一度目
※ややグロテスクな表現がありますので、ご注意ください
翌々日、十分な休息と情報収集をした後、山に棲む魔獣の討伐に出る際にも街の人間たちの視線はやはり怯えたままだった。
「ほら、あれが勇者の……」
「不吉の花を持っていたって……」
「大丈夫かねぇ……」
「魔獣の討伐だって……」
「また犠牲にならなきゃいいが……」
街を出るまでそんな話声がそこかしこから聞こえてきた。
ミスティの髪にはあの時の花は今はない。それでも、一度見止めた「不吉の花」を人々は忘れられないようだった。
ミスティの機嫌は、街についてからずっと斜めだった。
「くだらない。ヴィヴィ、教会ではあれが不吉の花だなんて言って回ってるわけ?」
討伐の道中、ミスティに八つ当たりじみた質問をされ、ヴィヴィは律儀に答える。
「そんな教えはありませんけど……。あの花は、世界が魔王に蹂躙され瘴気に溢れた時代でさえ、枯れずに残っていた花です。そのせいで、戦いに関わりのない街の人たちは、「あの花を見ると魔王に支配されていた時代を思い出す」と、敬遠されるようになったようですね。冒険者たちの間では、瘴気の中でも生き残れる生命力の強さから、お守りとして重宝していますけど……」
「ほらね、やっぱりアタシにはピッタリじゃない。強さの象徴ってことでしょ?」
ミスティはヴィヴィの説明を聞いた途端機嫌が良くなり、道中生えていた白い花をまた摘み取り、髪に飾った。
ヴィヴィは最後まで話を聞かないミスティに少しばかり困ったように眉根を寄せる。
「冒険者にとってはそうですけどね。戦闘に関わりのない人々にとっては、不吉の花なんでしょう。特にギーカは、ここのところ魔獣に悩まされていたようですから……カサンドラ・リリーのせいで魔獣を引き寄せていると思っている人間もいるみたいでしたよ」
ヴィヴィが街で情報収集がてら教会に立ち寄った時、ギーカの僧侶からそのような話が出たという。
ギーカは高山の麓の街だけあって魔物の襲撃も多く、むしろ人の往来は少ない街だ。
酸素も薄く、高山から降りてくる冷気のせいか植物が育ちにくい環境にある。ゆえに、過酷な環境でもよく育つ花が多くあるのは不思議なことではないが、住民たちはそのせいで「不吉の花」を必要以上に恐れているのかもしれない。
「力のないい連中って本当にバカね。魔獣なんぞアタシの魔術で一息に殺してやるわ」
ミスティはそんな住民たちを鼻で笑った。そうこうしているうちに、目的地が近付いてきたようだ。
「頼もしいことだ。さ、そろそろ生息域になる。気を引き締めていこう!」
「おう!」
「はい!」
ルイの鼓舞にジョルジオとヴィヴィが答える。目の前には大きく口を開いた洞窟が広がっていた。
街を度々襲う魔獣と言えど、魔竜を倒した自分たちの敵ではない。装備も新調したし、アイテムも十分に持っている。
山の魔獣は巨大な狼だと聞く。しかし竜よりも手強い狼などいるだろうか。いいや、そんなわけがない。
とは言え油断は出来ない。慎重に進み、道中に現れる魔物も順調に倒し、そうして魔獣のねぐらに辿り着いた。
少し岩肌が開けたその場所には、青い体躯の巨大な狼が待ち受けていた。
「こいつが魔獣か……準備はいいか?!」
「大物ですね……補助はありませんが、全力でサポートします!」
「何言ってんの、こんなの所詮雑魚よ!」
「よおし、では俺から行くぞ!」
ルイが剣を抜き、ジョルジオが巨大な盾を持って前に出る。ミスティは二人の後方、ねぐら内が見渡せる場所を陣取る。ヴィヴィは少し離れた岩陰に待機した。
魔獣が咆哮し、戦闘が始まる。
ジョルジオが前に出て盾で攻撃を防ぎ、後衛からミスティが、前衛でルイが切り結ぶ。巨大な魔獣は眷属となる狼の群れを召喚し、氷の魔術と鋭い爪と牙で応戦した。傷はすぐにヴィヴィが癒し、襲い来る群れの狼たちを蹴散らして、順調に戦っていた、はずだった。
「グゥッ、盾が……!」
「ジョルジオ!」
「グアアアッ!!」
魔獣の爪を何度も受け止めていたジョルジオの盾が破壊され、その隙をついて狼が飛び掛かった。地面に倒されたジョルジオの首を目掛けて、さらに狼たちが飛び掛かる。
血飛沫が吹き上がり、ジョルジオの体には狼たちが群がった。ルイが光の聖剣で狼たちを薙ぎ払うも、ジョルジオの体はすでに食い荒らされた後だった。残ったのは無残な肉片だけだ。
「ジョルジオさん! か、回復を……」
「ダメだヴィヴィ! 前に出るな!」
「えっ……ウグッ……!」
ルイが止める前に、駆け寄ろうとしたヴィヴィの腹に魔獣の爪が突き刺さった。体を貫かれ、一瞬で少年は事切れる。
魔獣は前足を振るい、ヴィヴィの体を投げ飛ばした。岩肌に打ち付けられたヴィヴィの体からは、ボキリと嫌な音がした。地に落ちたヴィヴィはひしゃげたように体を不自然に折り曲げていた。
「ヴィ、ヴィヴィ……! ル、ルイ! なんとかしてよ! 回復出来なくなっちゃったじゃない!」
「分かってる! クソっ……!」
ルイが魔獣を睨みつける。前衛にいる彼は、周りをぐるりと狼たちに囲まれていた。一匹一匹は、大した力のない魔物だ。だが、圧倒的な数はたった二人になってしまった人間には絶対的な脅威だった。
「ミスティ、周りの雑魚を減らしてくれ。僕は魔獣を叩く」
「や、やってるわよ! でも全然減らないの……!」
「全範囲を攻撃するんだ。怯んだ隙をついて奴を討つ。魔獣がいる限り、狼は無限に沸いてくる」
「チッ……わかったわよ!」
飛び掛かってくる魔獣を切り伏せながらルイが指示を出し、ミスティは舌打ちをしながらも詠唱を開始する。彼女の持つ最大火力の魔法を使えば、或いは雑魚だけではなく魔獣をも倒せるかもしれない。
「迅雷よ奔れ、轟音よ響け、天光を束ねて我が敵を討て」
ルイの聖剣が光を纏い膨れ上がる。巨大な剣を手に、ルイが地を蹴って飛び上がる。
「食らいなさい! トリリオンボルト!!!」
狭い洞窟内に、所狭しと落雷が降り注ぐ。狼たちはもちろんのこと、魔獣にさえも幾つもの雷撃が降り注いだ。それは術者以外を無差別に攻撃する、ミスティの最大の魔法だった。そう、魔物と味方の区別すらつかない、無差別な。
「グアッ……!」
「ルイ?!」
今まさに魔獣に剣を突き立てようとしていたルイが、雷に撃たれ墜落した。
これまでそんなことは一度もなかった。この魔法も、何度も使ってきたけれど、ルイはおろかジョルジオもヴィヴィも食らったことはなかった。それなのに、どうして。
視線を巡らせれば、ジョルジオの遺体もヴィヴィの遺体も同じように雷に撃たれ、焼け焦げている。
「う、嘘……こんなこと、今まで、そんな……どうして?!」
狼たちは雷に撃たれ随分と数を減らしている。しかし魔獣は? かなりダメージは負ったようだが、まだ立っている。
ルイはその足元で、剣を支えになんとか立ち上がろうとしているが……聖剣に、光の加護はなかった。
なぜ。今まで味方を魔法で打ち抜いたことなどない。どうしてだったのか。
そもそもターゲット指定をする魔法は、単体用の魔法として存在する。範囲魔法は主に術者の前面に向かって放たれ、基本的には仲間は範囲外に退避するか、反射魔法を掛けて効果を弾くかのどちらかだ。そうだ、反射。
「リフレクション! まさか、補助がないから?!」
これまで、ルイたちは戦闘中に自身に補助魔法を掛けられたことがなかった。戦闘の前にバーチが全ての補助魔法を掛け切っていたからだ。
攻撃力上昇、防御力上昇、スキル増幅、俊敏性上昇、魔法反射、物理反射、それに敵の攻撃力減少、防御力減少、敏捷性減少、毒や麻痺、禁固と言った状態異常。敵によって特性を見極め、バーチが最初にすべてのバフとデバフを掛けていたのだ。
だから戦闘中に仲間からの魔法や流れ弾を気にする必要なんてなかった。敵の攻撃だけを見ていればよかった。それが当然だったのだ。
だからこそ、その状態が通常なのだと錯覚していた。
リフレクションも範囲外退避もせず範囲魔法など撃てば、無差別に当たるに決まっている。
「グ……、ミス、ティ……」
「ア、ア、アタシのせいじゃないわ! バーチが、あのクソ孤児のせいで……ヒッ」
なんとか立ち上がろうとしていたルイを、魔獣が踏み潰した。すでに雷に撃たれ皮膚を焼かれていたルイは、その重い魔獣の前脚の下でミートパイのように呆気なく飛び散った。
脚に着いた肉片を無造作に振って散らした魔獣がミスティに目を向ける。
残ったのは彼女ただ一人。また新たに召喚された狼たちと共に、魔獣はゆっくりとミスティに歩み寄っていく。
「こ、来ないでよ……何よ、駄犬風情が、アタシを誰だと思ってるの? 偉大なるインフィニス公爵家の……く、来るな! イヤァァアアアアアア!!」
座り込んで後退るしかなかったミスティに、狼たちが一斉に飛び掛かる。断末魔の悲鳴はすぐに消え、後には獣の咆哮だけが響き渡った。
「勇者」の称号を持つパーティは、一人の少年の追放と共に、一瞬で瓦解した。
ようやく一度目です。小分けにしすぎたかもしれません。もう少し長いほうが読みやすいでしょうか?
良ければご意見いただけると幸いです!