様な美貌は目を引く。加えて、珍しい黒セーラーという服装。その姿は明らかに街並みから浮いている。
それなのに道行く人々の誰一人この少女に気づく様子がない。
時々通りすがる人が深衣を避けて彼女にぶつかる線上に入るが、一瞬闇に呑まれるだけで何事もなかったかのようにすり抜けていく。
彼女は間違いなくこの世の者ではない。
……しかし。
「電子カツアゲに手を出したせいで麻薬所持の余罪まで暴かれたホストの話があるんだけど 聞きたい?」
「遠慮させていただくのです……」
その話題や嗜好からは霊的な神秘性は感じられなかった。
「そうだ スマホ 出して」
「で、電子カツアゲなのです……?」
「違う 電話してるフリしないと 一人で喋ってるこわい人だよ」
言われて確かにと思いつつスマホを耳に当てるが、すぐに隣の怪異の方が何倍も怖いはずであることに気づいて深衣は妙な気分にさせられた。
深衣を物理カツアゲしようとしていたチンピラ女三人組、それを撃退してくれたこの怪異の少女。自称【クロユリさん】。
彼女が見せた瞬間移動や、亡霊さながらの幻像からして、この少女が深衣が解呪の手がかりを探す都市伝説の怪物【人生破壊光線女】と同種の存在であることは間違いない。
そう。そうであるのなら。
現代のカツアゲ事情よりももっと訊かねばならないことが深衣にはある。
「あの、クロユリさん。あなたはその……幽霊さん、ということでいいのでしょうか?」
「うーん …… 幽霊って?」
「えっ。それはその、死した人間の怨念が現世に残って……のような」
「そう じゃあ違うよ わたしは幽霊じゃない」
わたしは 【都市伝説怪異】。
クロユリさんは自らをそう称した。
「幽霊 お化け 悪霊 個人の魂や思念を起源とする超自然存在とは 根本的に違うの」
「都市伝説……怪異?」
「そう 都市伝説 人々の噂 風聞の 怪異 ……実体を得た恐怖のキャラクター」
この世界ってね、いっこ壊れてるところがあるの。
クロユリさんはクールで落ち着いて聞き取りやすい、しかし確かな親しみをも感じる声で語り始めた。
◇
港庫県標戸市。
標戸っていう名前は、昔この辺りに何本も何本も『標』の木が突き刺さってたことが由来。
なんでそれが突き刺さっていたかっていうと、「人死にの出た場所に墓標を刺してた」とか、「標の無い場所は危いから歩いてはいけなかった」とか。
諸説あるけど、どれもこの土地が「魑魅魍魎の跋扈する危険な場所だった」って伝えるための名前だということを支持してるんだって。
ここは、地名に語り継がれるくらい怪物が溢れてた、魔境なんだ。
そこで気になってくるのが、「じゃあなんでそんなに怪物が多いの」ってこと。
実はこの魔境には……科学では説明のつかない特殊な現象が起こるの。
それは『怪奇風聞の現実化』。
人々が思い浮かべたり信じたりした怖い想像が現実のものになるの。昔は『標戸妖怪の語り喚び』だとか、『怪異言現』だとか呼ばれてたんだって。
例えば、ある家の男が皮膚が真っ青になる奇病に罹って死んだっていう噂が流れて、それが疫病を運んでくる青い鬼のせいだって語られるようになるとしたらね。
いずれ本当にその青鬼が現実に生れ落ちて、村にやってきて病をばら撒くようになるの。
夜寝る前に数え歌を歌うと四番目の歌詞のときに家の戸が叩かれるって迷信が広まったりすると。
四番目の歌詞が歌われるのを戸の前で待つ何者かが、この世に存在するようになる。
詳しい条件は未だにわからないけど、たくさんの人が噂したり、長く詳細に語り継いだり、強烈に信じられたりするほど、語られた恐怖は現実のものとして発生しやすくなるらしい。
この世界がこの土地に抱える壊れた一点。
人の世の安寧のためにはあってはならない悪法。
ただ語られただけの噂が、現実に生まれ出てくるという欠陥。
それが……都市伝説怪異。
わたしも その一人なんだ
◇
怪異の少女は深衣の少し前を歩いていた。
人間の少女が自販機の前で足を止めてしまっていることに気づくと、振り返ってその前まで戻ってくる。
傍らにゴミ箱から溢れたペットボトルがあるのを見ると、それを拾い上げた。
「わたしは都市伝説怪異【クロユリさん】 よろしくね 人間ちゃん」
「は………………ゎ」
理解が追い付かないのです……!
えっと、標戸の由来が……魑魅魍魎の……怖い想像が現実に……??
「大丈夫?」
「はわっ、ひぃっ!!」
ボトルを持つのとは反対の手で、深衣の顎に指を添えて持ち上げる。
その目が全て黒目になっていたことに怖気が走った。
小さな悲鳴を上げる深衣。それを聞いたクロユリさんは満足げに口元を綻ばせ、瞳孔を通常の人間のそれに戻した。
「本当の話だよ わたし 嘘つかない」
「し、信じますです……」
まるで創作物の設定のような話。けれども目の前にその証拠としてこれ以上ない不可思議がいるのだから疑いようがなかった。
自分たちの生きるこの世界は壊れている。
標戸《この土地》では人間に共有され信じられた『恐ろしい想像』は現実のものになる。
それを語ったこの少女もまた、そうして生まれた『想像』の存在。
「あの、いくつか質問があるのです」
「いい質問ですね」
「まだ何も言っていないのです……。その、こんなこと訊いていいのかわからないのですけど……」
「よくない質問も わたしは好きだよ」
「え、えと、じゃあ」
あなたはどんな都市伝説の怪異なのですか?
豹変した怪異少女に食い殺される、そんなことになるかもしれないと思いためらった質問。
だがクロユリさんから感じ続けるじっとりとした謎の親愛感情を信じて、深衣は彼女に訊いた。
黒いセーラー服から長くて白い手足を伸ばしている美貌の女。
自販機の傍へしゃがむと、持ちっぱなしだった飲みさしの残るペットボトルを何故か元の地面へと戻して。
立ち上がり振り返ったこの黒い少女は、目元を細い月のように弧を描かせて歓びの表情を浮かべている。
「クロユリさんは 神出鬼没 悪漢 悪霊 怪異 妖怪 跳梁跋扈の魑魅魍魎 嘆く人々見逃さず 東奔西走 突然出てくる 突然出てきて あなたを助ける」
「【怪異退治のクロユリさん】
わたしは 怪異を狩る怪異」




