南へ
「ねえ」
夜が完全に明け、人々が動き始めたころ。
朝食を終えたパーティのメンバーが談話スペースに集まったタイミングで、ミスティは口を開いた。談笑したりアイテムの手入れをしたりしていた仲間たちは揃って動きを止める。
いつもならミスティは、昼頃まで起きないし起きれば早々に宿を出て街に遊びに出ている。朝食後に談話スペースにいるということ自体を不思議に思ったのか、仲間たちは顔を見合わせていた。
「提案があるんだけど」
「どうしたんだ?」
提案についてなのかミスティ自身についてなのかわからないが、ジョルジオが神妙な面持ちで答えた。ちょっと宿にいただけでこの反応とは、全くどう思われているのか。
ため息を吐きたい気持ちもあったが、今はそれよりも提案の方が優先事項だ。
「次は南に行かない?」
「南?」
仲間たちの声が重なる。そもそも旅の目的地について言及したことなどほとんどないミスティが、そんな提案をしてくるとは思ってもみなかったのだろう。
「そうよ。ほら、一番最初に出発するときにアタシ、南に行きたいって言ってたでしょ? 覚えてない?」
「あー……そういえば言ってたか……?」
ジョルジオが天を見上げつつ顎をさする。最初の出発など数か月前のことだ。覚えていなくても無理はないし、ミスティも今朝までは忘れていた。
今更そんなことを言い出したのはもちろん、ギーカの魔獣の討伐を避けるためだ。
あの魔獣を倒しきれないのなら、そもそも討伐に向かわなければいいではないか。国の指定パーティは他にもいるのだし、そいつらに任せればいい。情報も中途半端で、ほかにどんな力を隠し持っているかもわからない魔獣なんぞを相手にする必要なんてないのだ。
前回はもうギーカに行く連絡をしてしまったと言っていたから、とにかく急いでルイに話を持ち掛ける必要があった。
何せ今日はタミト月の15日。3日3晩続いた宴の終わった翌日だ。つまり、前回よりも1日後ろにズレている。
もしもこの死に戻りに何らかの法則があり、生き返るごとに1日ずつ経過していくのだとしたら。
このまま何度も何度もギーカの魔獣に挑戦していたら、いずれ戻れなくなる可能性がある。もしそうなったら? 考えただけでゾッとする。
だからとにかくギーカを後回しにして、近寄らないようにするしかないのだ。あの魔獣のために何度も何度もあらゆるアイテムを揃えて同じことを繰り返すなどまっぴらご免だった。
「南か……。実は、次は北にあるギーカの街に行こうと思っていたんだ」
ルイが少し困ったように口元に手を当てている。いつも討伐の目的地を決めるのはルイだ。おそらく彼の中には、すでに一定の討伐ルートが存在しているのだろう。
「ギーカから依頼が出ているのですか?」
「ああ。高山に魔獣が棲みついているらしい。早めに対処しておきたいところだけれど……」
「それ、住民の被害はどれくらいなの? ひどい被害が出てる?」
ルイがヴィヴィの質問に答えているところへミスティは横やりを入れる。
「……今のところは、まだ出ていないみたいだね」
「そうでしょ? だったらアタシたちが行くまでもないわ。他のパーティに任せましょ。南には大型の海獣がいるじゃない。そっちの方が被害は出てるはずよ」
「確かに、そうだが……」
この国の南端は海に面しており、大きな港町がいくつも存在している。他国との貿易も盛んだが、如何せん海には大型の海獣が多数存在しており船も度々襲われるため、安全な航路の確保はかなり優先度が高い。
ただ、基本的には大型の海獣たちも冒険者ギルドが総出で当たることで対処は可能だ。確実に勇者パーティでなければならない理由はない。
「それに、まだギーカに行くって連絡はしてないんでしょ? だったら南でいいじゃない。そっちからは依頼はないの?」
「いや、……あるにはある。最近レンダの街の近海にゴーストシップが出ていて、対応を急いでいるとか」
「ほらね! だったらそっちの方が優先でしょ! ゴーストってことはヴィヴィの光魔法が最適じゃないのよ!」
ヴィヴィにちらりと視線を向けると、彼は照れ臭そうにはにかんだ。ゴースト系の魔物は神官・僧侶のいるパーティにしか討伐できない。
光魔法で浄化をしないことには消滅せず、物理攻撃は効きにくいのだ。光魔法以外の魔法も致命的にはならないもののそれなりに有効なので、ミスティなら難なく敵を蹴散らせるだろう。
「ルイ、どうする? オレは構わんが、役には立たんだろう。ヴィヴィは負担かもしれないぞ」
ジョルジオがヴィヴィを気遣う。彼は完全に物理防御に特化しているため、ゴースト戦では貢献は出来ないだろう。ルイも接近戦がメインのため、実質このパーティの攻撃要員はミスティとヴィヴィだけになる。バーチはどうせこの後追放するし、攻撃魔法をそもそも使えないから頭数に入っていない。
そう、まだ忌々しいバーチがいるのだ、ここには。
よりによってルイと同じ長ソファの端に座りやがって、目障りで仕方がない。
「僕は……いえ、大丈夫です。やれます」
「本当か? 無理はするなよ?」
「ええ。それにゴーストシップということはアンデッド系の魔物もいるでしょうし、そちらをジョルジオさんに防いでいただければ」
「成程、確かにな」
ゴーストシップと呼ばれる魔物は、船と、それに付随するゴーストたちを総称したものだ。
元船乗りたちの魂が海にのまれ魔物化したものと言われており、物理攻撃の通じないゴースト、物理攻撃も通るアンデッドの二種類がそこに含まれている。アンデッドは特に、白骨化したスケルトンのほかに腐ったまま動くゾンビのような形状のものもいる。国の指定パーティの中でも、請け負えるパーティは少ない部類だろう。
「それじゃあ……次の討伐はゴーストシップにしよう。明後日にでもレンダに依頼受理の連絡をするよ」
ルイの言葉に、ミスティは満足そうに頷いた。これで目的地が変わった。あの意味のわからないループも終わるはずだ。
「にしてもミスティ、よくルイが街へ連絡してるって知ってたな」
「うるさいわね! それくらい知ってるわよ!」
茶化してくるジョルジオに強めに言い返す。まあ知ったのは前回だったからほとんど知らないようなもんだったけれど。
ミスティは、談話スペースから踵を返した。
そんなことより、残り少ない休暇を存分に堪能しなくてはならない。さっさと談話スペースから出ていく前に、ミスティは振り返った。
「あ、ルイ。冒険者ギルドに行ったら馬車の予約もしておいて。一番いいやつよ。レンダまでは結構長いんだから、徒歩なんて嫌よ」
レンダの街のほうがギーカよりも遠いのだ。道は街道も整備されて平坦だが、純粋に遠い。バーチはこの後追放予定だし、辻馬車も乗り心地が悪くでお断りだ。
「え? でも、今までも徒歩じゃなかったですか? バーチの補助で……」
ヴィヴィが不思議そうに声を上げる。彼はこの時点でまだバーチの追放を知らないのだ。バーチは肩身が狭そうにソファの隅っこで仲間たちの顔色を窺っている。
その陰気臭さがまたミスティは癪に障るのだ。顔を半分覆い隠すような長ったらしい前髪も、おどおどした話し方も。
無能なのだからせめて見た目だけでも不快感を軽減出来ないものなのだろうか。まあ、髪を整えたところでどうにか見られるような容姿でもなかったから隠しておきたいのかもしれないけれど。
「アタシは歩きたくないの。ギルドの馬車なら乗り心地もいいし疲れないし最高じゃないの!」
「ん? お前ギルドの馬車に乗ったことあるのか。オレたちと旅に出てからはずっと徒歩だったと思ったが……」
ジョルジオの疑問にミスティは慌てた。そうだ、王城で式典を行い王都を出てから、基本的にはバーチの補助魔法ありきで徒歩移動だった。前回死ぬ前の道程で使ったなどとはさすがに言えるはずもない。
「昔使ったことがあるのよ。昔ね!」
「へえ……公爵家のお嬢様がギルドの馬車に乗るなんてことあるんだな」
「フン! どうでもいいでしょ! とにかく頼んどいてよね!」
ミスティはジョルジオに吐き捨てるようにそう言うと、さっさと談話スペースを後にした。
残された仲間たちは、嵐のように去っていったミスティについていけず、文句を言うどころかぽかんと口を開けたままその背を見送ることになったのだった。
それから待機期間中、ミスティはこれまでの鬱屈を晴らすかのように豪遊した。買い物をし、酒を飲み、顔の良い男たちを侍らせて夜通し騒いだ。
あの腹立たしい死のループともおさらばだ。南のレンダの町までの間には小規模な町しかないし、アルコでの遊び納めにと好き放題にした。
リフレクションの魔道具や補助系の魔道具だけは買い込むようにルイに言っておいた。彼は今回もバーチを追放するつもりのようで、ミスティのその助言に対して「なぜそんなことを言うのか」とも何とも言ってこなかった。きっと補助がなくなる代わりにそれらの魔道具を買うつもりでいたのだろう。
一週間ほどが経ち、案の定ルイはバーチを追放した。今回もミスティだけが事前に報告され、ジョルジオとヴィヴィには後から伝えられた。
ただ以前と少し違っていたのは、ミスティが事前に馬車を借りる話をしていたからなのか、バーチは自分が追い出されることを予測していたらしく、あっさりと了承して去っていったことだろうか。
それと、南のゴーストシップは基本的には光魔法の攻撃が有効であるから、バーチの補助を期待していたヴィヴィには少しばかり反発を食らった。
すでに補助系の魔道具は買い揃えていると話したところで渋々ながら了承はしていたものの、その日一日ヴィヴィの不機嫌は直らなかった。
まあ、ミスティにとってはどれも些末なことだ。
翌日、記憶と同じように住民たちに早朝から盛大に送り出され、一行は南へと向かった。




