住み込み店員 4
あっという間に昼になった。
この店では従業員にまかないが出るらしい。
「何がいいかしら? いつもなら俊が作ってくれるんだけど。ちなみに私は料理は壊滅ダメなの」
「……それなら私が作っても?」
「えっ! いいの!?」
美紀は嬉しそうに飛び上がった。
そんな行動もまるで人懐っこい猫みたいだと結羽は思った。
「あまり期待しないでね。では、失礼して」
これで成り立つのかと心配になるほど客足はまばら。けれど美紀によれば、この店が混むのは夕方以降だという。
「太陽の光が苦手な人が多いからね〜」
つまりそれは、夜型の人が多いという意味なのだろうか。
それとも美紀なりの冗談なのか。
「とりあえず、卵はあるみたいね」
「ああ、今日は残念だけど普通の卵なの。ポロロン鳥の卵は使い切ってしまったから」
「ポロロン鳥?」
またも現れた聞いたことのない名称。
「ポロロンって鳴くからそういう名前なの」
「そうなの……?」
「私たちが住んでいるところでは一般的なんだけどね」
ニコニコしながら、慣れた手つきで卵を割る結羽の手元を楽しげに見つめる美紀。
小麦粉をふるい砂糖と混ぜて牛乳を半分入れて混ぜ、残りの牛乳と卵を入れさらに混ぜる。
薄く焼き上げたクレープに、味が気になっていた空色豆のあんとクリームをのせる。
昼ごはんというよりデザートに近いが、他の食材はどう使えば良いかわからないからしかたがない。
(棚にあった粉も七色合って謎だったし、これだって先ほど説明を聞いていなければあんだってわからなかったわ)
美紀は嬉しそうにフォークとナイフを持ってバックヤードで待っている。
美紀が食べている間店番をして、終わったら変われば良いだろう。
とはいっても店内には誰もいない。
店の端には不思議な雑貨がたくさんある。
そっと近づいて、そのうちの1つに目を向ける。
(時計……? それにしては、針が一つしかない)
壊れてしまった骨董品なのだろうか。
よく見れば、文字盤とガラス板の間には厚みがあり、青い液体で満たされている。
「海……」
のぞき込むと時を刻むチクタクという音の代わりにさざ波の音が聞こえてくるようだ。
『……また会おう』
「え?」
小さな体で見上げたその人は、優しく微笑んで頭をそっと撫でた。
背中を向けて去っていくその人を美羽はじっと見送っている。
それは幼い頃の不思議な思い出だ。
(あれから怖い思いをしなくなった)
そう大人になってみればそれは想像力豊かな子ども時代のよくある勘違いと片づけられるかもしれない。
けれどやはりそれらの思いでは恐ろしくそれでいて色鮮やか過ぎるからとても幻だったなんて思えない。
『にゃあ!!』
思い出の中で三毛猫な鳴いた。
その三毛猫は菊地が飼っているミキによく似ている。
(ううん、三毛猫なんてどの子もよく似ているもの。でも、そういえば菊地さんはあの人に)
「結羽は天才なの!!」
更新したその声に我に返る。
どうやら間に合わせで作ったクレープは美紀のお気に召したらしい。
微笑んだ結羽は、自分もクレープを食べることにした。水色の空色豆のあんは想像よりも甘さ控えめで、滑らかで、フワフワした食感でクリームとの相性が最高だった。
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