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さようなら

 

 「勇者」と呼ばれるこのパーティの目的は、魔王復活の阻止である。


 数百年前の勇者によって封印された魔王に復活の兆しがあると聖教会の預言者が告げたのだ。

 各国はこぞって軍備を増強し、国を挙げて強者を募った。我こそはと志願した人間は世界中で数千にも上ったという。

 このクライン王国でも御多分に漏れず、身分や職業を問わず強者が集められ、実戦形式のトーナメントで頂点に立った何人かが国指定の討伐パーティとして活動している。

 「勇者」と言うのも、それらのパーティを指す称号の一つだ。

 王子であるルイが率いるこのパーティは、いくつかあるパーティの中で唯一、トーナメントの勝者ではなく王族から指名を受けた人間たちで構成されていた。勿論実力は折り紙付きで、これまでも数々の功績を上げてきている。

 メンバーは王族・貴族や聖教会での要職の血筋の人間だが、バーチだけは例外だった。バーチは教会の推薦でこのパーティにいるものの、親の顔すら知らない孤児であった。



 さて、魔竜が倒されて周辺の平和が確保されたアルコの街の宴は三日三晩続き、勇者パーティは宴の後もしばらく街に留まった。魔竜の瘴気がなくなったことで随分と魔物が減り、後は冒険者たちに任せられると判断するまでに一週間。

 ようやく次に進もうか、と言ったところで、バーチはルイに呼び出されていた。


 ルイの部屋に入ると、険しい顔をしたルイと、ニヤニヤ笑いを浮かべるミスティがいた。

 ルイはいつもと変わらずバーチに対して冷たい視線を向けているが、いつもバーチを罵ってくるミスティはどうやら随分と機嫌がいいようだ。その機嫌の良さの理由が、どうも気になるところだが。


「えと、ルイ、話って……」


 誰も口火を切らないため、バーチは恐る恐る口にした。ミスティの吊り上がった眉がピクリと動いたのが見えて、思わず縮こまる。


「バーチ、あんた、孤児の分際でルイを呼び捨てにするなって言ってるでしょ?」


 途端に不機嫌な声音が飛び出してくる。だがパーティを組む際にルイ自身が「身分のことは気にせず、普通に接してほしい」と全員に告げたのだ。現に王国貴族で立場としては臣下に当たるミスティもジョルジオも、ルイのことは呼び捨てで呼んでいる。

 ミスティは公爵家出身なこともあってか、孤児のバーチのことは最初から毛嫌いしているようだった。


「いい、ミスティ。それは許可している」

「……ルイの寛大さに感謝しなさいよ」


 ルイが諫めると、ミスティはフン、と吐き捨てた。正直なところバーチからすれば、仲間たちの高貴なオーラと身分の圧だけでもたまったものではない。


「……バーチ、今回の魔竜討伐の報酬、君の分だけ随分と少なかったよな」

「……!」


 魔竜の素材を売った報酬が金貨700枚。それとは別に、討伐に対する報酬が金貨1000枚。

 合わせて1700枚のうち、装備やアイテムを整えるのに800枚ほど使っている。残る900枚の金貨は全員で分け合ったが、バーチの分は金貨20枚ほどだった。残りの4人は、単純計算で200枚以上貰っていることになる。


「あ、その、僕は別に……」

「……それが、今の正しい分配だって話なんだ」

「!」

「分かるだろう? ……働きに対する報酬なんだよ」


 ミスティの顔にまた笑みが浮かぶ。ルイの言いたいことは大体わかった。要するに、力不足を責めているのだ。


「あ……その、ごめん。次は……」

「いや」


 言葉を途中で遮られ、バーチは顔を上げた。

 ルイは正面にいるバーチではなく、窓の外を見ている。まるでバーチのことなど見たくもないとでも言うように。


「もう結構だ。君の金貨20枚程度の働き……我々には、ほとんど無いに等しい」

「え……」


 ミスティが小さく噴き出した。きっと今、自分は随分と情けない顔をしているのだろう。

 ルイはさっきから一度も視線を合わせてくれない。仲間にも、街の人たちにも優しい王子が。


「ルイ……あの、ごめん、もっと頑張るから……」


 なんとか口に出すが、ルイは深い溜息を吐いた。


「はっきり言わないとわからないか? ……パーティを抜けてくれ。この辺りは平和になったが、また次の街へ向かえば、戦いはもっと熾烈になっていくだろう。君如きでは役者不足だ」

「あ…………」


 もともと疎まれていたのはわかっていた。そういう雰囲気は初めからあった。

 ミスティのようにあからさまに罵倒を浴びせてくるようなことはなかったが、ルイがバーチを見る目はいつも冷ややかだった。会話だって、ほとんど最低限だった。

 誰にでも優しい笑顔を向けるその瞳が、バーチを映す時だけはまるで氷のような冷たさだった。なまじ顔立ちが整っているせいなのか、罵倒されるよりも凄味があって恐ろしかった。


「そ……そうだよね……ご、ごめん……」


 ルイも、ミスティも、ジョルジオもヴィヴィも、王家お墨付きの実力だ。何せ王子が前線に向かうのだから、盾役も魔術師も回復職も一流でないわけがなかった。補助魔法なんて、それこそ必要ないほどに。

 むしろ戦闘中、攻撃の手段のないバーチは守られるしかなかったのだから、お荷物であっただろう。


「そう言うことだから。今日中に荷物を纏めて。我々は明日にはここを発つ」

「あ……はい。わかりました……」


 ルイの冷ややかな言葉に反論も出来ず、バーチはただ項垂れた。ミスティの笑い声が響く。


「アハハハ! ちゃんと敬語で話すなんて、立場を弁えてるわね。アンタはもう仲間じゃないんだから、アタシたちと同じ空気を吸うのもおこがましいわ! さっさと出ていきなさい!」


 バーチはちらりと視線を上げ、長い前髪の隙間からルイの表情を盗み見る。そこにあったのは優しい王子の顔でも、普段の無関心な冷ややかな目でもなく、憎悪に満ちた目だった。

 慌てて視線を下げ、バーチはすぐに部屋を出た。ミスティの高笑いは廊下まで響き渡っていたが、バーチには先ほどのルイの憎悪の瞳のほうが恐ろしかった。

 自分の部屋に戻って、大した量もない荷物を引っ掴み、また部屋を出る。


「あっ、バーチ……」

「ヴィヴィ……!」

「どうしたんです、そんなに慌てて」

「……っ」


 途中すれ違ったヴィヴィに首を傾げられ、一瞬躊躇ったが、バーチは止まれなかった。


「ご、ごめんっ……!」

「えっ?! バーチ?!」


 彼とは教会で何度か会っていて、このパーティの中では比較的話が出来る相手だった。

 彼自身は聖教会の要職に就く大神官の息子だが、神の教えを守り、身分に関わらず誰にでも平等に接する少年だ。彼に事情を話せばルイたちを説得してくれるかもしれないが……それで彼らの結束に亀裂が入るかもしれないことを思えば、巻き込むわけにはいかなかった。

 宿を飛び出し、行く当てもなく走り、街の外れまできてバーチはようやく止まった。


「はぁ……これから、どうすれば……」


 魔竜討伐の報酬、金貨20枚。すぐに底を尽きるような額ではないが、しばらく遊び暮らせるような額でもない。

 明日には彼らはここを発つのだと言っていた。ここに残ってギルドで新しい仲間を探すのもいいが……勇者パーティとしてのバーチを知っている人間もいる。そんな中で一人だけ街に残れば、追い出されたとか置いて行かれたとかそういう話題はすぐに街中を駆け巡るだろう。事実ではあるが、居心地は頗る悪い。


「……早めに街を出るか……」


 まだ陽は高い。平和になった街道を今から移動すれば、日暮れのころには別の街に辿り着けるだろう。

 幸いバーチは補助魔法が得意だから、体力上昇や移動速度上昇の魔法を掛けるのは容易い。


「そうと決まれば出発だな」


 早速杖を振るい、自分に補助魔法を掛ける。軽くなった体で、バーチはアルコの街を後にした。


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