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ワンダーエリア  作者: 生姜
9/9

血を吸う女

 清々しい晴れの日、アパートの前のちょっとした段差に野良猫が居座っていた。

 しっしっと猫をそこから退かすように片手で仕草をとるが、図太い猫は全く気にしていない様子だ。アパート前まで来たダンは、近くで買った水のペットボトルを片手にため息を吐いた。

 ここに来て二日目、もうおかしな事が起きてしまった。先程見たものは夢なんじゃないかと思いたいぐらい、疲労困憊してしまっている。

「あのぉ……早く病院に行ったほうが…」

「いえ、大丈夫です」

 振り返り、背後を付き纏う男に遠回しに帰れと伝えようとしたが拒否されてしまった。

 ―ガルーが飛び去った後ダンは男二人の内、傷を負っている二十歳半ばの男のためにスマホで救急車を呼んだ。

 男が担架で運ばれている際、ダンに話かけてきたのが現在後ろを付いてきているもう一人の男だというわけだ。

「あなた…新聞記者なんですよね?」

「え…?まぁうん」

 気の抜けた返事を返すと、男はダンに急激に近寄った。男の目に宿るのは、決意の念。

「あの女…吸血鬼のことで協力してくれませんか―」

「…え?」

 

 アパートの一室、まだ掃除が終わっていないため若干机に埃が付着している。ダンはコーヒーメーカーで淹れたコーヒーをカップに注いで角砂糖五個を溶かすと、ダイニングの丸椅子に座り机の向こう側に座る男を一瞥した。

 色を染めたと思われる金髪メッシュに加え、耳にあけたピアス、極め付けはそのイケた顔立ち。

 スクールカーストではいつでも最上位を維持していただろう圧倒的陽キャのデフォルメ。万年スクールカースト最下位だった自分とは全くそりが合わなそうな男だった。

 全く、なんでこんな男の事情を聞くことになった?さっさとコッチは会社のためにインターネットで記事を打たないとダメだというのに。

 疲れからの苛立ちを甘々コーヒーを一口してなんとか抑え、質問を開始した。

「僕が新聞記者って話は誰からの情報?」

「町長から聞きました。超有名な新聞記者なんだとか。今回の話も、取材という体でなら手伝ってくれるんじゃないかと思い…」

 男は視線を机から恐る恐るダンに向けて告げた。

 超有名という言葉に、先程までイライラしていたダンの気分は最高潮だ。喜びを噛み締めるように机の下で拳を強く握ると、うわずった声で次の質問を始めた。

「名前は?」

「ジェームズ・マシューです」

 周りの人に好かれそうなカッコいい名前だなと思いつつ、話を続ける。

「ジェームズか…そうだな、愛称で呼ばれるのって嫌い?」

「いえ、そこまでは」 

「じゃあ、これから君のことはジェーンと呼ぶことにする。よろしく」

 作り笑顔で親しみを込めた会話を終えると、次にダンは時間のことについて聞くことにした。

「ジェーン。早速聞くんだけど、君と君の友達は先程言っていた“吸血鬼”の女性に襲われた…これは間違いないね?」

「はい。間違いないです」

「まず、これだけは聞かせて欲しい。なんで吸血鬼を君は追ってるんだ?」

 口にした途端、ジェーンの顔が徐々に不穏になっていった。この質問は、ダンがジェーンの話を受けて最初に思ったことだ。人を襲う化け物を追うなどたまったものじゃない。

「…友達がやられたので。それと、ただ単にやり返さないと気が済まない」

「……へぇ……?」

 見た目は性格に反映されるのか、どうやら中身は漫画でしか見たことのないような友達思いのヤンキーのようだ。自分とは合わない男だな、と再確認させられる。

「なんで吸血鬼って呼んでるの?」

「襲われる時、歯が鋭かった所とか、目が異様に赤い所とか、最後にコウモリの翼で飛んでった所とかから、そうかなと思って…」

「そうかそうか…じゃあ次なんだけど、どうして君達は裏路地に居たんだ?」

「もともと僕たちはゲームセンターで遊んでたんですけど、遊び疲れて綺麗な空気を吸うために一瞬外に出たんです。その時、吸血鬼がナイフを持って襲ってきて、そして逃げ込んだ先が裏路地で…」

 そういうことだったのか、と納得する。

「で、友達は君を庇って吸血鬼の噛みつきを受けたと…」

「まあ、そういうことですね」

 うーんと唸りながら、体を後ろに反らす。だが、そうなると不思議に思うことがある。

「なんでナイフを使わなかったか…ですよね?」

 ダンの考えを読み取ったのか、ジェーンはダンが言うよりも先に代弁した。

「多分、人が殺したように見せかけるためのナイフだったんだと思います。あなたが来てくれたおかげでなんとか生きてますが、普通ならあそこで俺たちは死んでました。吸血鬼の女はなんらかの理由血を吸って殺したかったけど、それだと何かまずいことがあったんじゃないでしょうか。だから吸い殺した後に、一人にナイフを刺すことで“人”が殺すように見せようとした…とか?あぁすみません、探偵じみたことを長々と話してしまって」

「いいや、大丈夫」

 さて、どうしたものかとダンは顎に手を置き、思案する。

 あの吸血鬼の女性、ガルーは確かに気になる。きっと、彼女のことを追い続けていけば中々の記事が出来るはずだ。しかし、それには割に合ってないほど危険すぎる。

 無害な人間を襲う吸血鬼?そんなの追い続けたらいつ命を落とすやら。追うなら自分なんかに頼らず一人で勝手にやっといてくれ。

 こうやって話を聞いているのも、吸血鬼を追わなくていいから話だけでもという頼みだったからこそだ。

 ここは、一度会社に戻ることになったから無理だとかいう嘘でもついてやり過ごそう。

「本当に申し訳ないんだが…実は一度会社に―」

「報酬は弾みます。今欲しい額なら、いくらでも。両親が有名な資産家な者で」

「引き受けましょう」

 いつのまにか、言ってしまっていた。金の力とは誠に恐ろしいものだ。

 コーヒーに映った、自らの醜い笑顔を見て心の底からそう思った。

 

 さて、仕事を引き受けてしまったダンはジェーンをひとまず帰らせ、住民に事情聴取を行っていた。

 一人目は、あの偏屈おじさん“アンダー・マークス”、いつも入口扉からすぐそばの位置で折り畳み椅子に腰をかけて新聞を読んでいる。その異様な溶け込み具合から、最初アパートに入った時はまさか扉のそばにいるとは思わず、気づいた時はとてもびっくりした。

 外の人に事情聴取を行う前に、まずダンはアンダーと話すことにした。

「すまないアンダーおじさん、ガルーって綺麗な女性を見たことはないか?目と唇が真っ赤で、白銀色の長髪だ」

 黙々と新聞を読んでいたアンダーの目の動きが、若干止まったような気がした。だが、数秒経てば再び目が文字を追い始めた。出鱈目な程大きなため息を、目の前にいるダンに吐く。そして、ついにダンに目を向けたかと思ったら次に飛んできたのは冷たい言葉。

「なんだおまえ、そんな質問に答えてる暇はない。他所を当たれ」

 かなり冷たい対応に、想定してはいたがダンの心が傷つく。だが、ここで言われた通り下がってしまえば心だけでなく新聞記者の名にも傷がつく。それに、尋ねた直後何か思い当たりがあったかのように目の動きが止まっていた。粘ってみる価値は、ある。

「そこをなんとか頼みますよぉ〜…長年生きてきた玄人の意見が聞きたいんですよぉ〜」

 先程の態度とは打って変わり、ダンは歳上を敬う姿勢で会話を開始した。だが、何の変化も示さない表情を見ていると全く効果が無さそうだ。

「あの…聞いてます〜?」

「ああぁぁ…!」

 あからさまな態度を剥き出しにしてアンダーはうめくが、そんなものではダンの意に返さない。

「えーっとなになに?美しい女性を口説く十二の心得……老人がこんな新聞読んでるんですね」

「ぁあぁぁあ!」

 新聞を奪い、タイトルを読み上げたダンに向かって飛んできたのは、怒りの右ストレートだった。


 結局、話すこともままならずダンはアパートから押し出されてしまった。押し出される直後、「老いぼれが恋愛に興味を持って何が悪い」と言っていたのを鮮明に覚えている。

「さて…どうしたもんか…」

 次の行く宛もないのに足が動く。頭を働かせる為にも、ダンは歩道でタバコを取り出した。

 ライターでタバコの先端に火をつけ、今まさに吸おうとした瞬間。

「―おいおい…外でタバコを吸うのはこの町じゃ御法度だぜ」

 横から、落ち着いた男の声の横槍が入った。男の手がダンの左肩に乗っかる。

 見ると、そこには緑のモッズコートを着用した自分と同世代らしき男が佇んでいた。男のモサモサした髪の毛は大きめのキャップで抑えられており、上からダンを覗く緑色の瞳は怪しく光っている。

「おおっ、そうなのか。そりゃ悪かった」

 火を消そうと慌てて、思わず指で先端の火を消火してしまう。アチチッと熱がる素振りを見せながら、ダンは流れのまま逃げようとした。

「ちょっと待ってくれ」

 しかし、そこで男が引き止めた。

「何もタバコを吸うなって話じゃない。喫煙所ならあそこにあるからそれを使ったらどうだって話だ」

 ダンの左肩に置いた手で、車道を挟んだ向こう側の喫煙所を指さす。確かにそこには喫煙所があった。だが、今は呑気に吸っている場合ではない。

「俺もタバコを吸おうと思ってたところなんだよ。よかったら一緒に一服しようぜ」

 断ろうとしたのに、断ったらダメな雰囲気を作られてしまった。男の顔はキャップの影に隠れて半分見えないが、口元は明らかに綻んでいる。

 ―いや、駄目だ。ここは断らないと。

「すまない…実はこれから―」

 断る途中、ダンは言葉を飲み込んだ。

 待て、断る必要はあるのか?

 見たところ、この男もワンダーエリアの住人のようだ。

 もしかしたら、ガルーに関して何か知っているのでは?

「どうした?」

 男の顔を見れば、いつの間にかその口角は下がっている。

「いや、何でもない。いいなそれ、一緒に吸おう吸おう!」

 ダンが急かすように歩き出すと、男の口角が少し上がった。

 

 

 


 

 


 

 

 

 

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