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次こそは


「バーチを、追放しようと思う」

「…………」


 魔竜盗伐の宴が終わって、一週間程度。

 ミスティを呼び出したルイは、正面のソファに座ってそう言った。対面ではなく斜め前の位置に座ったミスティは、一瞬言葉を失う。

 やはり流れは以前と変わらなかった。予想通りの展開だ。


「……ええ。いいわよ」


 前回と同じ流れであるということはつまりループしていることが確定し、夢ではないということだ。

 再び目が覚めてこの日を迎えるまでの間に、ミスティは思いつく限りこれまでとは違う動きをしてきた。

 自分で買い出しに行き、冒険者ギルドへ出向いて、バーチの代わりに補助魔法を使える魔術師を探したりした。

 しかし流れは変わらなかった。リフレクションの効果のある魔道具は手に入れたが、代わりの魔術師は見つかっていない。


「……どうしたんだ? 気に入らないのかい?」


 ミスティの返答が思ったものではなかったのか、ルイが首を傾げる。

 そうだ、ルイはここでミスティに背中を押してもらえると思って相談を持ち掛けているのだ。

 ループしているということに苦虫を嚙み潰したような表情になってしまっていたミスティを見て、バーチ追放に難色を示したと解釈するのも無理はない。ミスティは慌てて表情を取り繕った。


「え、ああ、そんなことないわ! バーチの追放よね、歓迎歓迎! 大歓迎よ。役立たずの愚図は切り捨てるのが一番よ!」


 しかし、ルイはミスティの慌てようを不審に思ったようだった。彼はどうも他人の感情の機微に随分と敏いらしく、少しでもいつもと違うと何かあったのかと問うてくる。それがありがたいときもあるけれど、面倒な時もある。今は後者だ。

 事情を話したところで、「自分はこの後数週間の間に死んで戻ってきた人間だ」なんて話、誰が信じるだろうか。頭がおかしくなったのではと思われるのが関の山だ。


「ミスティ、懸念があるのなら……」

「ないわよ!」


 ミスティはルイの言葉を遮った。語気が荒くなってしまったのは仕方がない。ここで変に懸念を抱かせては、ルイはバーチの追放を延期するだろう。


「ないわ。ルイ、もしアタシが反対したらバーチをここに残しておくつもりなの? アンタ自身の判断で、アイツは、ここに相応しくないってそう決めたんじゃないの? 他人に言われてやめるような、その程度の意思しかないっていうの?!」


 バーチへの不満をぶつけるつもりだったが、どういうわけだかルイへの罵倒のようになってしまった。

 王族ということもあって、今まで基本的に意見を尊重され、諫められるときも議論でもって進言されてきたルイにとっては青天の霹靂だったかもしれない。今までバーチに向かっていたミスティの圧が突然自分に掛かってきたのだから、狼狽えるのも仕方がない。

 明らかに虚を突かれたように視線が彷徨うルイに、ミスティは息を吐く。王子と言っても所詮18そこらの子供だ。しっかりしているように見えて、まだまだ脆い。


「別にアンタを否定したいわけじゃないのよ。でもアンタは王族なの。王子なの。全てを従わせることができる。そうでしょ? だからこそ、絶対的な強さを持たなきゃダメよ。人の顔色なんて窺わなくていいの。アンタが白といえば、黒いものだって白くなるの。そういうものなの。わかるでしょ?」

「…………」


 優しく諭すように言えば、ルイは俯いて黙り込んでしまった。全く、手のかかる王子だ。それくらいの意識がなければ人の上に立つなど夢のまた夢だろうに。


「ね、アンタがバーチを要らないと思ったなら、それだけで十分な理由だわ。追放したって誰が咎めるって言うの? 何せこのパーティで一番偉いのはアンタなのよ、王子サマ。ジョルジオだってヴィヴィだって敵いやしないんだから、堂々としていればいいのよ」


 ミスティは座ったままのルイに歩み寄り、耳元で囁く。彼にとっては悪魔の囁きのようだっただろうことは十分自覚している。そういう風にやっているのだから。


「っ、わかった」


 ミスティが近付いた分、ルイは慌てて立ち上がって距離を取った。


「バーチを呼んでくる」


 短くそう言うと、いつになく慌てた調子で部屋を出ていく。ミスティは呆気に取られてその姿を見送った。

 なんだ、急に。それに出ていくとき少し顔が赤かったような気がしたけれど。


「……もしかして」


 ミスティは不意に自分の服装に目を落とした。

 胸元が大きく開いた、体のラインに沿ったドレス。ミスティの好む服装は基本露出度が高く、毛皮や宝石と言った装飾品がよく映える代物だ。

 さっき屈んでルイの耳元で囁いたが、そうすると必然的にルイの目線の先にミスティの胸元が来るようになり……


「アハハハ! なんて初心な王子サマかしら!」


 ミスティの笑い声が、ルイに聞こえていたかはわからない。だがバーチを呼んで戻ってきたとき、明らかにバツが悪そうにしている姿を目にすることになるのだった。



+++++++++++


 バーチの追放はあっさりと終わった。

 ジョルジオとヴィヴィからの若干の難色も同じだったが、結局誰も追放自体には反対ではないことまですべて同じだった。

 このまま行けばまたギーカに向かい、あの魔獣と対峙することになる。


「ねえ、目的地、変えない?」


 出発前になってこんなことを言うのもどうかと思うが、ミスティはそう言わずにはいられなかった。バーチを追い出した翌日にはアルコを発つとわかってはいたが、悪足搔きのようなものだ。もし変えられるのならば変えてしまいたい。


「どうした? えらく急だな」


 出発前に自分の武具の手入れをしていたジョルジオが首を傾げた。ルイもヴィヴィも準備の手を止めている。


「別に……ギーカって遠いじゃない。それに高地で寒いし、天気も悪いし、観光名所もないし」

「だからこそ魔物の被害が多いんじゃないですか?」


 ヴィヴィが「何を言っているんだ」と言わんばかりの返答をする。曲がりなりにも彼らは魔物の討伐を目的に結成されたパーティなのだから、最優先で向かう先はそう言った魔物の発生の多い地点なのだ。

 アルコの街とて、魔竜のせいで随分と被害を受けていた。討伐したことで以前の活気を取り戻したものの、それまでは建物も荒れ果て、天候も悪く、場所によっては瘴気までも流れ込んでくるような場所だった。

 だからこそ、その状況を打破した彼らは英雄として歓待されたのだ。


「それはそうだけど、ほかの地域だってあるじゃない。ギーカより危険なところだって……」

「まあ、それはそうですけど……」


 唇を尖らせるミスティにヴィヴィが怪訝そうな目を向けている。目的地に文句を言うことはあれど、行き先を変えろとまでは言い出さなかったのだから当然の反応だろう。それを言うならそもそもミスティが前日の夜に遊び歩いていない時点でおかしいのだけれど。

 ミスティとしては、別の魔物を討伐している間にあの魔獣をほかのパーティが討伐してくれないかと言う期待を込めていた。あの魔獣との戦闘で死ぬことがループのトリガーなのだとしたら、そもそも戦わなければいい。死ぬかもしれない場所がわかっているのに行くなど馬鹿げた話なのだ。


「ねえルイ、何も行かないなんて言ってないのよ。ちょっと別の場所を迂回してから行こうって話で……」


 ミスティはルイに猫撫で声で話しかける。アイテムの整理中だったルイは困ったように眉尻を下げた。


「……目的地を変えることは出来ないよ」

「何でよ」

「もうギーカに連絡してしまっているんだ。魔獣の討伐に向かうって」

「はあ?! いつ?!」

「二日前だ。次の目的地について話しただろう?」


 ミスティは被っていた猫を脱ぎ捨てる勢いで舌打ちをした。

 目的地についての話なんて、いつもほとんど聞いていない。ミスティは魔物討伐後の待機期間は遊ぶ期間だと思っているし、実際にその間は毎回金に物を言わせて豪遊してきた。

 見目の良い男たちを侍らせて酒盛りをしたり、高級ブティックで散財したり、料理に、娯楽に、その街の評判のいいものを一通り試すのがミスティのお決まりだった。

 大抵その間にルイが冒険者ギルドで魔物の情報と他の国家指定パーティの状況を確認し、次の目的地を決めて仲間に共有していた。

ミスティは大体目的地を聞くだけ聞いて、後は遊んでいるばかりだったのだ。ルイが次の目的地へ連絡をしていることすら初耳だった。


「何よそれ! 聞いてないわよ!」

「君がいつもいないだけで、毎回やっていたんだ。他のパーティにももう、ギーカには我々が向かうと連絡がいっているはずだし、余程のことがない限りは変更は難しい」

「チッ……ほんとにお堅いわね!」

「おいおいミスティ、それはないだろ。報告は義務なんだから、ルイが悪いわけじゃないぞ」


 ジョルジオに悪態を諫められ、ミスティは彼に鋭い視線を向けた。


「うるっさいわね、アンタだって飲み歩いてるくせに偉そうに言わないでよ!」


 完全に八つ当たりだが、ジョルジオは怒るでもなく「まあそれはそうだが」と口をへの字にしただけだった。相手にされていないところが余計に腹が立つ。


「とにかく無理なものは無理だ。諦めてくれ」

「ああもう! わかったわよ!!」


 念を押すようにルイに言われ、ミスティは苛立ちを隠すこともなく乱暴に返事をして宿から出ていく。融通の利かない連中だ。


「おい、どこ行くんだ?」

「うるっさいわね! 馬車の手配に行くのよ! あんな遠いところまで徒歩なんてやってらんないわよ!!」


 ジョルジオに吐き捨てて、ミスティはドアを乱暴に叩きつけるように閉めた。せっかくバーチがいなくなったというのに、次から次へと嫌なことばかりだ。

 前回の辻馬車は座るところがかろうじて用意されている程度のものだったから、座っていても体が痛くなって仕方がなかった。徒歩よりはましとはいえ、正直2度も同じ目に遭いたくはない。

 ギーカの街までの道中には問題はないのだ。冒険者ギルドで一番等級の高い馬車を借り付け、ミスティは魔道具の新調に向かった。リフレクションについてはバーチが追放された段階で残った仲間にリスクを話して、すでに人数分高級なものが揃っている。ギーカよりもアルコの方が大きな街で街道に面しているため、品質も良ければ品数も多いのだ。

 ミスティは自分用に物理防御系統の魔道具も購入した。前回はジョルジオの盾の届かないところにいたせいで死んだのだ。次はそんなことがあってもある程度耐久出来るようにしなければ。


「本当、腹立つわ……。絶対に次はあの魔獣を殺してやる」


 ミスティの怒りは、夜も更け始めた暗闇の中に消えていった。


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