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ワンダーエリア  作者: 生姜
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忍び寄る影

 コンクリートで固められた遊歩道を歩きながら、ダンは持ってきたメモ帳にムーランの言ったことを書き込んでいた。

「マーティン様。この街の住民は皆、外部から来てくださる方々に友好的ですじゃ。だから、困ったことがあれば迷わずに住民に聞いてくれなのじゃ」

「あぁ、ありがとう」

 先導をしながら街を紹介するムーランのその言葉を受け流すと、ダンは自分を見てくる周りの住人達に目を向けた。皆、好意というより不思議そうな目でダンを見つめている。それほど外部から来る人は珍しいのだろうか。

 ダンは首を傾げながら、今思ったこともメモ帳に書き込んでおいた。原稿を制作するときに、こういった当時の考えなどを書いておくことで記事にリアリティが出るのだ。

 怪奇現象が起きると噂の街、ワンダーエリアは名前の通りクセが強い街なのかと思っていたが、そうではないらしい。はっきり言うなら、ごく普通田舎街だ。時代遅れな喫茶店や劇場、古びた映画館にゲームセンターや図書館などが、あちらこちらに立ち並んでいる。通り過ぎていく住民も至って普通の人達で、強いて言うなら服のセンスが壊滅的なのが異常か。

「本当にここで何か起きんのか?」

 今更だがダンは不安になってきた。何せ、本当になんの変哲もない街だからだ。特に目立った建物もなければ、そういった怪奇現象の情報を売りに出しているわけでもない。本当に三ヶ月間、何も起きなかったら社長を失望させてしまう。

「起きますぞ」

 ダンの呟きに、ムーランは真面目な顔で答えた。まさか聞かれていたとは思っておらず、ダンは面食らった顔をする。

「時折、外部の方でいらっしゃるのですじゃ。怪奇現象目当てで来る方が。帰る際、そういった方々は本当にいたと言って下さるのです。まあ儂らワンダーランドの住民達は見たことがないから分からないのですじゃが…」

「えっ、アンタは見てないのか?」

 ダンの方を振り返らずにただ前を歩き、こくりと首を縦に振って答えるムーラン。

 そんな馬鹿な話があるか。とダンは思った。ダンはもともと、ここで怪奇現象が起きると噂していたのは、街の住民たちかここの町長だと思っていた。だが蓋を開けてみれば、言いふらしていたのはここに観光などの目的で来た客人達ではないか。

 ダンは益々、本当に怪奇現象が起こるのか不安になってきた。このままでは本当に―

「さあマーティン様、着きましたぞ」

 そんなことを考えている間に、今日から住むアパートに着いてしまった。

 アパートは四階建てで、全体赤で塗られているが所々色が剥げてしまっている。それに加えて、一階から四階まで登れる非常階段は錆びてしまっていてかなり不安定な状態だ。やはり、都会のマンションや他のアパートと比べると、かなり見劣りしてしまう。

「では、儂はここで。」

「おっ、ありがとな」

 ダンとムーランは互いに軽く会釈をすると、ダンはアパートへ、ムーランは来た道を歩いて行った。


「“八月十日、ワンダーエリア到着”と」

 硬い木の椅子に腰を下ろし、机に置かれたパソコンで今日の進行状況を会社に送信したダンは、額に手を置き、小さく息を吐いた。

 さて、どうしようか―。

 部屋には、特に遊べる物もない。前まで持っていたゲーム機や漫画も、元カノの物だったので自宅の倉庫に放置したままだ。

 アパートの住人と話そうかとも思ったが、すぐに無理だと分かった。何せ、“一人も入居者がいない”からだ。故に、アパートには自分と管理人しかいない。管理人は偏屈そうな男で、白シャツの上に黒スーツを纏い、似合ってない眼鏡と雑に処理されている口髭が特徴的なおっさんだった。

 数分前、一階で新聞を読んでいた管理人に出会い、挨拶をしたが、ふんっと鼻を鳴らして無視されてしまった。

 その時は何故、こんなアパートが潰れないのか心底不思議に思った。

 結局、何もすることが思い浮かばなかったので外に出て散歩をすることにした。

 煙草とライターをポケットに入れ、コーヒーを片手にアパートを出る。

 外は既に夕方で、輝く夕陽がダンを照らす。ダンはコーヒー缶を開けると、早速飲んだ。ビターな味がダンの舌に残り、思わずうえっと、舌を出して吐きそうになる。

「やっぱ苦手だわ…」

 誰かに言ったわけでもなく、独り言を呟くとダンは飲みかけのコーヒー缶を握りしめて歩き始めた。

 その時、ふと、ダンの背後から二つの人影がぬるっと現れた。

「え―」

 後ろを振り返る隙もなかった。

 片方の人影が、後ろから麻袋をダンの頭の上から被せる。驚く隙も与えず、もう一人の男がダンを背後から蹴飛ばした。

 蹴られたダンは抵抗することも叶わず、四つん這いになって地面に倒れる。間髪入れずに一人の男がダンを動かさないよう体重で抑えにかかった。

 なんだ―。

 上から抑えつけられたせいで臓器が圧迫され、呼吸がしづらい。ヒュウ、ヒュウと今にも消えそうな呼吸のやり方で、ダンはなんとか意識を繋ぐ。

「や…やめ…」

 ドスッ、という音が鳴り、頭痛のような鈍い痛みと燃えるような熱の感覚が、ダンの額に響いた。

 段々と、意識が遠のいていく―。

 誰が、こんなことを。

 

 次に意識を取り戻した時、ダンは真っ暗闇にいた。

 椅子のようなものに座り、真っ暗闇をただ見ることしかできない。

 いや、真っ暗闇なのではない、皮袋を被されているのだ。そのせいで真っ暗闇にいると錯覚していたのだ。

 手足を動かそうにも、ロープで体ごと椅子に縛り付けられているので、動こうにも動けない。

 動くのは諦め、ダンはなんとか今起きていることを理解しようとした。

 まず、アパートを出たところを複数の何者かに襲われ、皮袋を被せられ、決め手のバットスイングで気絶した。これだけしか分からない。

 自分に恨みを持っている者が襲って来たのだろうか、と考えてみる。

 だが、“あまりにも多すぎて”誰だかが絞れない。記事の売り上げの為に、様々な人を踏み台にしてきた弊害だ。

―やってくれやがったな!このクソ記者!

 再び、昔に忘れたはずの記憶が一部蘇る。

「あぁっ…くそ」

 思い出したことを後悔しつつ、次にダンは声を上げてみることにした。

「お、おい!誰かいないのか…!」

 返ってきたのは静寂。全て試し終わったダンは、ため息を吐いた。

「コンコン」

 見えないが、目の前に扉があるのだろうか。この部屋の外にいる何者かがノックをした。

「た…助けてくれ!」

 ここしかない。そう思い、ダンは大声で助けを呼ぶ。

 ガチャ。と、扉が開く音がした。そして、何者かがこちらへと歩み寄ってくる。足音の数からして、4、5人か。足音がする度に、生臭い匂いが何故かダンの鼻を刺激した。

「あ、あの―」

「わたしたちは、“血飲みの会”」

 若干うわずった声が、ダンの声をかき消した。

「汝は…わたしたちを愛すか」

 頭に被せられた皮袋が、丁寧に取られる。男が何を言っているのか分からなかったが、とりあえず感謝は伝えようと、ダンは同時に、瞼と口を開ける。

「と、とりあえず…ありが―」

「質問に答えろッ!」

 目の前に立っていた男達は、ダンの予測通り5人いた。しかし、それどころではない。

「ひっ!」

 男達は、皆揃って血塗れの麻袋を被っていたのだ。袋の色と合わせるように、体全体は薄茶色の装束を纏っている。

「答えろと言ってるのだッ!」

「な、なんなんだよアンタっ…!」

「いいから答えろ!」

 先程から詰問してくる目の前の男に恐怖を抱きつつ、同時に男達への怒りも込み上げてくる。何せ、強引な方法で人様を攫ってこんなところへ連れてきて、わたしたちを愛すかという意味がわからない質問をされるのだ。あまりにも、意味不明で、理不尽な話だ。

「あんたらを愛すぐらいなら…セイウチとディープキスする方がよっぽどいいな」

 ダンは今捻り出せる精一杯の皮肉を吐き捨てた。

「なんという愚か者…上位の存在であるわたしたちと下位の存在を同視するとは…」

 尋ねてきた男は不快だと言わんばかりに天井を見上げると、右手を額に当てた。

「だがまあいい…次の質問だ」

「まだあんのかよ…!」

 今さっきまで、なんとか男達から一本取ってやろうと考えていたダンの威勢が一気に削がれる。

「汝は…己の為に人を陥れたことはあるか?」

 スッと、頭の芯まで冷えるのが感じれた。

「…は?」

 自分の正体を見透かされた、そんな感覚がする。

「お、俺はそんなこと一度も―」

「嘘をつくなッ!」

 後頭部に、鈍い痛みが押し寄せた。脳が揺れ、視界がぐわんぐわん歪む。押し殺せない苦痛の声を上げながら、ダンは自らの後頭部に手を置いた。生温かく、妙に粘りっ気がある謎の液体が、後頭部から流れていた。

 ―血…?

 まさかとは思いながら、ダンは限界まで首を背後へ捻る。視線の先、立っていたのは約二メートルはある、麻袋を頭に被った巨漢の男だった。右手には木製バットが握りしめられており、男の体格もあってかなり様になっている。

「嘘をついた場合…汝は後ろの者に頭を正してもらうようになっている」

 目の前の男が淡々と説明すると、再びあの質問を尋ねてきた。

「汝は…己の為に人を陥れたことはあるか?」

 また嘘をつけば、きっとバットで後頭部を叩かれるのだろう。なら、言ったほうがマシか―。

「……あぁ、あるよ」

 うなだれながら、ダンは答えたくなさそうに答えた。

「何故だ」

「はぁ?」

「何故だと聞いているッ!」

 きっと、この男は全てを知っているのだろう。自分が“どうして同僚を騙したのか”も、どうして“一躍有名になれたのか”も。どこから情報が漏れ出たのか分からないが、ダンは白状した。

「俺は…有名になりたかった」

「ほう…?」

 ダンは話を続ける。

「俺はなんでもいいから―有名になりたかったんだ。だから俺の持ち味が活かせそうな新聞会社に入った。でも、その考えは甘かったらしい。俺は早速躓いた」

「というと」

 男は合間に返事を入れながら、話を続けるよう促す。

「俺の入った新聞会社…ヒューマンコミュニティリポーターは中々腐った組織だったんだよ。仕事をもらう為には、上司から好かれる必要があった。いわゆる“コネ”ってやつだ。俺もコミュ力だけには自信があったからなんとか好かれようとしたさ。だけどな…俺は根本がダメな人間だったんだ。記事作成の時のミスが多すぎて、最初は笑って許してもらってたけど徐々に上司から嫌われていったんだ。その後の俺の立ち位置はもう、落ちるとこまでに落ちたさ。信頼ゼロ、有名になった今でも皆んなには忌み嫌われてるよ。だけど俺には金持ちとか有名人になるって夢がある。そのために…俺は自分の土俵を捨てて実力だけでのし上がろうとした」

「ふむ…」

「でも、てんでダメだ。そもそも根本的にダメな奴が実力で勝負しようたって負けるに決まってんだ。だから俺は…当時有望株だと言われていた同僚の記事をパクった。最初、俺はバレてクビになるかと思ってたんだが…上司達はバカでよ。なんでか同僚の奴が、俺の記事をパクったってなってクビにされた。別れの言葉を言う隙も謝る隙も無かったよ、いつの間に会社から姿を消してた。これが全てだ」

 自分で言ってて、中々酷い話だと思う。憂鬱な気分で語り終えると、少しの時間沈黙が流れた。

「…ふん…そのようだな」

 目の前の男は思案するように、曲げた人差し指を顎に当てた。

「なら…これで質問は終わりだ」

「そうかよ…なら…」

 椅子に縛られた手足を必死に動かしながら、ダンは訴える。

「とっとと…!このロープを解いて外に出させてくれ!」

「そうだな…だが、その前に汝にはやってもらわなければならないことがある…」

 なんだよ、とダンは眉根を寄せた。

「今から汝には…“適正”があるかどうかを試させてもらおう」

「は?適正?」

 その時だった。

 

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