プロローグ
恐怖と焦りによる冷や汗が、革ジャンの下に着ているTシャツに滲む。
目の前は異様に長い雑草が行手を阻むように邪魔をし、掻き分けて通るとたまに草の先が頬を掠める。
そんな中、ダンは汗や涙、鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら、何者かから逃げていた。
「クソ…!クソ…!」
なんでこんなことに―。
行く先に永遠と続く雑草と暗闇に恐怖を助長され、一歩一歩踏み出す速度がさらに速くなる。
“死にたくない”、獲物を弄ぶように背後から少しずつ迫りくるその“なにか”に、ダンは怯えていた。
長時間、それもかなりの速度で走り過ぎたせいで、息も絶え絶え、脇は汗でびしょびしょ、体は草に切られて傷だらけと、中々ひどい有様だ。
混乱する頭の中で、一度、何故こうなったのかを整理してみるが答えは出てこない。
「あぁっ!んだよもう!!」
どこか身を隠せる場所はないかと辺りを見渡すが、丈が長い雑草のせいで全く周りが見れない。
どうやら、今日という今日は特に運がついていないらしい。
「ッダハハハァ…!」
「だぁぁっクソォ!」
背後から聞こえた邪悪な“なにか”の乾いた笑い声が、ダンに更なる恐怖を与える。
「俺が…俺が何したっつうんだよぉ!」
恐怖と同時に不甲斐なさを感じたダンは、両目を手で押さえ、そう嘆いた。
だがそれが不幸を招くこととなった。
ドンッ、という鈍い音と共に、ダンの体が目の前に立っていた大木と衝突した。
一瞬の間、男の思考が真っ白になる。
「あれっ…」
走り続けたせいで酸素が不足していたこともあったのだろう、倒れてしまいそうな上半身をなんとか立て直そうとしたが、足が絡んでついにダンは地面にへたれこんでしまった。
「あぁ…くそ…」
そこからはもう、察しの通りだ。
確かに背後にいた“なにか”が、地面に仰向けになって倒れたダンの上半身に馬乗りになった。暗闇な上、大木との衝突の衝撃であまり目は効かなかったが、馬乗りになった“なにか”は裕にニメートルはある巨大な生き物だった。馬乗りになられただけで分かるふさふさの体、切長く黄金に輝く眼、人間の数倍伸びた鼻。それらを“なにか”は持っていた。
口から大量に垂れる汚い涎を拭わず、“なにか”はダンのどこの部分から食べようかと考えている。
「お、俺は上手くないぞぉ?た、タバコしか吸ってこなかったからなぁ…それに…お前のせいで今にもケツからアレが出そうだ…!」
言葉が伝わるはずが無い生き物を前に、今にも食べられそうな男は焦りのあまり、ぺらぺらと謎に流暢な無駄口を叩く。
「だから…だからお願いしますぅぅぅ…!」
ダンは情けない声を上げて、目の前の“狼男”に許しを乞うた。