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住み込み店員 2


 店ではすでに美紀が忙しなく働いていた。

 と、いっても店内に客は一人しかいない。


 あごに白いヒゲを蓄えた老紳士は、この店の常連なのだろうか。

 彼は店のカウンターで、水色の物体とふわふわのクリームがのせられた分厚いトーストを食べている。


 昨日濡れてしまった服は、すでに菊地が洗濯乾燥機で洗い乾かしてくれていた。

 だから結羽は普段着だ。


「おはようございます。美紀さん」


 美紀は今日も、縦縞の着物に白いフリルたっぷりのエプロンを身につけていた。きっとこれがこの店の制服なのだろう。


「おはようございます! 結羽さん。制服が用意してあるので着替えましょう?」

「……ありがとうございます」


 案内されたバッグヤード。

 奥には更衣室があった。美紀は奥にあった引き出しを開けて制服を一式差し出す。


「こちらをどうぞ」

「着物じゃないの?」


 縦縞が可愛らしい裾が広がったワンピースと、フリフリのエプロン。ツヤツヤの革のブーツ。エプロンとブーツはお揃いだが、制服は着物だと思っていた結羽は驚いた。


「これがこの店の制服よ?」

「え、でも美紀さんは」

「んん、イメージの問題でね。長年、着物を着ていた人間を見てきたから……」

「……長年、着物?」

「こちらの話!! さあ、着替えたら仕事を説明するわ!!」


 もしかすると、美紀の周囲には着物を着ている人が多かったのだろうか。

 確かに広大な敷地を持つ日本家屋に住む菊地と一緒に住んでいるというのなら、その可能性はある。

 結羽も幼い頃から袴を着た人たちに囲まれてきたのだから……。


(そういえば、みんなどうしているかしら)


 ワンピースの背中部分のファスナーを何とかあげて結羽は目をつむる。

 浮かぶのは古びた木の鳥居と水色の屋根だ。


『この場所を手に入れた今、もう君に用はないんだ』


 そして、信じていた許嫁に告げられた別れの言葉。そして、結羽に背を向けた人たち。


(……でも暗い顔はお店に似合わないわね)


 結羽は軽く首を振り、バックヤードを出た。


「……」

「えっと、あの。美紀さん?」

「……」


 美紀は時々緑に色を変える茶色の瞳を見開き、上から下まで舐めるように結羽を見ている。


「んっ! 忘れてた!!」


 タタッとバックヤードに消えた美紀は、すぐに白い何かを手に戻ってきた。


「これで完成!」

「……えっと?」


 頭に触れてみると、フリルいっぱいのカチューシャだ。おそらくメイドがつけるホワイトブリムのようなものだろう。


「可愛い!! 良い匂いだし、本当に結羽は最高ね」

「……!?!?」


 器用に鼻先をピクピクさせて匂いを嗅いでくる美紀。まるで猫のようだと思いながら、結羽はちょっぴり後退った。


「さて、とりあえず常連さんに紹介するわね!」

「ええ、ありがとうございます」


 ちらりと先ほどの老紳士に視線を送ると、すでにトーストはほとんどなくなりかけていた。


「……ところで、あのトーストにのっているの水色の食べ物は何かしら」

「空色豆のあんよ!」

「そらいろまめのあん」


 空色豆。そんな豆の存在、結羽は知らない。

 もしかして、新種の豆なのだろうか。



「もしかして、このメニューの?」


 メニューを開けば、そこには真っ白な雲が浮かぶ一面の青空。

 確かに水色のあんとクリームは、青空と雲みたいだ。


「ご名答!」

「……どうして文字がないの」

「読めないお客様も多いから」

「そうなの」


 不思議に思ったが、この店はそういう方針なのかと結羽は口をつぐんだ。


(あとで菊地さんに聞いてみよう)


 美紀はもう老紳士の元に走り寄っている。

 結羽も彼女に続いた。


「如月さーん! 新しい店員の結羽さんです。どうぞよろしく」

「おお、可愛い店員さんが入ったものだな。しかも良い香りだ」

「……香り」

「もう! マスターに怒られますよ!」


 先ほど結羽の香りを嗅いできたことを棚に上げ、美紀が頬を膨らませれば、老紳士は「失礼」と口にして微笑んだ。

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