再び追放
「バーチを、追放しようと思う」
アルコの街で三日三晩の宴が終わり、そろそろ一週間が経とうかと言う頃。
待機期間を終えて次の街へ進もうかと言う頃になって、ミスティを呼び出したルイはそう言った。
「……バーチを?」
ミスティは息を飲んだ。
追放。その流れは、この間の「夢と断じたもの」と同じだ。
「……不満なのか? ミスティはバーチのことはよく思っていなかったと思ったけれど」
「え、えぇ……。ええ、そうよ! アタシはアイツが嫌いなの。不満なんかないわ。追放しましょ!」
ルイの不思議そうな表情に、慌ててミスティは鷹揚な態度で応じた。まさか動揺しただとか、そのあとの展開を反芻して一瞬躊躇いが生じたなどということはない。
前回もそうだったのだ。ルイはこうして、バーチに追放を告げる前にミスティに事前に報告しに来た。
ジョルジオでもヴィヴィでもなく、ミスティにだ。残りの二人ならバーチの追放に若干の難色を示すだろうことを理解していて、ミスティに共謀を持ち掛けようと言うことなのだ。
これは彼なりの、ミスティへの信頼であり親愛の証であると言えよう。
彼が同意を得たいのだと言うことは明白だった。だからミスティは、彼の欲しい言葉を与えてやるのだ。
「あんな卑しいやつ、ここには不相応よ。この先なんてアタシたちだけで十分。ジョルジオの防御にヴィヴィの回復、アタシの魔法……それに、アンタの剣があれば……むしろ、最初からアイツがいる必要なんてあった?」
「…………」
ルイは、本来優しい男だった。きっとバーチの追放についても色々考えて、考えて、悩んだ末の決断だっただろう。
魔竜討伐の報酬の割り振りだって、随分と時間が掛かっていた。きっと彼は以前から、バーチの処遇について悩んでいたのだ。
今だって最後の踏ん切りのために、ミスティに報告に来ている。そう、だからこうして、「まだ葛藤している」と言わんばかりに表情の硬いルイに、ミスティは最後の一押しをしてやるのだ。
「何を迷うことがあるの、ルイ。アンタは正しいことをやろうとしているのよ。躊躇う必要なんかないわ。あの報酬だって、皆が納得した結果の分配だったじゃない」
「…………」
「これまでアイツがそこまで役に立った? 戦闘中は逃げ隠れするだけのお荷物。素材拾いも遅いし荷物を持たせてもヨロヨロフラフラ、危なっかしいったらありゃしない。アタシの大事な服が何度汚されそうになったことか!」
忌々しいバーチ。ルイに踏ん切りをつけさせるためと言いつつも、思い出せば腹立たしいことしかない。
大した魔法も使えないくせに自分と同じ「魔術師」を名乗るあたりもおこがましい。あれのどこが魔術師なのか。攻撃魔法の一つも出せない無様な出来損ないだ。
「アイツに出来ることなんてたかが知れてる。それに、あんなのに出来ることがアタシに出来ないはずないのよ。補助魔法が必要になったらアタシが覚えればいいだけ。ヴィヴィだってそれくらいのこと出来るわ。ね、ルイ。アイツをここにおいてやる必要なんてないって、よくわかるでしょ?」
「……ああ」
未だ険しい表情だったルイは、ミスティの言葉でようやく決心したようだった。一つ大きくため息を吐くと、座っていたソファからゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうミスティ。やはり不必要な人間は排除しよう。これも全て、パーティのためだ」
「流石ルイ! 賢明な判断だわ。それでこそ未来の王ね」
ここぞとばかりに褒めそやすと、真面目なルイも少しはにかんだように微笑んだ。「少し待っていてくれ」とミスティに告げ、ルイは部屋を出て行く。
以前と同じであれば、ルイはこの後バーチを呼び出して追放を告げるだろう。バーチは言い返すことも出来ず宿から去っていく。やっと邪魔者がいなくなった後は、
「……まさか、そこまで同じじゃないでしょうね」
ミスティはそのあとのことに思いを巡らせた。
バーチを追放したパーティは、アルコの街の住人たちに見送られながら街を出て、ギーカの街へ向かう。そこで魔獣の棲む山へ行き、そして、
「……まさか。死なないわよね」
同じなわけない。ただの夢だ。
バーチを追い出す話は以前からミスティとルイの間ではひそかに進んでいた話で、だからきっと夢に出てきたのだ。その後のことは、ただの夢だ。
ミスティは考えを打ち消すように軽く頭を振った。冗談じゃない。夢は夢だ。くだらない夢の内容にいつまでも引きずられる必要などない。
それよりも楽しいことを考えるべきだ。バーチがいなくなれば、これまでアイツに割かれていた経費や報酬を4人で山分けできる。単純計算で一人当たりの分け前が増えるのだから、今よりも宝飾品やドレス、美容品にも金を掛けられるだろう。もう少し報酬があればと手を出さずにいたものだって手に入れられるはずだ。
やがてバーチがルイに呼び出されて部屋にやってくる頃には、ミスティの機嫌は随分ともとに戻っていた。
そう、もうすぐだ。
いちいち目障りな最下層の人間を目に入れるなんて不快な思い、もうすぐ終わるのだ。
ルイが部屋に戻ってきてしばらく後、恐る恐る、と言った調子でルイの部屋の扉を開けて入ってきたバーチを見て、ミスティは満面の笑みを浮かべた。
「えっ、バーチが……」
「パーティを抜けた?!」
その日の夜、ルイからジョルジオとヴィヴィにバーチについての話がされた。
バーチには力不足について説き、彼はそれを認めてパーティを去る決断をした、と。
随分とご自身に都合のいい説明をするルイに噴き出しそうになりながらも、ミスティは神妙な顔つきのまま話を聞いていた。
勿論ジョルジオとヴィヴィには寝耳に水なので、驚くのは当然である。
「しかし、なんでまた急に?」
「……魔竜討伐でも感じたが、今後も敵は強くなっていくだろう。戦闘中、彼を気にかけながら進み続けるのはかなり厳しくなってくると思う。正直、ずっと考えてはいた」
「……まあ、逃げ隠れしてるバーチの位置を把握しながら防御するのはなかなか……骨が折れる作業ではあったがなぁ」
ジョルジオは実際に、バーチに当たりそうになった流れ弾を防いだり、雑魚に目を付けられたバーチを庇って負傷したことも度々あった。彼にとってはかなりの負担だっただろうから、ばつが悪そうにしつつも、それ以上は異論はないようだった。
「待ってくださいルイさん……以前から考えていたのなら、少しくらいは相談してくれてもよかったんじゃないですか? こんな重要なこと、勝手に……」
ヴィヴィは、パーティを組む前からバーチとは孤児院で面識があった。身分も何もないバーチがこのパーティに急に組み込まれたのは、聖教会の差し金ではないかとミスティは踏んでいる。そこ以外になんの繋がりもないのだから、それが一番自然だ。
大方ヴィヴィの縁者の誰かが身を案じて少しばかり補助魔法の使える小間使い程度に考えて送り込んだのだろう。小間使いのほうがまだ立場を弁えていてマシだと思うが。
あの男は、ルイが「ここでは身分も関係なく、仲間として平等に接していこう」と気を遣って温情を掛けたがゆえに、王子のルイに貴族のジョルジオにミスティ、教会の要職候補のヴィヴィと同じ立場にいると勘違いして身分もわきまえずに話しかけてくるのだ。本来ならあんな男は、顔を上げることすらできない立場だというのに。
それを思い出すだけで、もういないはずの男に腹が立つほどだった。さっさとヴィヴィのくだらない主張など一掃してしまいたい。
「すまないヴィヴィ……。だが、これについては……」
「相談したら余計に揉めるでしょ。それにヴィヴィ、あんただって、アイツには手を焼いてたじゃない。ヒールだって無駄に掛けなきゃいけないし、魔竜の報酬の配分の時だって、何も言わなかったでしょ?」
「それは……」
ヴィヴィが落ち着きをなくし、ミスティから視線を逸らす。ヴィヴィだって心の底ではバーチの分け前の分、自分の取り分が増えることには異論はないはずだ。
ついこの間、バーチの取り分を相当減らして報酬の分配をした時も文句は言わなかったのだから。
「聖職者だからって、わざわざアイツを庇う必要なんてないのよ。イイ子ちゃんぶったって、心の底では邪魔だと思ってたんでしょ? いなくなって丁度いいじゃない」
「そう言うことでは……ッ! ただ、一言相談が欲しかっただけです。……先に失礼します」
ヴィヴィは早口にそれだけ言うと、部屋を出て行った。ミスティは肩を竦める。
「……仕方がない。これに関しては独断で悪かったと思っているが、理解してもらいたい。ジョルジオ?」
ルイが残ったジョルジオに視線を向けると、ジョルジオは腕を組んで、首を横に振った。
「まあ、もう去ったものは仕方がないさ」
聞き分けよく言ったように見せているが、反対する理由もなかっただろう。誰しも少なからずバーチを足手まといだと思っていたことは間違いない。
「……理解してくれて助かるよ。明日の朝には、我々もここを発つ」
「ああ、今日は早めに休むとするか」
ジョルジオが先に立って部屋を出て行く。ミスティもそれに続いて、部屋を出ることにした。
「じゃあね、ルイ」
「ああ、また明日」
扉を閉める直前に振り返ってみたルイの目は、酷く冷たかった。