星屑のクリームソーダ 2
(良い店を見つけたのかもしれない)
クリームソーダなんてどれも違いがないと思っていたのに、他のと比べものにならないくらい美味しい。
オーナーだろうか。落ち着いた雰囲気の男性は、優しげで渋くて目の保養になる。
元気いっぱいの店員は、ニコニコ愛想が良くて好感が持てる。
残り少なくなってしまったソーダと残った氷をストローでかき回す。
(そろそろ行かなくちゃ。……それにしても今夜はどこに泊まろう)
カラカラという音とともに薄まっていく青色。グラスが冷えれば、先ほどまで温かかった結羽の心までヒンヤリ冷たくなるようだ。
残りのソーダを飲みきった結羽は、小さなため息を一つついて顔を上げた。
「お会計をお願いします」
「……」
「あの……?」
なぜかこちらをじっと見つめていたらしい男性は、立ち上がりゆっくりと結羽の元へ歩んできた。
「――これは僕のおごりです」
ああ、自分のことを僕と言うんだ、という不思議な感動と予想外の言葉への驚き。
「あ、の……」
「実は早朝の店員を募集しているんです。住み込みでしばらく働いてみませんか?」
結羽は初めて真っ直ぐに男性を見つめた。
きっと唖然として間抜けな顔をしているに違いない、と思いながら。
「それが良い! ねえ、私もここに暮らしているから、一緒に住もう!」
「えっ、あなたも一緒に暮らしているの!?」
「お客さん良い匂いする! だから大歓迎よ!」
なぜか店員は猫みたいに結羽に鼻先を寄せてクンクンッと匂いを嗅いだ。
「…………あのっ、そのっ、失礼します!」
結羽はあまりの驚きにガタンッと音を立てて立ち上がると、慌てて店を飛び出した。
チリンチリンッと乱暴にベルが鳴る。
「あ、傘……」
しばらく走ったところで、雨が降っているのに傘を店に忘れてきたことに気がついて立ち止まる。
「どうしよう……」
残念なことに、今の結羽は財布と免許証くらいしか持っていない。
驚いて店を出てきてしまったが、本当は縋るべきだったのかもしれない。
――チリンッ
(鈴の音?)
ふと足下に視線を向けると、店に入る直前見かけた三毛猫がいた。
猫は雨に濡れている。そしてそのまま、結羽にゆっくりとすり寄った。
「あなたも濡れてしまっているわね」
しゃがみ込んだ瞬間、不意に雨が止んだ。
(違う、雨が止んだのではなくて)
荒い息づかいが聞こえる。きっと走って追いかけてきたのだろう。
顔を上げると先ほどの店のオーナーが、息を切らしながら傘を差しだしていた。
「……」
「はあはあ。……怖がらせてすまなかったね。ただ、あまりにも悲愴な顔をしていたから、何か訳ありなのかと」
「……」
「傘、ないと困るだろう?」
傘を渡すと自分が濡れるのも構わずに男性は結羽に背中を向けた。
「何か困ったときには店においで? 力になろう」
「っ……」
きっと誰もが危機管理ができていないと笑うだろう。いつも周囲に気をつかい、目立たないように生きてきた結羽らしくない。
しかし、去って行こうとする彼を追い越して結羽は、これ以上濡れないよう傘を傾けた。
「あのっ」
「……ああ、何かな?」
「……働かせてもらえませんか。住み込みで」
『ニャアッ!!』
足元で嬉しそうに鳴いた猫と、優しげに微笑んだ男性。
きっと頬を伝うのは、降り注いだ雨の雫だけではないだろう。
「君なら喜んで」
その声は低くて渇いた心に染みこんでくるみたいだ。
(誰かと並んで同じ傘にはいるのは、いつぶりのことだろう)
まるで仲の良い恋人か家族みたいに二人は並んで歩く。二人の間で当然のように歩調を合わせてくる三毛猫とともに。
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