7話 襲撃
ムーヴメント、生体認証開始。完了。
イヅナ、軍属民間人。
ムーヴメント、起動、ブートオン。
イヅナは首にパットを貼り付け、
生体認証を完了させる。
ムーヴメントを起動させると共に、
首から、全身の神経を伝って異物感が
伝わってくる。
「よし、ムーヴメントに搭乗完了
したようだね。
これから、そのムーブメントについて
説明させてもらおうと思う。
リンディアも聞いておいてくれ。」
二人「了解。」
「そのムーブメントは他の機体とは
違うんだ。見た目の問題とかではなく、
根本的な所から違う。
他のムーブメントは皆知っての通り、
機械仕掛けの人形とでも言おうか、全身が
鉄とケーブル、基盤などの機械で
出来た、純度100%のロボットってやつだ。
けど、君たちの搭乗しているムーブメントは
明らかに違う。内装に無数の生体を
取り込んでいる。
生体といっても動物のように何か考える
ようなものじゃない。倫理的な問題は
心配してもらわないで構わない。
そして、その生体の塩基配列を組み替えて
人間の細胞と同化できるようにしたんだ。
そのパッド、よく触ってみてほしい。
君たちの首と繋がっているだろう?」
!?首を触ると、まるで私の肌と間違えて
しまえそうな程の感触が伝わってきた。
「何だよこれ、気色悪いな。」
リンディアも同じようで、不満を
言っていた。
「まあ、そう言わないでくれ。そいつの
おかげで君たちは死なないで済むし、
イヅナくんに関していうと、病気が治る
わけだから。
そいつが肌と同化し、君たちの
神経と同化する。それを伝わって
神経伝達物質をムーブメントに送り
混むんだ。
すると、ムーブメントは君たちの細胞の
生き移しと言えるわけだから……」
「能力が使えるわけか。」
リンディアは難しい説明を噛み砕いて
理解できたようだ。
「そう。そして能力を使えるだけでは
ダメだ。
君たちの体を蝕んでいく
組み替えられた遺伝子、細胞たちを
ケアする必要がある。
急拵えで薬を服用したリンディア、
そして、過度に渡る薬の服用をして来た
イヅナくん。
君達の身体は今、薬によって無理に
変化させられてきた細胞によって
病気に侵されている。
能力を使用するには、DNAを組み替える
必要がある。そして、それが
もたらす代償。
損傷した細胞は、他の細胞まで
壊していく。その結果、なる病気。
それが、プリオン病。
しかし、心配してもらわないで大丈夫だ。
さっきの応用で、神経伝達物質どころか、
壊れた細胞たちもムーヴメントに
送り込んでしまえば、
君たちの体はクリーンになるって訳だ。
そして、減少した細胞は
君たちと同化したムーブメントの
生体から、生成し、フィードバックする。
そうすれば、問題無い。
ムーブメントの能力使用、
より直接的な操作、そして
薬の副作用の除去と薬を不要とする
能力使用の可能。
それら全てを、再現したのが
新型ムーブメントというわけだ。
難しい話だからこの辺はスルーして
もらって分からない。
簡単に言うと、君たちの病気を
ムーブメントが肩代わりするって事。」
「うん、言ってることは全く分からないが
結果だけは、理解できた。
つまり、それで俺たちは能力を安全に
使えるって事だな。」
リンディアは理解できなかったようで
声が少し深くなっていた。
私も同様だが、病気が治る。
能力を安全に使い、敵を殲滅し私の
ような不幸な人間がいなくなる。
これだけで充分だった。
「わかりました。ありがとうございます。」
「礼を言われるのはまだ早いよ。
今回の戦闘で理論を証明して、作戦の
全ての目的が完了してからだ。
敵の殲滅と、君の病気の治療。そして、
クローン達の保護。
それでは行くよ、作戦、開始だ。」
新型ムーブメントで、前回の作戦のように、リンディアとイヅナは、
ムーブメントで文字通り空を駆け、
数分で、敵領空内へと侵入した。
「戦闘ポイントに到着。破壊目標を視認で
確認する。……いない。
ノメリア、敵がいない!!航空母艦も、
ミサイル巡洋艦も、戦車も、兵士すら
いない。
通信衛星基地と研究施設を置き去りにして
全員が逃げたんだ!!クソッ!」
俺は怒りを込め、コクピットの
コンソールに拳をぶつける。
「リンディア、待ってくれ相手に充分に
時間をあたえたつもりはない。
ムーヴメントで敵を探索してくれ。」
「そんな事出来るのか?敵反応は
レーダーにも映っていない。」
「体の周りに電気を纏う感覚で
ムーブメントにイメージを送ってほしい。
出来るか?」
「体の周りに電気を纏う感覚……
これか!!」
すると、まるで全身の神経が周囲に
広がっていく、そんな感覚がフィードバック
されてきた。
それと同時に、その神経に触感が伝わる。
「敵の反応を確認。かなり
遠くだが、まだ海上にいる。どうする?
ムーブメントなら追える。
追った方がいいか?」
かなり微弱な感覚が海から伝わって
来ている。
今なら追えるだろう。
しかし、ノメリアからの指示は、
追う事では無く、予想外の事態だった。」
「いや、追わなくていい。奴らも
無策で逃げたりはしない。
逃げるための囮と生贄を使ったんだ。
そろそろ来るはずだ。戦闘に備えて。」
「何!?何の事だ、ノメリア……って
何だよこれ。」
目の前には数多の人間が広がっていた。
それらは全て、同じ顔をしていた。
「そう、彼女らを使って奴らは逃げる気だ。
作戦の前半を排除。衛星基地や
研究施設はもう空だ。破壊する必要はない。
航空、海上、陸戦力も全て逃げた。無視だ。
彼女らの応戦と保護を最優先とする。
手はず通り、ウイルスを使う。
イヅナくん、コックピット内のコンソールに
手を当てて、
ウイルス放出を承認してくれ。」
「はい。ウイルス放出します。」
『機体搭乗者、イヅナを認証。
ウイルス媒体の放出を承認します。』
すると、空中に無数の光が飛び散った。
「彼女らがウイルスによって無力化
されるまで、最低15分かかる。
それまで能力から持ちこたえてくれ。」
まったく、無茶を言ってくれる。
俺が、彼女に銃口を向けるのは二度目と
なる。しかし、別の個体の彼女達に。
彼女達は自分達の勝利を確信しているの
だろう。
ムーヴメントに銃口を向けられた所で
不安げな顔ひとつ見せず、
掌をただこちらに伸ばし、そこから
雷撃を放ってくる。
それを俺たちは間一髪で交わしながら、
レーザーライフルで
彼女達に牽制を掛ける。
彼女達もまた、自分自身を
電磁力で空中に浮かせ、加速させ移動させ、
ライフルの弾道を避ける。
そして、またこちらに攻撃してくる。
そんな応酬が15分ほど続いたのち、
彼女達に変化が現れた。
こちらに向かってくる電撃の威力が
あからさまに弱くなり、
これまでは、こちらに届いていた電撃が、
俺達ムーヴメントの前で消えていった。
「リンディア、そろそろだ。
ウイルスが効いて来た。彼女達を
ムーヴメントの手で救出してくれ。」
能力の無くなった彼女達は
空中から、落ちていく。
それを俺は、ムーブメントの掌を合わせて
彼女達を掬い取るようにして、拾う。
イヅナは能力の扱いに慣れているようで、
電磁波を空中に散布させ、
そこに彼女らを停滞するようにして
徐々に地面に近づけ、着地させた。
そんな必死の救出作戦のおかげで、
彼女達、イヅナと同じ遺伝子を持った
クローンの一同は一人も死者を出す事なく、
救い出す事が出来た。
後は、ノメリアの頑張り次第だ。
俺達はムーブメントの踵を返し、
自分達の基地へと戻った。
戦闘で疲れ果てた俺と、イヅナは
基地へ戻るなり、クローン達をノメリアに
任せると、眠りについた。
それから数時間して、目が覚めた。
「頭痛が酷い。それに加えて、
体中の神経が痛むようだ。9時間も
寝ていたとは。軍人として失格だな。
さて、彼女達はどうなっだろう。」
俺は痛む体を起こし、医務室に向かった。
そこには、まるでSF映画のような光景が
広がっていた。
等身大のカプセルに同じ顔をした人間が
並んでいる。
カプセルには番号が書いてあり、
129番から、150番までのカプセルが
並んでいた。
「22人、それだけいたのか。」
俺は戦っていた時の事を思い出す。
確かにそれくらいの人数だったろう。
「お、リンディア。目を覚ましたのかい?
あの戦闘の後に9時間で目を覚ますなんて、
流石じゃないか。
改造してあるムーヴメントに乗る事は
かなりの疲労になると思ったんだけどね。
イヅナくんは、もう少し掛かると思う。
病気の治療も、かけてたからね。
体への負担はそれだけ大きい。
さて、君たち二人が救った彼女達だが
病原体は全て取り除いた。後は、
イヅナくん同様、改造された体を
治す手はずに入ろうと思う。」
「彼女達も全員ムーブメントに乗らして
一緒に戦うのか?」
そうなると、作戦指揮が難しそうだと
俺は首をひねった。
「いやいや、そんな予算はうちに無いよ。
知らないだろうけど、君たちの
ムーブメントは特別品でかなりの予算が
かかるんだ。
そんなに量産は出来ない。」
「じゃあ、どうやって?」
「この救出作戦に備えて、
研究を進めていたんだ。彼女達を
救うには、ムーブメントを使う必要は
無くなったんだ。
君たちのムーブメントを模した、
疑似的な機械に神経接続するだけで
治るようになった。
だから、彼女達が戦闘に加わる事もない。
それに、もしムーブメントがあったとして、
彼女達を搭乗させる訳にはいかない。
彼女達がイヅナくんと同じように
作られたと思っているだろうが、それが
実は違かったんだ。」
「何だって?」
ノメリアは俺に何枚かの紙を渡した。
「それを見て欲しい。特に脳について
解説してあるページ。
この図は脳波を検出したものなんだけど、
これは到底人間の脳波だとは思えない。
脳の神経分野に様々な刺激を与えて
みたんだが、ドーパミン、エンドルフィン、
アドレナリン、ノルアドレナリン。
どの脳内物質も数値が極端に低いんだ。
おそらく、彼女達には感情が無いに等しい。
そう、改造されたんだ。」
「なんて事を、体だけでなく、脳まで。
これではまるで、ただの兵器だ。」
「そう。彼らは戦争に勝つためなら
何でもするつもりだ。人を人として扱う
つもりなんて、到底無い。
被害者はきっと、クローン達だけでは
無い。民間人すら、戦争の物資を集める
ための対象だろう。
このまま放っておけば、もっと酷い
未来が待ってる。
あいつらを止めないと。次の作戦に
移ろうと思う。
彼女達クローンの件については、その後に
して欲しい。
悪いようにはしない。任せておいてくれ。」
「分かった。ではまず、イヅナが
起きてくるまで自室で休息を取る。
それから会議室に向かう。起きたら
こちらに教えてくれ。」
俺は、均等に、等しい顔の並んだ
カプセルが並ぶ、異様な光景を背に、
自室へと戻った。