8発目 騒動の後に
「んっ……くぅ……!」
「おはようございます,カトラ様。あと5分ほどでお食事の時間が来ますので,お着替えを」
「ああ,おはようミーア」
朝日が昇り,昨晩の騒動が嘘のように穏やかな鳥の声が聞こえてくる。
暗いうちは気づかなかったが,遠くに見える森の被害も焦げ跡が一部に見える程度,火竜6匹の襲撃を受けたにしてはそこまで深刻な状況ではなさそうだ。これもひとえにカトラ様の功労と言えるだろう。
「ミーア,準備できたぞ。食事の場所は3階だったか」
「ええ,それでは行きましょうか」
そんな話をしながら3階の食事場へと降りる。
「これは……?ミーア,卓はどこだ。給仕の者も見当たらないぞ」
「あぁ……カトラ様はご存じありませんでしたか」
このホテルは賓客用の部屋があるとはいえ,庶民向け。コース料理しか食べてこなかったカトラ様は知らない立食形式だ。
「ここでは一か所に置かれている料理を自ら必要分だけ取って食べる,という形式で朝食がされるんです。テーブルマナーなども存在しません,好きなものを好きなように食べる……という感じですね」
「ふむ……世の中の一般というのは,こういうもののことをいうのか。気が楽でいい」
「そうですね。庶民の生活に触れるいい機会かもしれませんよ」
そんな話をしつつ,窓際の席に向かい合って座る。
「それにしても,どうにも単純な食材が多いな……ただのパン,何のひねりもないスープ,空竜の卵だって,バロットでもないのにどんとおかれているだけで手を加えることもしていないではないか」
「あはは,そういう感想を抱かれるんですね。庶民には庶民の,味付け方法があるんですよ」
そう言うと,カトラ様の言うただのパンをなんのひねりもないスープに漬ける。
「ほう……?」
「庶民はお金がないですから,味付けをシェフに頼むのではなく自分で行うんですよ。ジャムやバターも勿論美味しいですが,こうしてスープに漬けると中まで味が染みて美味しい,という寸法でございます」
「なるほど……ではこの卵は?」
「空竜の卵は非常に滑らかで有名ですからね。量も多く,こうして容器に移すんです」
「先ほどの説明を聞く限りだと,それも別の食材の味付けに使うのか」
「ご明察です。例えばこうして,紅白魚の塩漬けにかけたり,余ったものは思い切って,白米にかけてもいいですね。“卵ご飯”と呼ばれていて,庶民の食事内容としては王道も王道,非常に人気のある味付け法なんですよ」
「ほぅ,ほぅ……!また随分と巧妙なことを考えるものだな,何から何まで有り余る貴族の生活では思いつかない発想だ」
カトラ様は目を輝かせ,早速チャレンジしてみる。どうやらお気に召したご様子で,お口に入れては満足げに頷いている。
「そうか,そうか。私はずっと金銭のないものが何とかそれらしい生活をしようと躍起になっているだけと高を括っていたが,貴族の料理にはない魅力があるのは確かなようだ」
「うふふ,お口に合ったようで何よりですわ」
そんなこんなですぐに二人して完食してしまうと,カトラ様は立ち上がる。
「さ,腹も膨れたことだし,そろそろ帰るぞ」
「あ,カトラ様。こうした場では,食器の片付けもご自身で行うのですよ」
「むっ……そうか,給仕の者はいないのだった。そういうところはどうにも不便だな」
「まぁまぁ。片付けと言っても,トレイに食器を纏めて用意された棚におけばよいですから。洗い物は厨房の職員がおこなってくれますよ」
「そうか。ならいい」
周りのことは召使や給仕が行ってきた,貴族らしい認識だ。ただ,柔軟性の高いカトラ様のことだ,食事と同様すぐ慣れるだろう。
「そういえば」
「はい。いかがいたしましたか?」
食事場から出たところで,ふとカトラ様が思い出したような声を上げる。
「昨日狩った火竜達はどうした? いくつかあまり傷つけずに斃した個体もいるだろう,良い素材が取れたりするやもしれんぞ」
「あぁ……確かにそうですね。後処理はパレゾイック工房の者達が行っていたようですが……」
「向かってみよう。今日の予定なども特にないだろう?」
「ええ。今日……どころか,もういつだって長期的な予定など入らなそうですが」
「まぁな。いつかはしっかりとした収入源も欲しいところだ」
「それは……そうですね」
部屋に戻り,簡単に荷物を纏めると,ポータルの先をパレゾイック工房に設定する。
「ぉ"おう……!!」
相変らずの物凄い轟音。夜に訪れた時と同様遮音魔具は用意してあるものの,入る前から付けておく用の耳栓を買っておいた方がよさそうだ。
「おい。ケニーはどこだ。知らないか」
私が魔具を付けている間にも,カトラ様は傍に来た整備士に話しかける。
「ケニー……?すみません,うちの工房にはケニーというものはいないはずですが……」
「何だと?ビルケニア・シャルルだ。いるはずだぞ」
「ビルケニア……あぁ!隣街の組合から派遣されてきた彼ですか。それなら,向こうの調整室にいらっしゃいますよ」
「わかった,感謝する」
「ちょ,ちょっと早いですってカトラ様ぁ……!」
慌てて追いかけると,調整室に入るタイミングでようやく追いつくことができた。
「おい。ケニー,いるか」
「んあ?なんだよ,お嬢様じゃあねぇか。どうした,受け取りは明日の筈だぜ」
「私用だ。夜中の火竜襲撃の件でな」
「ああ。もうだいぶ片付いたけど,何か忘れ物か?」
「火竜達の遺体をどうするつもりかという話だ。まさか有用な素材が欠片も取れなかったわけではないだろう」
「あ~~~はいはい,その話ね。俺らもちょうどさっき話してたところなんだ」
「ほう」
「素材の話だが,アンタがかなりきれいに狩りとってくれたおかげで,たんまり採取できたぜ。魔導武器一本作った後に余った素材だけでも,売っ払えば結構な額になりそうなんだ」
「そ,そんなになんですか?」
「ああ。確かアンタら,家を追い出されちまったんだろ?それって考えてみりゃ収入がさっぱりなくなっちまったんじゃあねぇか?」
「そうですね……一応家からある程度の財源は持ってきましたが,いずれ尽きてしまうでしょう」
「そうだろうと思ったぜ。そういうことなら,報酬として採れた素材をやるよ。ついでに,今回の素材を使ってアンタの武器……グローリアス・フローリアの強化もしてやろう」
「そうか,それは助かる。火竜の素材を使うなら,更に火力も上がりそうだ」
「ああ,期待してな。金のことは,バージェス工房長がいろいろ練ってくれている。聞いてみるといいぜ」
「カリス工房長ですね。わかりました」
「あ,そうだお嬢様。もし今日予定がないんだったら,調整案についていろいろと意見くれよ。知識はあんだろうし,やっぱ自分のエモノは自分の考え通りにしたいだろ?」
「ああ,そうだな。工房長の元へはミーアが向え。金や素材の管理はお前に任せる」
「畏まりました,お嬢様」
一礼をすると,早速会議を始める二人を後にして,私は調整室を出た。