夢か現か
タイトルを変更しました。ややこしくてすみません。
「イ……イヤァァアアアアアア!!!!」
絶叫と共に跳ね起きる。酷い汗だ。心臓が早鐘のように鳴っている。息も荒い。
この身を食いちぎられる感触、痛み、恐怖、何もかもがまるで現実のように押し寄せてくる。
「な……何よ、今の……夢……?」
ミスティは荒い息のまま周囲を見渡した。窓の外はまだ薄暗かった。東の空が僅かに明るくなり始めているが、彼女が起きるには随分と早いだろう。
上等な寝具は、ぐっしょりと汗で濡れて気持ちが悪い。調度品も一級品だが、どういうことだろうか? ギーカの街は辺境だったから、一番上等の宿屋でもこんなに整っていなかった。
しかし、見覚えはある。そうだ、ここはギーカの前に滞在していた、アルコの街の高級宿屋だ。
「ミスティ? 大丈夫か?」
先ほどの悲鳴を聞きつけたのだろう、部屋のドアがノックされた。ルイの声が聞こえる。
ミスティは気怠い体を引きずるようにしてベッドを出た。普段なら大丈夫だと答えるだけだが、先ほどの感覚のせいで、どうしても仲間の顔を確認しておきたかった。
夢にしてはあまりにもリアルだった。仲間たちも皆目の前で死んだ。
それに、何故アルコにいるのだろう。10日も歩いて、ギーカに行ったはずだ。あの疲労感は、夢とは思えない。あの痛みも、現実としか思えない。
扉を開けると、ルイだけでなくジョルジオもヴィヴィもいた。皆、ミスティの尋常でない悲鳴に驚いて起きてきたようだった。
「何かあったのか? 具合でも……?」
「い、いいえ……だ、大丈夫よ。悪い夢を……」
「夢?」
夢、なのだろうか。だとしたらどこからが夢だったのだろうか。いや、夢に決まっている。死んだはずなのに過去に戻っただなんてこと、ありはしないのだから。そんな魔法だって、聞いたこともないし。
「あ、あの……よかったら、結界魔法とか……かけま、しょう、か……」
おどおどとした声がジョルジオの巨体の後ろから聞こえた。完全に影になっていたようで気が付かなかったが、ジョルジオが体を少しずらせば、そこには黒髪の凡庸な男が立っている。
「バーチ……?!」
「あ、す、すみません。余計でしたよね……」
慌てて項垂れる男は確かに、アルコの街で追放したはずの、役立たずの魔術師だった。
「バーチ……なんであんたがここに?」
「えっ、す、すみません、悲鳴が聞こえたので……」
「そうじゃないわよ! あんた……っ」
「ミスティ」
追放したはずでしょ、そうミスティが口にする前に、ルイが遮った。咎めるような硬い声に、ミスティは思わず口を噤む。
ばつが悪そうにルイに視線を向けるが、ルイはそれ以上何も言わなかった。ただ、「余計なことを言うな」とその顔には書いてあるようだ。
バーチはジョルジオの陰に隠れるようにしながらも、ミスティを窺っている。
追い出したはずのバーチがいる。それに、ギーカに移動したはずなのにアルコの宿屋にいる。一体どういうことだ。
目の前で皆が死んだことを鮮明に覚えている。狼に食い殺されたジョルジオ、魔獣の爪に腹を貫かれ、岩肌に叩きつけられたヴィヴィ。
ミスティの魔法に撃たれ、踏み潰されたルイ。自分自身、狼に飛び掛かられ、全身を引き裂かれた記憶は忘れられない。
喉笛を、腕を、腹を食い千切られるあの痛みと苦しみが、夢だったと言うのか?
恐る恐る首に手を伸ばしても、そこには傷など一つもない。腕も腹も、美しく磨かれたいつものミスティの肌のままだ。
「……今、何日?」
「タミト月の13日ですよ。昨日凱旋パレードもしたじゃないですか」
確かめるような呟きに、ヴィヴィが答える。凱旋パレードだって? ならばバーチを追い出したこともギーカに行ったことも、パーティが全滅して自分が死んだこともやはり夢だったのだろうか?
ミスティは眩暈にも似た疲労を覚え、ベッドに腰かけた。
「そんな……」
「おいおい、深酒しすぎて忘れっちまったのか? お前らしくないな!」
ジョルジオが首を捻る。確かにらしくない。ミスティは酒も良く飲み男遊びもするが、それでも酒に飲まれて記憶をなくすようなことはなかった。
日付やパレードのような印象的な出来事を忘れるわけがない。
「具合でも悪くしたのか? 水でも持って来よう」
「え、ええ……ありがと」
「おいおい、本当に具合が悪いんじゃないか? お前が素直に礼を言うとは!」
「ちょっと! 茶化さないで!」
「おっと、いつものミスティだな! だがまあ、少し横になったらどうだ?」
ジョルジオは軽口を叩きながら部屋を出て行った。貴族だと言うのに率先してこう言ったときに動く面倒見のいい男なのだ。
水などバーチに取ってこさせればいいといつものミスティなら言うところなのだが、今日はどうしてかそれが言えない。むしろ、何があったのかとバーチを問い詰めたくて仕方がなかった。
さっきまでのことが夢なのだとしても、バーチが何を知っているわけでもないのだが。
「ミスティさん、ちょっと失礼しますね」
気付けばヴィヴィが目の前にやってきていた。ジョルジオの言う通り大人しくベッドに入ったものの横にはならず体を起こしたままのミスティの額に手を当てて、熱を測っているようだ。
「うーん、特に発熱はなさそうです。喉が痛いとか、倦怠感はないですか?」
「喉……」
寝起き特有のいがらっぽさはあるものの、体調が悪いというわけではない。食い千切られた喉笛を思い出してゾッとしたせいか、体温が一気に下がった気はした。
気怠いと言えば、気怠い。
「喉は特に……。でも気分が悪いわ。すごく疲れてる」
「なるほど。少し回復魔法をかけましょうか。病気に効くものではありませんが、気休めでも少しは落ち着けるかもしれません」
「ええ、そうして」
ミスティが同意すると、ヴィヴィが少し下がって杖を軽く掲げた。柔らかな光が杖先から放たれ、ミスティを包み込む。ほんのりした暖かさがじわりと全身を温めるようで、ミスティは大きく息をついた。
「悲鳴は、夢のせいだったのか?」
ようやく一息ついたタイミングを見計らってか、ルイが静かに口を開いた。
ミスティからしてみれば夢の出来事ではなく死に際の断末魔だが、そんなことはルイたちにはわかるはずもない。ここがまだアルコの街なのだとしたら、襲撃が起こったわけでもケガをしたわけでもない。ただ夢を見ただけ。それだけだ。
「……わからないけど、ほかに心当たりはないわ」
「……そうか」
「おいおい、随分辛気臭いな! ほら、ミスティ。水だ」
皆が押し黙ったところにジョルジオが戻ってきた。持っていた水差しからグラスに水を注いでミスティに渡してやる。
いつもなら鷹揚な態度で受け取るミスティも、流石に今は殊勝な様子で「ありがと」と小さな声で呟いていた。そこで茶化さないあたりが、ジョルジオの人柄の良いところだろう。
「具合が悪いわけではないんだな?」
「発熱はないみたいです。ご気分は優れないと……」
ミスティの代わりにヴィヴィがジョルジオに伝えている。普段ならば減らず口の一つや二つや三つは叩くだろうに、水の入ったグラスを受け取ったまま本人はいつになくぐったりとしている。
「ふーむ。昨日はパレードに宴にずいぶんはしゃいだから、疲れでも出たのか?」
「そんな子供じゃないのよ。自分の体力くらいはわかってるわ……」
「はっは、それもそうだな! ま、今日はゆっくり休んだらどうだ?」
「……そうするわ」
むきになっても仕方ないと、ミスティはジョルジオの言葉に素直に頷いた。さっきまでのあれが夢だったのかどうか、本当の所はわからない。だがそれについて考えを巡らせるほどの気力はなかった。外に出るのも億劫で、とにかく今は横になりたい。
「それじゃあ、僕らは退室しよう。ミスティ、何かあれば呼んでくれ」
「……わかったわ」
「ゆっくり寝ろよ」
「ミスティさん、隣りの部屋にいますから、声を出すのも辛い場合は壁を叩いてください」
ルイが促して、仲間たちがそれぞれ一言掛けながら出て行く。
「お、お大事、に……」
ジョルジオの影に半ば隠れるような形になりながら部屋を出る前にそう言ってよこしたバーチにミスティはギロリと苛立ちの視線をよこしたが、それが届く前にルイがバーチを外へ押し出すようにして扉を閉めた。
水の入ったグラスをサイドテーブルに置き、ミスティは溜息を吐いて横になった。
夢だったとは到底思えない。あんなにも知覚のある夢など、聞いたこともない。
ギーカの街に行くまでの道中だって随分足を痛めながら歩いたし、道中で見かけたカサンドラ・リリーの香りだって本物だった。
それに、夢だとしてもこんなにはっきり覚えているものか? アルコの街でパレードを行った翌日から何をしたのか、ほとんど明確に記憶にある。
「やっぱりおかしいわよ……」
何がどうしたかわからないけれど、夢と片付けてしまうにはあまりにもリアルすぎた。すべて現実に起こり得るものばかりで、夢と言う非現実さが少なすぎる。
もし、この後あの夢と同じことが起こるのだとしたら……?
確証はないが、漠然とそんな予感がする。だとしたら、同じことになるのだろうか? 予知夢のように? まさか、でも、心当たりはある。
すべてはバーチのせいだ。
ミスティは毛布に包まり、理不尽にも、凡庸なる孤児の男を呪った。
夢の通りになるならもっとうまくやる。そう、あれが予知夢なのだとしたら、もっとうまく立ち回ればいいだけなのだから。