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二度目


 念願が叶い、バーチは去った。

 ミスティが記憶している通りだ。翌朝にはアルコの街の住民たちに盛大に見送られ、一行は街を出た。

 目的地であるギーカまでは徒歩で約一週間程度。途中街道沿いに時折出現する魔物を倒しながら1日、2日と進んだあたりで、ミスティは道程に抗議した。


「ねえ、こんなんじゃいつ着くかわかんないわ。馬車に乗りましょ」

 

 2日目を歩き詰めての野宿の際の発言だった。

 野宿ではヴィヴィが結界を張り、旅立ちの餞別にと国王から賜ったマジックバックから召喚した天幕を立てて食事を摂る。

 いつもなら食事を終えたらすぐ豪華な天幕に引っ込んでしまうミスティからの言葉に、仲間たちは若干面食らったようだった。

 ミスティは基本、旅程を気にしない。ただ先導するルイについていくだけだ。途中疲れたらバーチに文句を言って補助魔法を掛けさせ、負担を軽減するのが常だった。

 今回から、そのバーチがいない。彼女の疲労を軽減させる手立てはヴィヴィの回復魔法くらいしかないのだ。しかしそれも、実際のケガではないから効果は薄い。

 ミスティの言う通り、予定ではすでに3分の1は進んでいるはずだったが、まだそこに到達していないのだ。


「どうしたんだミスティ。予定より遅れてるって気付くなんて、鋭いじゃないか?」

「フン、アタシを甘く見ないで頂戴。そもそも移動が徒歩なのがおかしいのよ。こんなんじゃ目的地に着く前に疲れ切っちゃうわ。アタシのこの美しい足が、もうこの二日で棒のようなのよ!」


 驚きつつも軽く返してくるジョルジオに答える。最後は軽く八つ当たりめいた物言いになったが、疲労はミスティだけでなく全員に言えることだろう。


「確かに一理あるな……。次の辻馬車の乗り合い所がもう少し行ったところにあるから、そこから馬車に乗ろう」

「そうこなくっちゃ! さっすがルイ!」


 ルイの承諾を得て、ミスティは上機嫌で踵を返した。

 覚えている限り、例の「夢」の中では旅程全てを歩き通してギーカへ向かったのだ。着くころには随分疲労がたまっていたはず。きっと「夢」で魔獣討伐に失敗したのはそのせいもあったはずだ。


「じゃ、アタシは先に休むから」


 辻馬車を使うと判断されたのなら後は用はない。ミスティは天幕に引っ込み、疲れた体を入念にマッサージした。足はまだ痛むが、それも終わりだと思えば心は弾む。

 国王から下賜された上等な寝具に包まれながら、ミスティは満足して眠りについた。


 翌日、野営地点から数時間歩いた先にある辻馬車乗り場まで向かい、一行はそこから馬車を利用してギーカの街近くまで移動した。

 ギーカの街は大きな街道から逸れた山際にあるため、辻馬車は途中までの利用となったが、それでも全工程を徒歩で移動するよりは随分体力は温存出来たはずだ。


「はあ、やっぱりもっといい馬車を用意するべきよね。体が痛いわ」

「ま、そう言うな。ついでに魔物の討伐も出来るだろう?」

「そんなの冒険者ギルドに任せておけばいいのよ。次からは専用の馬車を呼びたいわ。それくらいやってもいいんじゃない?」


 貴族であるミスティは、基本的に徒歩移動には反対だった。よほど危険な地帯やダンジョンへ出向くのでない限り、街道があるのなら馬車を用意したいというのは、当然の思考だろう。


「これまではバーチの補助で疲労軽減があったからなぁ。あいつがいないのであれば、それも検討してもいいと俺は思うよ」


 ジョルジオは最初のミスティの文句を宥めつつ、馬車の利用にも賛同する。

 これまでの移動時はバーチの補助魔法で『疲労軽減』『速度上昇』と言ったバフをかけていたため旅程が大幅に短縮され体力の消耗も少なかったのだが、それがないとなると移動だけで時間がかかる。必要以上に疲弊するのは得策ではないだろう。


「そうだな……。検討はしておこう。さあ、もう少しでギーカだ、行こうか」


 ルイに促され、一行は歩き出した。やはりアルコから歩き詰めだった前回よりも随分ましだ。

 途中、白い花が咲いていたのを見止めて、ミスティはまたそれを摘んで髪に挿した。住人が何と言おうが、冒険者の間では勝利の象徴だ。これまでだって見かけるたびこの花は摘んできたので、習慣のようになっている。

 それに、ミスティの赤い髪に、白い大輪の花はよく映えるのだ。


「お気に入りですね、それ」

「当然よ。勝利の花だもの。不吉だとかくだらないことを言う連中もいるけどね」

ミスティはヴィヴィに誇らしげにそう話していた。



 ギーカの街では、相変わらずミスティの髪に挿されたカサンドラ・リリーに対して住民たちが過剰なほど反応を見せた。しかし、一度経験しているミスティは怒ることもせず、歯牙にもかけなかった。


「明日から情報収集と準備に充てよう。今日はゆっくり休んで」


 宿に着いて、ルイが言った。仲間たちはそのまま解散しようとしていたが、ミスティはそれを呼び止めた。


「ルイ、アイテムも買い足したいわ。いいかしら」

「アイテムを?」


 普段、買い出しはバーチに押し付けていたミスティがそんなことを言い出したので、ルイを筆頭に仲間たちは驚いて顔を見合わせた。

 夢(もうミスティは、そうだと断じることにした)ではここでほんの数日の準備と情報収集をして終わった。アルコの街である程度装備は整えていたから、特に買い出しはしなかったのだ。


「アルコで装備類は整えませんでしたっけ?」

「それはバーチが出ていく前じゃない。アイツがいなくなったんだから、代わりに補助系のアイテムは必要でしょ?」

「ああ、なるほど確かに」


 ミスティの得意気な返答にヴィヴィが納得する。確かに装備を整えたときは武具や防具のメンテナンスに、魔力回復系のアイテムが中心だった。ヴィヴィの回復魔法があるから体力の回復用アイテムは不要だし、バーチの補助魔法があったから補助系のアイテムも買ってはいなかったのだ。


「能力値を上げるアイテムはそれほど必要ないけど、魔法の効果に関するものは持っておきたいわ。特にリフレクションがないからね」

「……そうだな。ミスティの魔法は強力だ。リフレクションがなければ混戦状態では力を発揮できないだろう」

「そうでしょ?」


 ルイの言葉にミスティは鷹揚に頷いて見せた。あの「夢」ではリフレクションの効果なしで大魔法を使ったせいでルイが被弾してしまった。まさか同じことになるとは思えないが、用心しておくに越したことはないだろう。


「わかった。必要なものを洗い出して、改めて買い出しに行こう」

「ええ、そうして頂戴」


 ミスティはそれだけ言うと、さっさと自分の部屋へと入っていった。

ギーカの街は高山の麓の中継地点のような場所で、これと言って観光名所も名物もない田舎の町だ。山越えのための休息地になっているため冒険者たちはよく利用しており、宿泊施設や装備品、アイテムを売るような店ばかりが充実している。

 とはいえ魔物の襲撃も多いため、うまく発展まではこぎ着けていないというのが現状である。

大きな街道沿いにあるアルコの街とは違って余裕のある街ではないため、雰囲気もどこか鬱蒼とした悲壮感が漂っている。

 気候もあるのだろうか、山の近辺な気候が不安定で変わりやすいうえ、どんよりとした雲に覆われていることが多い。

 住民たちがどこか悲観的で、カサンドラ・リリーを必要以上に毛嫌いするものこのためだろう。


 休養と情報収集に加えて、買い出しも行った一行は、数日後に魔獣討伐に出発した。

 道中は前回と同様に順調に進んでいる。この一帯程度の魔物であれば、やはりバーチなどいなくとも難なく蹴散らせるのだ。

 夢は所詮夢だ。準備不足に陥らないようにと言う、予知夢であったのかもしれない。どちらにせよ上手くいっているのだから、行幸だ。


「そろそろ生息域だ。気を引き締めていこう!」


 高山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟に、魔獣は住み着いている。

 ルイのセリフは夢と同じだった。ミスティは無意識のうちに杖を握りしめた。問題はない。リフレクションの魔道具も全員が持っている。夢では呑気に雑魚を一体一体処理していたからよくなかったのだ。今度は開幕と同時に最大火力で魔法を撃ち込んでやる。


 薄暗い洞窟内を進んでいくと、少し開けた場所に出た。魔獣のねぐらだ。巨大な青い体躯の狼型の魔獣がその中心で丸まって眠っていた。

 近付くとルイたちの気配に気付いたのか、魔獣は覚醒し遠吠えをあげた。

 戦闘開始だ。

 遠吠えに応じたか、立ち上がった魔獣の前方に無数の狼の群れが出現する。夢と同じだ。魔獣の眷属の召喚。一匹一匹は雑魚だが、倒しても倒してもきりがないその圧倒的な数に苦戦したのだ。


「多いな……」

「下がってて! 一気に行くわよ!」


 ミスティが一歩前に踏み出し、詠唱を開始する。

 基本的に攻撃魔法は前方を含む広範囲への攻撃だ。ミスティの背後に仲間を下がらせれば、攻撃範囲外になる。それに今回はリフレクションの魔道具も所持している。万が一、ということは、ない。


「迅雷よ奔れ、轟音よ轟け、天光を束ねて我が敵を討て……トリリオンボルト!!!」


 洞窟内に雷が降り注いだ。あちらこちらでキャンキャンと狼の逃げ惑うような悲鳴があがる。落雷が収まったときには、狼たちはほとんど姿を消していた。


「今よ!」

「よしっ、行くぞ!」


 ルイとジョルジオが飛び出す。魔獣とて今の攻撃を浴びてダメージを受けているのだ、このまま火力で押し切れば勝ちは確実だろう。


「ミスティさんっ!」


 それは勝利を甘く見た結果だったかもしれない。

 ジョルジオとルイには脇目もくれず地を蹴った魔獣は二人の頭上を飛び越え、そのまま、


「ミスティ!!」


 ジョルジオの焦った声が聞こえるのとミスティの頭上に魔獣の巨大な影が落ちるのはほぼ同時だった。

 逃げる暇すらなく、跳躍の勢いのまま鋭い爪が、巨体が降ってくる。


「ミスティさん!!」


 ヴィヴィの白魔法が発動したような気はしたが、ミスティがそれを見届けることはなかった。衝撃が来ると同時に、ミスティの意識は途切れていたから。






「…………っ!!!!!」


 声もなく跳ね起きる。

 起きれた。何故だ。

 ミスティは荒い息のまま周囲を見回した。


 薄暗い室内。まだ夜明け前だろうか。

 手触りの良い上等の寝具は汗で濡れている。アルコの街の高級宿屋だ。

 いいや、そんなはずはない。

 ミスティは起き上がった。体には傷もなければ何の異変もない。夢だったのだろうか? いいや、夢だなんてありえない。一度目だってそうだ。夢だと思い込もうとしていたけれど、やはり納得できない。

 すぐさま部屋を出て、隣りの部屋の扉を乱暴に開ける。ヴィヴィが眠っていたが、ミスティが開け放ったドアの音に驚いて目を覚ましていた。


「わっ、ミスティさん?! 何ですか?! 敵襲ですか?!」

「ヴィヴィ! 今日は何日なの?」

「ええ?」


 ヴィヴィは慌てていたが、ミスティの質問で緊急事態でないと悟ったのか、再び眠気に襲われたようだった。目を閉じて眉根を寄せ、眠そうに揺れている。


「何日ってぇ……タミト月の14日ですよぉ……もう、寝ぼけてるんですかぁ? まだ朝早いし、寝かせてくださいよ……」


 むにゃむにゃと口を動かしながらヴィヴィは布団に潜り込んでいる。ミスティは日にちだけ聞くと、さっさとヴィヴィの部屋を出た。

 タミト月の14日。魔竜討伐パレードの翌々日だ。

 やはり夢なんかではない。先ほどのあれは、確かに実感があった。ギーカの山の魔獣。先手必勝で大魔法を放ち、確かにダメージを負わせたけれど。

 盾役よりも無防備な位置にいたミスティは、報復とばかりに襲い掛かってきた魔獣に踏みつぶされて死んだはずだ。

 つまり、自分は確実に死んで、また戻ったのだ!

 何がどうなっているかわからないが、確かに時間が巻き戻っている。でなければアルコの街の宿で目覚めるなんて、そんなわけはない。

 前回のあれも、やはり夢なんかではなかったのだ。あの時確かに、パーティは全滅して皆死んだのだ!

 何故時間が巻き戻っているのか。

 しかも前回はタミト月の13日、今回は14日。1日、ずれている。時間の巻き戻りには若干のずれが生じるのか?

 何故、どうして時間は巻き戻ったのか。こんなことは有り得ない。こんなことを成し得る魔法だって、存在するわけはない。ならば、どうして?


「クソッ、一体何なの……?!」


 理解できない。

 ミスティは自室に戻ると、ドレッサー用の丸椅子を蹴り飛ばした。

 魔法だとしたら原理がおかしい。魔族の使う呪いの類か、はたまた古代の呪法か禁術か。いずれにせよそれをミスティにかける意味がわからない。

 死ぬと、一定の日数を巻き戻るのか?


「もしそうなら……もう二回は死んでるってこと?」


 冗談ではない。死んで生き返る。生き返って同じ道をたどればまた死ぬと言うのか。そんなおかしな話があるか。

 ……だが先ほどもその前も、同じ魔獣のせいで死んだ。


「あの魔獣が……? アイツのせいなの?」


 ただの狼型の魔獣だと思っていたが、もしかしたら何か未知の力を秘めているのだろうか?

情報収集をした時点では、あの魔獣は強い魔力を持っていて、これまでも挑んだ冒険者たちは戻ってこなかったと言っていた。

 その時点で皆討伐に失敗して返り討ちにあっているのだと解釈していたが、もしその「戻ってこなかった」が「死に戻った結果、そこに寄り付かなくなった」であったとしたら?


「アイツを……倒せない……?」


 例えば。ありえない話ではあるが、あの魔獣の真の力が、眷属を召喚するだけではなく、時空間を超えて敵を過去へ送り飛ばすと言ったものであったとしたら?

 そう考えれば二度と戻ってこないとしても辻褄は合う。自分も同じ目に遭ったが、まさかそんなことがと思い二度目も挑んでしまった。

 それに、曲がりなりにも「勇者」の名を冠するパーティがそこで諦めるわけにもいかないだろう。

 だが、それだと仲間のあの反応はどうなるのか。死に戻るという能力なのであれば、ほかのメンバーも一度目は死んでいたのだから、誰か覚えていてもおかしくはない。自分だけが覚えていたのか? 記憶にあるかどうかは個人差があるのか?

 わからない、何もかもが。不確定で、断定には及ばない情報ばかりだ。


「何なのよ……」


 ミスティは苛立ちのあまり爪を噛んだ。幼いころに随分と矯正されたものだが、どうしても苛立ちが抑えきれないときにその癖が出てしまう。

 理解の及ばない出来事への苛立ち。何故自分が、と言う苛立ち。何もかもが気に入らない。


「……ミスティ?」


 こんこん、と控え目にドアがノックされ、ルイの声がした。ミスティは我に返る。


「……何?」

「今、すごい音がしたが……大丈夫か?」


 ミスティは一瞬何のことかわからず、眉根を寄せた。しかしすぐに、先ほど蹴った丸椅子が盛大に音を立てて床を転げまわったせいだと気付く。


「何でもないわ。躓いただけよ」

「……そうか。気を付けてくれ」

「ええ」


 足音が去っていく。ルイは扉を開けることなく部屋へ戻っていったようだった。

 ミスティは足音が消え、遠くでルイの部屋の扉が閉まる音を聞いてから息を吐いた。

 窓の外は、まだ暗い。


「……冗談じゃないわ」


 睡眠不足は美容にも悪いって言うのに、死に戻りなんて馬鹿げた話を体験するなんて、頭がおかしくなったのだろうか?

 寝直そうとベッドに横にはなったものの、目は冴えたままで苛立ちも収まらない。まるで眠れそうになかった。


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