星屑のクリームソーダ 1
美味しく癒やされるお話が書きたくなりました。のんびり更新です。
雰囲気のある古びたかやぶき屋根のお寺の脇にある小径を進むとその店は急に現れる。
味は保証付きだけれど、少々口にするのに勇気が必要な見たことのない食べ物。まるで異世界に迷い込んだような店内は、入手先と使い道がわからない品であふれている。
「……こんなところに喫茶店。それとも雑貨屋さん?」
天音結羽は、傘がいる程度の小雨の中、乾いた唇でつぶやいた。
ふと視線を向けると三毛猫が濡れた草むらを抜けて、首元の鈴をチリンチリンと鳴らしながら結羽の足下を掠めるように走り去り少し扉が開いた店内へと入っていった。
結羽は、誘われるようにその店へと足を向ける。
――チリンッ
古びた扉と趣があるベルの音。
自動ドアと電子的なチャイムの音に慣れた結羽には、その音がとても新鮮に感じた。
「いらっしゃい」
読んでいた本から顔を上げたのは、結羽よりも一回りくらいほど年上だろうか。落ち着いた雰囲気の男性だ。
その男性はものすごく整った顔をしている。そして優しげだ。
彼を見るためだけでも、お店にお客があふれそうだと結羽は見過ぎないように軽く視線を逸らして考えた。
(優しい香り……)
店に入った瞬間に香ったのは、確かによく嗅いだことのあるものなのに、名前が思い出せない柔らかな花の香りだ。
甘く爽やかなそれは、すさんでいた結羽の心を少しだけ癒やしてくれた。
「遅れてすみません!!」
白いハイライトと少々まだらな黒と茶色の髪をした店員がバックヤードから飛びこんできた。
髪の色合いは独特だが、縦縞の着物にフリルたっぷりの白いエプロンをつけた店員は、清潔感がある。
茶色の瞳は角度によって緑色に見える瞬間もある。不思議な店、不思議な店員だ。
「散歩もほどほどにしなさい。ほら、お客様をおもてなしして」
「はい! いらっしゃいませ、こちらメニューです」
テーブルにコトンッ置かれたお冷やからは、爽やかな檸檬の香りがする。
メニューを広げてみれば、満天の星空や美しい夕暮れの草原、虹がかかる美しい山などが描かれていた。
(……何かのコンセプト?)
メニューは美しいが文字が書かれていない。
結羽は少し困惑しながら小さく手を上げた。
「お決まりですか?」
「えっと、喉が渇いているんだけど……」
「ええ」
「あと、甘いものが欲しいわ」
「かしこまりました!! では、こちらがよろしいかと」
店員が指し示したのは、メニューの最初に描かれていた星空だ。何が出てくるのかわからないが、結羽はそのメニューを頼んでみることにした。
「星屑のクリームソーダですね! お待ちください」
「クリームソーダ」
そういえば、クリームソーダを飲むのは子どもの頃以来だ。父と母に連れられて訪れたのは、デパートの最上階の店だった。
今は、その記憶ももう朧気だ。
「おまたせしました」
先ほどまでの沈んだ気持ちをしばし忘れてあれこれと思い出しているうちに、結羽の目の前には小さな星がたくさん浮かんだ青いソーダにキャラメルが混ざったアイスクリームが乗ったクリームソーダが置かれた。
「緑色じゃないのね」
「星空は青いでしょう?」
それもそうかと思った結羽の目の前に、小さな小瓶と長い柄のスプーンが置かれた。
「刺激が足りないようでしたら、こちらを足してください」
「……刺激?」
「当店のソーダは、炭酸の代わりに星屑が入っておりますので」
そういう設定なのだろう。
けれど、確かにソーダと小瓶の中で瞬いている小さな星は本物に見える。
(……不思議な店)
結羽はアイスクリームを食べて、あまりのおいしさに完食し、ソーダを一口飲んだ。
アイスクリームが溶けたせいだろうか、少々物足りなさを覚えてキラキラした星屑を小瓶から注ぐ。
パチパチと小さな音を立てながら星屑はソーダの中で瞬く。
もう一度口にすれば、先ほどより鮮烈に口の中で泡の代わりに星屑が弾けるのだった。
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