魔王様、猫に転生する
完結させることを目的にしているため駆け足気味にストーリーを書きました。
次はダンジョン内の設備費用。そして維持費。
こっちは食料問題か。養人の維持費と新しい人間の確保。特にメスの個体か。
繁殖できるメスはいくらいても良い。
産めなくなれば、食料にもできて一石二鳥だ。
メスが1人で妊娠できればどんなに良いか。
魔族の好物は人の肉。他の肉とは違い消費量が明らかに早い。
だが、繁殖に時間がかかり何かいい方向がないか模索する。
新しい人間はダンジョンで捕獲するとして……金か。ダンジョンにくる奴らは金欠ばかりだから
そこは難しい、か……はぁ…
つまらん…本当につまらん…
魔王になってからというもの仕事しごとしごとしごとの毎日。
それも仕事は国の統治。ダンジョンの運営、書類仕事が主だ。
目の前には大量の書類が積まれている。
正直書類仕事は私にあわん…
私は殺し合いの方が向いている。
しかし、ダンジョンに侵入する奴らは私と戦う前にぐちゃぐちゃなミンチになって死んでいく。
まぁ、ハンバーグを作るのに手間がかからなくて良いが、私と対等に戦える奴がいないのが現状だ。
ガチャ
「魔王様。ダンジョンについてお話がございます」
仕事場に1人の魔族がやってきた。
名はたしか…ユシーアだったか。
書類仕事など雑務が完璧にこなせる使える奴だ。
かなり優秀な奴で私の側近として活躍してくれる。
無駄のない動きで紅茶を入れ私の前に差し出す。私は一息つくため紅茶に手をつける。
「ふぅ…それで話とは?」
「はい。魔王様。敵は1人。現在第96フロアを攻略して97フロアに到達しております。」
ほぉ…今は第97か。しかも1人で。
フロア数は全部で100フロア。ダンジョンに入り込む冒険者は10フロアで息絶えることが殆どだ。
しかも、ダンジョンは複数人で攻略するのがセオリーのはずなのに今回は1人。
焦りはない。むしろ嬉しい。
私は口角を上げニヤリと笑う。ようやく…ようやく私と対峙できる奴が現れそうだ。
「そうか…では、私も準備するとしよう」
「魔王様…敵は…」
「…ああ、おそらく奴だ。奴がようやく現れた…勇者だ」
勇者。私…魔王と同等に戦えるだけの実力者。
これをどれだけ待ったことか。
私は今まで本気で戦ったことがない。フロアを攻略できない奴らしかいなかったためだ。
一度、第1フロアで待ち構えて戦ったことがあるが、敵が弱すぎたためそれ以来
部屋に籠り書類仕事をしている。
しかし、ようやく私を楽しませる勇者が現れ心が高ぶる。
着替えるために立ち上がり服を脱ぐ。
150センチもない小柄な体にまっ平な胸に尻…悲しいな
ない物ねだりしても仕方ない…
書類仕事で体がなまっていないだろうか。私は腕をぐるぐると回し首をポキポキと慣らす。
少しでも体がなまっていたら死ぬかもしれん。
殺し合いは好きだが死ぬつもりは毛頭ない。
「お着替えをお持ちしました」
「うむ」
ユシーアは私の着替えを手伝う。
ふと、ユシーアを見る。
身長は170。金色の髪が美しく、私が男だったなら惚れていたであろう美貌。
胸が大きい色気のある女だ。私の2倍以上はあるだろうか…
私もあと数十年たてば…ああなるか?…
しかも、よく見ると泣きぼくろまであるのか…
「あの…魔王様…わたくしの顔に何か?」
ジロジロ見すぎたようだ。ユシーアは訝し気な表情を見せる。
流石に失礼だったか。私は謝罪すると部屋を出る。
向かうのは最下層の第100フロアだ。
第100フロアには相手を殺すギミックはない。あるのは広い空間と玉座だけ。
私は久しぶりに玉座に座り下りてくるでろう勇者を待つ。
傍にはユシーア。戦闘が始まったら退避させてやろう。
「……」
あれからかなりの時間が経ったが、勇者が下りてくる気配がない。
99フロアで手こずっているのか、それとも死んだのか。
いつでも戦闘態勢に入れるようにしていたが、ユシーアが傍にいたため気が抜け警戒を雰囲気をといてしまう。
ぐっ…
しかし、それが悪手だった。
ふと背後から衝撃と痛みが走る。視界には剣。なん、だ…これは。
剣の切先は私の進行方向にある。それは即ち背後から剣で貫かれている。
玉座を貫通し、胸から赤黒い血が胸から腹を伝う。
「ふふ…魔王様如何なさいました?」
「お、お前…」
背後から聞こえる声…さっき話していた相手。
書類仕事と手伝い、紅茶を入れ、着替えを手伝っていた人物。
「ユ、ユシーア…」
「ええ。そうですわ。魔王様」
勢いよく剣を引き抜かれ、激痛が私を襲う。悲鳴を上げ椅子から転がり落ちる。
寝ころがったまま振り向く。
そこには剣を携えたユシーアがいた。聞き間違えでも見間違えでもない。
く、くそ…なぜ
「何故といった顔ですね…わたくしは魔王様が望む存在…勇者ですわ」
なん、だと…魔族が勇者になるなど前代未聞だ。
そんなこと長い歴史で一度も聞いたことがない。
「驚くのも無理ないでしょう…わたくしも驚きました。魔族でありながら勇者の刻印が胸に
現れたのですから」
服で隠れていた胸をさらけ出す。心臓部分には勇者の証である刻印が刻まれていた。
私は目を見開き立ち上がろうとする。しかし、致命傷を負って血が足りず
立ち上がれない。
「御体に障りますわ。魔王様お可哀そう。ふふ」
お前がやったことだろう…と罵倒してやりたいがそんな元気もない。
「勇者となったわたくしに国王は魔王の討伐を命じました。魔王を倒したあかつきには
褒美として王の息子の妃となることを許そう、と…ふふ…けれど、そんな褒美なんて
クソですわ」
魔族らしい歪んだ顔を見せる。私はユシーアが魔族なのだと再確認する。
「わたくしが下等な人間の妻?はっ…そんな褒美、願い下げですわ」
なら、なぜ私を殺す…わざわざそんなことする必要がないではないか。
人間風情の命令など鼻で笑ってことわることだってできたはず。
「なぜ…」
「何故、ですか…ふふ…。わたくしが望むのはこの世界そのもの。
魔族も人間もわたくしのために生き、わたくしのために死ぬそんな世界。
でもその世界を作るにはあなたが邪魔なのです、魔王様」
「わたくしと同等の力を有するあなたは、いづれ障壁となるでしょう。…はぁ…魔王様が男なら
わたくしと子をなし一緒に世界を支配することもできたのですが…本当に惜しいですわ」
頬を赤らめ腰をくねらせるユシーア。男が見たら欲情するであろう…蠱惑的な表情だ。
魔族に生まれる奴は多かれ少なかれ性格が歪んでいる。
だが、こいつの性格のねじ曲がり方は異常だな。
ぐっ…血がずっと流れていく…私の再生能力でも傷が塞がらない。
あの武器が原因か。
勇者の剣は魔族に絶大なダメージを与えることができる。
「苦しいでしょう?…ふっ、可哀そう…そろそろ楽にしてさし上げますわ」
体を必死に動かそうと頑張る。しかし、うつ伏せから仰向けになっただけだ。
視界には勇者の剣を振り上げたユシーア。そしてそのまま剣を振り下ろされる。
っ‼
視界が真っ暗になり気が付くと青白い空間にたっていた。
ここはどこだ…天国?ふっ…魔族の私が天国にいけるとは…
斬られた体を確認するが傷一つない。
汚れすらなかった。
これは本格的に天国か。
徳を積んだわけでもないのにな、不思議なものだ。
『いいえ、ここは天国ではありません。魂を一時的に留める特別な空間です』
私の頭の中に入り込む。女の声…誰だこいつは
私の考えを読んでいるのか女は言葉を続ける。
『私は世界の創造主。…管理者と言えば納得できるでしょう』
その管理者が魔王である私に何のようだ。
『貴女は自分が死んだことを覚えていますか?』
当然だ。さきほど胸を突き刺された挙句切られたんだ。
覚えていない訳ないだろう。
確かに長年生きているが私は認知症では断じてない。
『貴方が魔族であり勇者であるユシーアに殺されてすでに1年が経過しています』
まさか、そんなことがあるのか。殺されて私はすぐにここに来たのではないか?
一瞬の出来事ではないのか。
1年前のことらしいがあの光景は鮮明に覚えている。
『本来ならすぐにでも魂をこの場にとどめるつもりでした。しかし、あなたの
魂は細かく分かれそれを一つに集めるに手間取り1年の月日が経過してしまいました』
ふむ…で、私をここに呼んだ理由を聞こう。
魔王と茶飲み話をするつもりなどないのであろう?
『おっしゃる通りです。単刀直入にいいましょう。魔王さんには転生してもらい
勇者を倒してほしいのです』
まさか、魔王に勇者の討伐を命じるとは世も末だ。
で、その理由は…理由を聞こうとすると
私の頭の中に映像が流れ込んでくる。中々便利だな。
私を倒したと宣言したユシーアは魔族と知られながらも見た目の美しさにから女神様と
呼ばれ国民に慕われていた。
特に男からの人気は絶大で、毎日男たちからの結婚の申し出があったようだ。
魔王が倒れたことで国民は喜んでいる。ふん、不愉快だな。
魔王を討伐して3ヵ月を経ったころ、徐々にユシーアの本当の性格が露呈していく。
国王の息子がユシーアに妃なれと、命令したことで
ユシーアは部下の魔族たちを連れ王都に進行。王都を制圧。
王族を皆殺しにして王女として国民の前に立つ。
王族を殺したことで国民は喜ぶわけがない、一部から反発の声が上がる。
ユシーアは反発の声を上げたものを見せしめに処刑。
楽には殺さず苦痛を与えながらゆっくり殺していく。
そして、税の引き上げなど国民、そして周辺の村を苦しめていく。
それに反発しようものなら処刑される。
ユシーア本人は悠々自適な生活をしていて勇者というより
魔王と言われた方が信じてしまうくらいだ。
1年の月日が流れ、私が魔王でいた方が良かったかもしれないと国民の声が上がる
ほど、国民は痩せこけていた。
『魔族とはいえ仮にも勇者である彼女がこのような行為に及ぶとは私としても
許せません』
しかし魔族を勇者にしたのはお前ではないのか?世界の管理者よ
管理者が勇者を普通の人間にせず、性格破綻者の多い魔族に選んでしまったのが
原因であろう。
ミスで選んだのなら、管理者の力でユシーアを殺せばそれで終わりではないか?
『いいえ、私が勇者を選んでいるわけではありません。魔族が勇者に選ばれたのは
奇跡的な偶然です。それに私は管理者ですが、世界に直接は干渉できません。
ですが、間接的になら干渉できます』
なるほど、それで私を転生させてユシーアを殺させようというのか。
勇者と同等の力を有する私に…
しかし、魔王が勇者を殺してもかまわんのか?世界が滅ぶかもしれんぞ?
『……かもしれません。ですが、今のままですと数年後には確実に世界が滅びます。
どうでしょう?魔王さん、お願…受けてもらえますか?』
ふむ…私は国民を可哀そうとは思わん。勝手に死んでいけば良い…が、
ユシーアには私を殺した責任を取って貰おう。。
勇者を殺して自由気ままに生きてやる。
『では…』
いいだろう。生き返ることができるなら転生してやろうではないか。
『あり――「礼など不要だ」分かりました』
『魔王さん、目を閉じ体を楽にしてください。 すぐに終わります』
目を閉じると体がふわりと浮かぶ。体が軽くなり意識が遠のいていく。
「「「「」」」」
うるさい。やかましい。さっきまで静かな空間にいたというのに騒音が耳に響く。
死ぬ前より耳が良くなったのか余計うるさく感じる。
目を開ける。転生して体が慣れていないのかぼやけて見える。
ようやく目が慣れたのかはっきりと街並みが見えるようになった。
ん?なんだ…死ぬ前より視線がかなり低くなったような…
ガラスが背後にあったため自分の姿を見直す。
魔王時代のスラっとした体…うん。
ぴこぴこ動く猫耳…ん?
ピンク色の肉球…んんん?
全体を包む艶のある黒い毛…んんんん!?
まてまてまてまてまて…待て⁉
な、なぜ…私が…猫になっているんだーーーー⁉
おいっ管理者‼この姿は魔族でもなく人でもないっ猫ではないか⁉説明しろ⁉
こら⁉これだけは説明しろ⁉
『…申し訳ありません。転生する肉体に空きがなく。空きを待って人間、魔族に
転生しても赤ん坊から人生をやり直していては世界が滅んでしまいます。
となると、成長が早い動物に転生してもらった方が良いと考えたのです。
そして空きがあった動物の転生体は猫しかおらず……」
…こ、この姿でどうやってユシーアを殺すというのだっ‼
『御心配には及びません。体は猫ですが魂は魔王さん。魔力も力もすべて
猫の体の中に集約されています。戦うだけなら問題はありません。
ただ、まだあなたの体は赤ん坊です。赤ん坊のまま魔王さんの力を行使すると
体が持たないので、1年は力を使わないことをおすすめします。
勇者ユシーアの討伐…お願いします。討伐したあかつきには好きに人生を
送っていただいてかまいません。寿命も通常の猫ではなく魔族並みとなっていますので…では』
あっ…こら⁉おいっ‼………
くそっ…猫に転生するなんてっ。私は聞いてないぞ⁉
しかも段ボールに入れられてて私は捨てられているのか?
段ボールの側面にまおぉの家と書かれていた。
はぁ…ここが私の家とは前世の家とは大違いだ。
前世の私の家は地下にあり巨大な城だった…しかし今では段ボールハウス、か。
……仕方がない…頑張って生きるか…
……ふぅ…
猫に転生してから早1年。1年など私の生きて来た人生からしたら1日にも満たなかっただろう。
だが、長かった。
暇だったわけではない。むしろ濃密な1年だった。
食糧難、人からの逃走。野生の猫との喧嘩などなど
魔王の力を行使すれば困難ではないだろう。しかし、管理者の話では幼体で力を行使すれば
体がもたない。
猫といえど、転生してすぐ死ぬなど私としてはごめん被る。
濃密な猫生活を終え、目の先には暗く邪悪な気配を放つ元国王の城。今は魔勇者の城。
私を殺したユシーアが住む城に今から乗り込む。
幸い魔族たちには私が猫に転生していることは知られていないだろう…
私が門の前を素通りしても警備兵である魔族は一瞥するだけで何もしてこない。
ふっ、猫の体は不便だと思っていたが、こんな所で役に立つとは。
正門は完全に閉じられてて入れないため、門の周りをぐるりと回り私が入れる場所を探し入り込む。
見つかって追い出される可能性もあるため私は身を隠しながら城内へと進入していく。
まさか、私が敵のもとに向かうことになるとは、前世では私は敵を待つ側だったな。
身を隠しながら上へと昇っていく。ユシーアは人間が嫌いなようで警備している兵は全員魔族の
ようだ。
まぁ、魔族の方が魔力も力も上だから私であっても魔族に警備させるな。
だが…見つからなければ誰であろうと関係はない。
足音を殺し目的地に突き進む。やがて重厚感のある扉の前までたどり着く。
扉の向こうからとてつもない魔力を感じる。いる…ユシーアが中にいる。
見つからなかったため運よく魔力を消費せずにユシーアとの戦いに望むことができる。
体は小さい猫だが力はそこらの魔族よりあるため軽々と重い扉を両手を使ってあける。
「…あら?…可愛いお客さまですわね」
扉を開けると玉座に座っているユシーア。前より豪華な装飾に身を包み綺麗なドレスを着ている。
ドレスは胸元がかなり空いていてジャンプすれば胸がこぼれそうだ。
スカート部分はスリットが入っていて白い肌がのぞく。
綺麗な金髪は変わらず、にこやかな顔で私を見る。ただの猫と思っているのだろう。
「こっちにいらっしゃい」
ユシーアは手招きする。油断している。今度は私が不意打ちをする番だ。私はゆっくりとユシーアに
近づいていく。
近づきながら周りを見渡す。護衛はなし…それにかなり広い…戦闘になってもある程度動けるだろう。
私とユシーアの距離が1mになった瞬間、毛が逆立つ。危険だ、すぐ何かアクションをしなければ、と。
野生の勘というものが働いて私は後方に飛ぶ。
その瞬間、剣が上から振り下ろされる。
危ない…あのまま進んでいたら一刀両断されていたであろう。私はさらに距離を取る。
「流石魔王様…不意打ちは2度はくいませんね。
まさか魔王様が猫になって甦るなど私は思いもよりませんでした。」
猫の身だと言葉が話せないため念話で対応する。
念話
文字通り念じることで会話ができる。初期に覚える初歩的な魔法である。
『ほぉ…私が魔王とよくわかったな』
正直、魔力はできる限り抑えていたつもりだったがバレていたか。バレてしまっては仕方がない。
私は魔力を抑えるのをやめる。
溢れた魔力が体から漏れ出す。
「魔族の兵に見つからずにここまで来れる猫などいませんわ。それに下町であなたは噂になっているのですよ?
強大な魔力を持つ猫がドラゴンを倒したとか、人間を助けたとか。あの魔王様が下等な人間を助けるなど
昔の魔王様ではありえませんね」
『人間も魔族も変わるということだ』
1年という月日の中で私は嫌いだった人間と交友関係を結んだ。私は人間を助け、人間は私を助ける共存関係だ。
しかし、噂になっていたとは…やはりドラゴンを相手にするのはまずかったか…
転生して初めて本気を出せることにワクワクして浮かれてしまった。
「…そうですか。魔王様は弱くなられましたね。魔王として失格ですわ」
『そうかもしれないな…だが、力まで弱くなってはいない【身体強化】発動』
周りに漏れた魔力を自分の体に引き戻す。使用するのは身体強化の魔法。体に魔力を纏わせ身体能力を
向上させる。
ユシーアも身体強化の魔法を発動して剣を構え突っ込んでくる。
私は剣を扱えないため爪を限界まで伸ばし応戦する。
鋭い突きが私を襲う。私は剣の腹を爪でいなし、そのままもう片方の爪で攻撃する。ユシーアはその攻撃を
バク転をしながら回避し、その間に魔法を発動してくる。
魔法はファイヤーボール。炎系魔法の1つ。バレーボールほどの大きさの火の玉が私目掛けて放たれる。
数は5っ…避けられないっ…
【アイスウォール】っ‼」
そのまま火の玉を受けるわけにはいかない私は目の前に氷の壁を出現させる。アイスウォール。
氷系魔法の1つだ。火の玉は氷の壁に衝突。
ひびが割れていく。
猫の体になってスピードは上がったが、同時に弱点も生まれる。それは攻撃への耐久力だ。
魔王時代ではファイアボールを受けても服が汚れるだけで済んだが今受けた場合、大けがを負ってしまう。
ユシーアは魔法攻撃をその身に受けず魔法で防いだ私を見てニヤリと笑う。
おそらく私の弱点に気づいたのだろう。
性格は破綻しているが頭の良いユシーアだ。流石といっておこう。
私の弱点が知られたことでユシーアが優位に働いてしまう。それは魔力消費量だ。
ファイヤーボールは炎系の魔法でも魔力消費が少ない。そのうえ、ある程度のダメージも期待できる。
ユシーアは低燃費で私に魔法攻撃を行うことができる。奴の魔力量がどの程度か分からないが
魔族であり勇者だ…私と同等…もしくはそれ以上かもしれない。
体力は私が上だろうが…魔力では相手に分がある。長期戦に持ち込むわけにはいかない。
速めに奴を仕留めねばっ‼
考えている間にもファイヤーボールがアイスウォールを突破しそうになっていた。
っ‼
毛が逆立った。また動物の勘が知らせに来た。私は横に飛ぶ。上空からユシーアが剣を床目掛けて突き刺して
きたのだ。
剣が地面に突き刺さる。魔法攻撃に注意するのも大事だが、勇者の剣にも更なる警戒が必要だ。
私はもう魔王ではないが、それでも切られれば致命傷だ。
『ふふ…獲物が小さくてあたりませんわ』
『お前は体、とくに胸の脂肪がでかいから簡単に当たりそうだな』
『僻みはやめていだけます?…魔王様…』
お互い構える。両者の間にあるのは静寂…一歩も動かない。動いた方が勝ちなのか、動いた方が負けなのか
それはその時にならないと分からない。
1分という距離が1時間にも感じ、ついに互いに動く。私は魔法をユシーアは剣撃だ。
「【グラビティ】」
目の前に黒い球体が作り出され、前方へと飛んでいく。
前世、魔王時代から得意だった闇系魔法の1つ。グラビティ。スピードはそこまで早くなく
相手にダメージこそ与えられないが重力で相手の行動を完全に阻害できる。
「ちっ」
ユシーアは急ブレーキをかけ左横に飛ぶ。だが、甘いっ…私は指を左側に向ける。すると黒い球は
私が指さした方向へと向かっていく。
「…」
グラビティが追尾してきていることに気が付いたユシーアは私に突っ込んでくる。時間経過でグラビティの
効果は消える。
剣を片手で持ち片手にはファイヤーボール…いや違う。
炎の塊を勇者の剣に当たると、勇者の剣に魔法が付与される。
その剣を振るうと火の海となり私に襲いかかる。
左右から火の海が襲ってきて避けるには上を飛ぶしかない…私は唯一空いている上に飛ぶ。そこには剣を
持つユシーア。…読めているぞ。
鋭い剣撃が私に迫ってくる。体を捻り猫の体を使い避け背後を取りそのまま魔法を発動する
【ダーク・オーラ】
グラビティに似た黒い玉を出す魔法だが、グラビティは攻撃阻害の魔法。ダーク・オーラは触れた相手の体にダメージを
与える魔法だ。
「ぐっ…」
完全によけ切れなかったユシーアは肩にダーク・オーラを受ける。初めて聞いたユシーアのうめき声、
しかし、ユシーアはただ攻撃を受けただけでは終わらない。
体を捻り私の腹部に蹴りを入れる。
かはっ…⁉
久しぶりの打撃に私もうめき声を上げ後方に吹き飛ぶ。身体強化魔法を使っていなかったら
内臓が口から飛び出ていたであろう。
ゴロゴロと転がりながら体勢を立て直し目の前の敵を見据える。ユシーアは肩を抑えて美しい顔を
歪ませながら私を睨みつける。
『ぐっ…』
「美しいわたくしに傷をつけるなんて…ひどいではありませんか?」
魔族は光系の魔法を使用することはできない。治癒の魔法も光系魔法に属する。そのため魔族は自分で傷の治癒は
できない。例外を除き…
「【ヒール】ふふ、光系の魔法って素晴らしいですわ。見て下さい。まるで傷なんてなかったかのよう」
ユシーアは私に見せびらかすようにしてダメージを負っていた箇所を見せる。
やはり…勇者が得意な光系魔法は使えるのか。
「闇系の魔法が使えなくなりましたが、これはこれで良しとしましょう。さぁ、続きを始めましょうか。
【ホーリーアロー】」
ユシーアが手を前に出すと光が集まり光の矢となって私の元に向かってくる。避けようとするが腹部の痛みに
一瞬動きが止まる。
その一瞬が命取りだった。光の矢が私の左足を射抜く。ぐっ…とうめき声を上げる。
矢は貫通しそこから出血する。
これは…まずい。唯一ユシーアに勝るであろう速さが足の負傷によりなくなってしまう。
ユシーアはこれを勝機と光の矢を放ちながら剣で追撃してくる。
足を引きずりながら回避しようとする…しかし間に合わない…っ
「あはは!これで、終わりですわ!魔王様!………っ‼」
「な、な…に…ぐっ…くうぅっ…体がっ…うご、かないっ」
剣を振り下ろそうとした瞬間、ユシーアの体がぴたりと止まる…ふっ成功だ。
ユシーアはプルプル震えながらやがて床に倒れる。ユシーアの上には薄暗い靄が乗っている。
「あぐっ…こ、これは…」
『ようやくグラビティをその身に受けたな、ユシーア』
「そ、そんな…いつの間に…』
私がユシーアにグラビティを放っていた。奴がダークオーラを受け苦痛に顔を歪めている間に。
だが、そんな説明を長々している時間はない。
激しい戦いでいつ兵が飛び込んでくるか分からん。
『ユシーア。ここで幕引きとしよう…お前に私が持つ最大魔法の1つを見せてやる。
それを手土産に…死ね…』
「…あぁっ…ま、まだそんな魔力がっ…」
ユシーアの目にも私がどのくらい魔力を消費しているのかわかっているのだろう。目を見開き青白い
顔でガチガチと歯を鳴らしている。
これを受けたら自分はただではすまない。
「た、助けて…魔王様っ…お願い。もう国の人間を苦しめませんっ…ほ、本当ですっ…お願いしますっ!」
ユシーアは綺麗な顔を歪め泣いて懇願する。私以外がこんな顔を見せたら助けてしまうだろう。
しかし、私は魔法の発動はやめない…なぜなら
「助けて…助けて下さいっ…助けろよ」
徐々にユシーアの口調が変わっていく。
「助けろって言ってんだろうがっ⁉このクソ猫がっ‼くそくそくそっがっ⁉」
やはりな…ユシーアは根っからの魔族。いくら勇者になったとて魔族特有の性悪さは消えんだろう。
「しねしねしねしねぇっ‼」
『残念ながら死ぬのは…お前だ【グラビティ・オブ・デス】』
魔力を発動するとユシーアの上に巨大な黒い球体が出現。球体の内部がぐるぐると回転している。
終わりだ…ユシーア。
球体はユシーアにのしかかり、彼女は口から血を吐き出しながら悲鳴を上げる。手足が黒い球に押しつぶされ
ぐちゅっと音を当て潰されていく。手足から出血しボキボキと骨が軋む音が聞こえる。
「あぁっ…ああ…あがががっ……」
やがて体がつぶれていき皮膚が避け、内臓が飛び出ていく。最後には頭頭蓋骨がミシミシと音をたて重力によって
潰されていく。最後にはぐちゅっと音をたて完全に黒い球に潰される。
しかしそれだけでは終わらない。重力の玉は大きくなり周りの空間も破壊し始める。
おっと…これ以上魔法を発動するのはまずい。
私は急いで魔法を解くと、一瞬にして黒い球は消える。
・・・・・・・・・
私の目の前には血だらけになり、潰されたユシーアだったもの。判断できるのは血に染まった金髪と
服くらいだろう。終わった。
ふぅ…やはり久しぶりに使う魔法だと精度も威力も落ちるな…同じ魔族のよしみで苦しませずに
殺してやろうと思ったのに。
本来、グラビティ・オブ・デスは相手を重力により圧殺する魔法であり魔族であっても苦しむことなく
圧殺する威力を持つ。
本気になれば国一つ簡単に滅ぼすこともできる。
ぐっ…そういえば怪我してたな。
早く治癒の魔法をあいつにしてもらわねば…
…魔族の警備兵がそろそろ到着するだろうか。逃げるとしよう。
私は窓から急いで逃げ出す。あれから勇者が何者かに殺されたニュースが王都に広がる。
英雄が殺され王都内は歓喜の声があがるが、パニックにもなる。
王族は皆殺しにされている。なら誰が王都を統治するのか。
「新しき我らの国王…猫神のマオ様だ」
「マオさまーっ‼」
「いつみても美しい」
「こっちを見て下さったっ‼」
……どうして、こうなった。
私は今ユシーアが座っていた玉座に寝ころがっている。フカフカな座り心地の良い上質な玉座だ。
城の外では歓声の声が上がっている。
勇者を殺した私は悠々自適の猫生活を送っていた。
これからも人生…いや猫生をおう歌していこうと思っていた矢先。
早朝、私はいつものように段ボールハウスで眠っていると人の気配に目を覚ます。
そこには人ひとひと。すべての視線が私に向いている。目には好意が現れている。
『な、何だ…お前たち…』
聞けば私が勇者を倒し、王都を救ってくれた英雄と呼ばれている。
知能と魔力を持ちドラゴンや勇者を倒せる実力者は他にいない。
私が次期の王に相応しいと、周りもそれに同意している。
何故…私が勇者を倒したことがバレた…誰にもバレずに行動していたはず…いや…知っている奴がいる。
私を転生させ勇者の討伐を頼んだ人物…世界の創造主。管理者だ。
奴しかいない。
奴が何らかの方法で王都の連中に知らせたんだ…くそっ、管理者め自由に人生を送っても良いと
いう話だったのに…はぁ…面倒だ。
王都を出て別の場所に行くか…いや、乗りかかった船だ。助けてやるか。
仮にも国の統治者を殺したのは私だ。バレてしまっては仕方がない。
帝王学の心得もある。
元魔王としてこの国を統治してやろうじゃないか。
私が承諾すると王都内は歓喜の渦に包まれる。
ここまで喜ばれることは初めてで少し気恥しいな…
こうして元魔王であり、今は猫である私はこの国の王として生きていくことになった。
終わり