教皇が死んだ。
クロに対して違法捜査を行っていた"田辺"が退室した後、荒井が取り調べを任されることとなった。
ようやく盤面は動き始め、クロが取引を持ちかける。
次なる取調相手は、一体誰になるのか!?
閉鎖した空間だ。目の前に見えるのは、扉。手元には平机と、向かい合うような形の椅子。
なぜだろう。なぜ、0bitは逃げられるほどの時間があったはずだったのにも関わらず、警察から逃げなかったのか。
白賭は手元に目線を落とし込んだまま、膝の上で指が単調なリズムを刻んだ。
ガチャ、という音ではっとする。一人の男が取調室に入ってきた。
髪は黒髪のツーブロック。身長も特別高いわけではない。だが、むしろそれが丁度いいと思ってしまうほどの洗練された無駄のないフォルムが、白賭の目を輝かせた。
「どうも、取調担当の騎龍光星です。」
一礼をしながら騎龍が言った。それに合わせて白賭が小さく会釈をする。しかし、目は騎龍から離さなかった。
丁寧に扉を閉めると、騎龍は静かに手前の椅子に座った。なんとも言えない距離感に白賭は椅子の位置を一歩引く。
「お名前は?」
騎龍が平机に肘を置いて身を乗り出した。腹が付くほどだ。騎龍の言葉に白賭は指を弾ませて不敵な笑みを浮かべた。
「こういうのって前提、俺の情報知ってるものじゃないんですか?」
騎龍は思わず目を見開く。その反応に、白賭は口角を上げた。その後、薄笑いを浮かべながら身体を離した。
「あははっ、確かにそうですね。ですが念のための確認ですよ、確認。」
機嫌な様子で騎龍が言うと、白賭の表情から笑みが薄れる。その変化を、騎龍は見逃さなかった。
「で、お名前は?」
声色が変わった。低く、芯の通った力強い声だ。さらには、鋭く睨んでいる。
「...西山です。」
一瞬、目線が騎龍から逸れる。右上の方へ向いた瞬間、騎龍は更に距離を詰めた。
「嘘ですね。」
白賭の手が一瞬強張った。それを誤魔化すようにすぐさま、あはは、と乾いた声で笑った。
「あれ、おかしいですね。本名を言ったつもりですけど。」
白賭の額に汗が溜まる。ゆっくりと顔をマジックミラーの方へ背けると、またすぐに騎龍の方へ向いて続けた。
「もしかして、俺の情報──持ってないんですか?」
騎龍が身構える。微動だにしない目線が返って不自然に映った。
「どうでしょう。」
「持ってないんですよね?」
今度は白賭が平机に身を乗り出す。椅子から臀部が浮くほどに。
騎龍も引かなかった。二人の顔は吐息が触れるほどの距離を保っていた。
お互いが、瞳孔の奥を見つめ続けて十秒ほど経ったときだった。白賭の表情が緩んだ。
「わかりました。じゃあ俺の通ってる学校の名前を言ってみてください。そうすれば、信じますから。」
白賭が腰を下ろすと、椅子が大きく鳴り響く。すると安堵したのか、騎龍は長いため息をゆっくりと吐き、肘を下ろした。
「良いでしょう。しかし、組や番号までは言えません。」
「結構ですよ。」
あっさりした返答をすると、たちまち、取調室に沈黙が訪れた。
白賭は、騎龍が姿勢や目付き、髪の色など、身体の隅々まで観察しているのがわかった。
「早く答えてください。俺のデータに目を通して間もないはずだ。忘れたなんて言わせませんよ。」
白賭は睨みつけるのと同時に口角を上げた。足を広げて大きく見せる。
すると、騎龍の目線は白賭の後ろにいった。白賭は騎龍が眺めているのは、小窓から見える外の景色だと感じ取った。
すると、不意に笑みを浮かべ、白賭に視線を落として言った。
「──青ノ宮高校、ですよね。」
白賭は思わず噎せ返った。唾液がつっかえる感覚が、喉に残る。
「大丈夫ですか?」
激しい咳に襲われている白賭に近づき、背中を優しくさすった。それと同時に小声を漏らす。
「もしかして、図星ですか?」
白賭は咳でうつむいたまま目を見開いた。思っていたよりも遥かに歯が絶たない、と。
咳の波が収まると、白賭は真っ赤な顔を上げた。
「まさか、これほどとは。」
その言葉に騎龍の肩が緩んだ。白賭は平机に手を置いて口を開いた。
「──異崎白賭です。」
荒い呼吸を整えながら言う。諦めの表情を見せた。
「...そうですね。」
騎龍が返答に一拍遅れる。その一拍が、白賭の表情を再び変えた。
「──それと同時に確信しました。」
「はい?」
眉を顰めて騎龍は耳を傾けた。
「あなたはやっぱり、俺の情報を持っていない。」
そう言うと白賭は椅子から立ち上がり、辺りを歩き始めた。騎龍は口を歪める。
「俺があなたに、情報を持っていないんですか?と聞いた時、あなたは『どうでしょう』と曖昧な返答をした。その時俺は違和感を持ちました。被疑者に名前を聞くのは国で義務化されているはず。それなのに、『どうでしょう』と誤魔化すのはあまりに不自然すぎるし、無意味なことです。」
歩きながら机に指をなぞらせた。騎龍が白賭を目で追いながら小さくうなずく。
「そして、次に俺が通っている学校を聞いたときです。その時、あなたは俺をよく観察していた。シンプルに考えて、既に知っているなら勿体ぶる必要もありません。あの行動、公安の人がよくするもので言えば、属性推論、または、コールドリーディングあたりだ。」
座ったまま黙々と聞いていた騎龍の方へ目線を合わせて言った。その時、白賭は騎龍の表情から、呆気にとられていると見当をつけた。
「そして何より!さっきの言葉です。俺が確信づけたのは。」
突如張り上げられた声に、騎龍は目が強張った。白賭は足を止めて小窓から外を眺めた。
「俺が咳き込んでいる時、あなたは小さく『図星ですか?』と囁いた。」
「図星」という言葉を聞いて、騎龍はそっと鼻を指でなぞった。
「あなたは俺の所属している学校を知っている、だから学校の名前を出したのも単なる確認に過ぎないはず。」
白賭がゆっくりと平机に目線を戻すと、騎龍の額に汗が見えた。ふと、数十分前の自分を思い出す。
「それなのに、『図星か』と聞いて反応を伺った。」
そう言うとゆっくり手をすり合わせる。勝ち誇ったかのように微笑みかけ、この取調という盤面に王手をかけた。
「それはあなたが確証を持っていなかった何よりの証拠だ。実際には俺の情報なんて一つも持ってない。──俺の表情から、正解を探り出そうとしたんですね?騎龍さん。」
はっきりとした声で、机にもう一度手を置いた。騎龍はうつむいていて、白賭の目には負けを噛み締めているように見えた。
「くくくっ...」
白賭は目を細める。騎龍の喉から、くつくつと鳴っているのが聞こえたからだ。
「ははっ、はははっ!」
顔を上げたと思えば、無邪気に笑い始めた。プライドが破壊されておかしくなったのか。なんて考えたりもしたが、騎龍が口を開くと、その考えが改まった。
「申し訳ない。あなたの凄まじい洞察力に思わず。」
口を軽く抑えて堪えている。肩は完全に下がりきっていて、直前の張り詰めた空気とはがらりと変わっていた。
白賭の肩も自然と下がる。まだ何かあるかもしれない。そう思おうとしたが、雰囲気は嘘を吐かなかった。
「そうです。お恥ずかしながら、あなた方の情報は一切見つけられませんでした。」
「やっぱり。」
椅子にゆっくりと腰を下ろすと、一つため息を吐いた。
「許してください。取調で嘘は違法捜査で罰せられるんですよ。」
騎龍が背もたれに深く寄りかかる。
「まぁこうやって話せてよかったです。」
「...どういうことですか?」
目付きを変えて再び身構える。
「その高度な思考力、やっぱりプラヴォスですね。」
「...」
不敵な笑みを浮かべる。うつむいた白賭の顔を覗き込む様に上目遣いをした。
「止めてくださいよ。もう心理戦は疲れたんです。」
吐息混じりの笑い声に白賭が顔を上げる。
やっぱりまだ心理戦は続いているのか?
この人は、どこまでが本当なんだ?
白賭はいつのまにか、自身の武器でノイローゼを起こしそうになっていた。
「...わかりました、約束しますよ。俺は今から試すような事は言いませんし、正直に喋ります。このまま続けていれば、俺の頭はいずれ爆発する。」
ついさっきまで爆発物を取り扱っていたのに、不謹慎だろうと内心苦笑した。
「はははっ、助かります。早速なんですが、屋上に居た二人について、詳しく聞かせてもらえませんか?」
騎龍の笑い声に白賭は、本心からなのか薄笑いなのか、一瞬興味を惹いた。
しかし次の瞬間、突如核心に触れられ目を見開く。
「ちょっと待ってください。黒っ...髪の子は何か喋り始めましたか?」
騎龍が一瞬目を強張らせる。
「別の被疑者の情報は言えないんですよ。」
口を固く結び、きっぱりと答えた。
「そうですか...あ、そうだ。俺とは別のビルに男が居たでしょう。」
「ああ、最初に連行したあの男ですか。」
「そうです。─で、あの男と何があったのか...気になるでしょう?」
白賭はまた企むように微笑みかけた。騎龍は苦笑しながらうなずいた。
「いや、今のは普通に聞いただけです。何か企んでるわけじゃない。」
「はいはい、早く言ってくださいよ。」
冷淡に答える姿に、白賭が眉を下げる。
「...実はあの時、俺と黒髪のやつで、あの男と戦っていたんです。」
「戦っていた?」
騎龍は目線を右上に逸らせる。それを確認すると、白賭は視線を落として瞬きをした。
もう一度顔を上げた。真剣な眼差しだ。その強い眼光を、騎龍に飛ばして口を開けた。
「いいや、もう大丈夫です。──一から全部話しましょう。」
コツ...コツ。机を指で単調に弾く音が、またもう一つの取調室で鳴り響いていた。まるで、この空間を支配しているかのように。
警視庁本部庁舎の取調室。張り詰めた空気が、小窓を揺らした。
取調担当の榊原が被疑者──0bitを睨みつけている。
対する0bitといえば、相変わらず緊張感のない表情で榊原を眺めていた。
そのやりとりを取調室の内側、そしてやり取りの外側でモニターを見つめていたのは、サイバー犯罪対策課所属の松崎幸之助だった。
モニターに映っていたのは生体信号波形と呼ばれるグラフで、0bitの腕に付けている嘘発見器と接続されていた。
0bitが退屈そうに腕につけている装置に目を移す。グラフに揺らぎは見えない。
これが初めてではなく、以前もいくつか質問をしたが、大きな変化は見られなかった。
松崎は0bitに目線だけを移した。視線に気づいた0bitが、松崎に向けて小さく微笑む。
「あのさ、質問に答えてくれないかな。」
榊原が頬杖を付いた。呆れ混じりのため息に、松崎の眉が上がる。
質問というのは名前のことだ。以前の返答は「ゼロビット」であった。
その時、松崎も榊原も耳を疑った。グラフでさえ、二人が欲しがる結果を出さなかった。
「...」
榊原が貧乏ゆすりを始めた。腹が立っているんだろう。松崎はそう感じ、0bitに目配せする。
松崎がそうしたのは榊原の性格を知っていたからだ。
0bitは依然として弾く指を止めなかった。必死に目配せを続けるも、その意思は届かない。届いているのは、0bitの生理的指標だけだった。
果たして榊原が舌打ちをする。それに反応して0bitが指を止めた。
空気が凍りつく。呼吸の仕方を忘れるほどに。
指が止まったのを見て、榊原が行儀悪く微笑んだ。すると0bitは不気味な笑みを浮かべた。
しばらくの沈黙は、0bitの一言によって破られる。
「教皇が死んだ。」
白賭は核心に触れることは出来たものの、かえってそれが騎龍にPravosであると思わせる材料となってしまい、勝負は負けとも引き分けともなってしまった。
一方で0bitの取調の脇役を担っていた松崎は、一切揺るがないグラフに恐怖心を抱いていた。
しばらく取調を続けていると、突如「教皇が死んだ。」と物騒な言葉を放った。
一体、0bitは何が目的なのか。白賭の行方はどうなるのか。
次回、お楽しみに!!!




