信号が青になるまでの話
大須の交差点で信号待ちをしていた。
別に急いでいるわけじゃなかったし、信号が赤だという事実に特段の不満はなかった。
だけど、周囲の人たちはなぜか落ち着かない様子でスマホを見たり、靴の位置を何度も直したりしていた。
たぶん彼らは「止まること」に慣れていないのだろう。
僕はそれを少しおかしいと思いながら、同時に自分もまた、
人生のどこかで“青信号ばかりを期待していた”ことを思い出した。
うまくいくこと。
進めること。
渡れること。
でも本当は、赤信号のときにしか見えないものだってあるんだ。
たとえば、反対側で同じように立ち尽くしている人の姿とか、
ビルの隙間から覗くやけに澄んだ空の色とか。
青になった瞬間、みんな一斉に歩き出した。
まるで合図がなければ動けない機械のようだった。
僕もその中に混じって、歩き始めた。
でも、ほんの少しだけ遅れて。
たぶん、そんなふうでいいんじゃないかと思う。
青信号だから進むのではなくて、
“進みたい”と思ったときに、一歩を踏み出せばいい。
それが人より遅れていたって、僕の人生だ。