1話 薬
2話です。話の構成の都合上、短いです、すみません。
3話は、ほんの少しだけ長くなるかも。
ムーヴメント39機を失い、唯一得た
戦利品は薬の入った箱だった。
たった一人で、その身体の何倍はあろう
兵器を倒した少女。その少女の服用
しているであろう薬には、
今の戦況を覆す何かが、あるかも知れない。
その一筋の希望を胸に、
軍で自分の信頼している博士、
ノメリア・ニューマン少尉に薬を託した。
薬を拾った戦闘から2週間後、
今日はその薬の調査結果が
分かったということで、博士の元へ来た。
「やあ、リンディア大尉。
わざわざこんな所まで
来てもらって悪いね。」
基地の研究施設に到着すると、
白衣に、眼鏡を掛けた、いかにもアナログな
昔からの研究者らしき男が、そこには居た。
「ノメリア、堅苦しいじゃ無いか、
いつものように、
リンディアと呼んでくれ。」
「ああ、そうだね、悪い、つい仕事を
していると中々砕けた会話というものが
出来なくてね。不器用なんだ。
相変わらず。」
出迎えてくれた男は、薬の調査を
依頼していた、
ノメリア・ニューマン本人だ。
ノメリアは、俺の幼少期からの付き合いで
いわゆる、幼馴染で、腐れ縁というやつだ。
ちなみにリンディアは俺の名。
リンディア・ソルド。祖国語になおすと、
輪舞の剣、というらしい。
それを今風にアレンジし、
名前にしたそうだ。
戦場で、優雅に舞う剣士になるように
という事らしい。
しかし、今は優雅に舞うどころか、
たった一人の人間に無造作に
散らされている。
そんな状況を脱する手掛かりを、
このノメリアから今日は聞けると
良いのだが。
「でだ、リンディア、
調査を頼まれていた、この薬だが、
かなりのリスクのある代物だよ。
そのかわり、今の戦況は間違いなく変わる。
けど、それを望むかどうかは、上層部、
そしてリンディア、君次第だ。」
ノメリアは眼鏡と口角を上げ、
おそらく、薬の調査は、満足のいく
ものだったのだろう。
勿体ぶって、俺に言った。
「俺次第、か。もし今の戦況を少しでも
変えられる可能性があるなら、俺はそれを
望む。このまま仲間が死んでいくのを
これ以上見たくない。
しかし、それがどんなものかを知らなければ
どうするかは決められない。
調査結果を教えてくれ。」
すると、ノメリアは目の前のPC
に向き直って、やや早口気味に
調査結果を語り出した。
「そういうと思って、一通り用意してある。
まず、マウスへの投与の結果から
見せた方が早いかな?これだよ。見てくれ。」
そう言って、ノメリアは投与の動画
らしきものをPCを操作して出し、
画面を俺に向けた。
その中には、厳重な樹脂製の箱の中に
入ったマウスに、薬をピペットで
与える様子が撮られていた。
ピペットから滴る、薬を液状にしたものを
マウスが舌で舐める。
その後、投薬結果まで、映像は30分程、
早送りされ、止まった。すると、マウスが
発光していた。いや、炎を発していた。
眩むほどの閃光を発して。そして炎の光で
画面が真っ白になる。そこで動画は
止まった。
「こういう事なんだ。君は戦闘で、
敵は生身にも関わらず、
ムーヴメント39機を造作もなく
破壊したと言ったね。
つまり、その原因というのはこのマウスが
見せてくれたように、薬によって
引き起こされた"現象"によるものだろう。」
ノメリアは淡々と目の前で起こった
現象と事実を述べた。
「しかし、これでは、その現象に
巻き込まれ、自分事死んでしまうのでは?」
俺は疑問に思った事をそのままノメリアに
反射的に聞く。正直目の前の事に
動揺し、あまり冷静ではいられなかった。
「それがね、この画像を見てくれ。」
ノメリアはいくつかの写真の中から一枚を
取り、俺に渡した。
「な……」
「無傷だって、あの状況で?」
その写真には信じられない程無傷の、
火傷跡の一つすらないマウスが
収められていた。
「そうなんだ、そしてこれ。
マウスを覆っていた容器。
それを拡大したものなんだけど……
こっちは内側から溶けているんだ。
容器の半分ほど。
容器の厚みは10センチもあるし、
これ、一応戦前は動物園なんかで使われてた
特殊な樹脂でかなり丈夫なものなんだけど」
……写真の容器をよく見ると、奥の方が
ただれ、溶け、奇妙なオブジェを
作り上げていた。
「しかし、マウスは無事なんだよね。
これ、実験直後に撮ったサーモグラフィ。
ガラスや、その内側は赤いのが
分かると思うんだけど。マウスの周りは
青いんだ。そしてマウスは黄色。つまり、
平均体温のままなんだ。」
ノメリアは続け、もう一枚の写真を
渡してきた。
俺は信じられない状況に困惑し、
震えながら、未だに目の前の状況に
半信半疑でいながらも、
恐怖と、そして一筋の希望を感じていた。
そして、ノメリアはその希望を後押しする
ように続けた。
「この現象を解析して、薬を実用段階に
入れる事が出来れば、戦況を覆す事が
出来るかもしれない。」
希望か絶望か、リスクとリターン、
それは今、俺の手に委ねられていた。