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7発目 【戦女神の魔弾】

「ふぅ……」


 ザン,と竜の亡骸(なきがら)の前に着地するカトラ様。


 私を含めた周囲全員が唖然とするのもどこ吹く風,彼女は満足そうに銃身を回す。


「こんなものか。なるほど,悪くない。流石ケニーが信頼を置く工房だな」


「ば……馬鹿野郎……堂々と口ん中に突っ込んでいきやがって。肝が冷えるっての……」


「ふん,この崇高なるカトラ・フローリアが,策も理由もなく突っ込むわけないだろう。まぁ,信頼のおける我が愛銃,エイペックス・グルーオンであれば,あのような行動もとる必要はなかったのだが」


「ど……どういうことですか?」


「竜族の鱗は非常に高度が高く,魔導耐性があるものも多いため,威力の判然としないうちに襲撃を受けていざ有効打にならないとなる可能性もある。確実に仕留める必要があるあの状況では,それは得策ではないということだ」


「それに対して,竜の咥内であれば,確実に弾が通る……と?」


「私達だってそうだろう?どれだけ固い鎧に外皮を包んだとしても,身体の内部まで硬質化するわけにはいかない。柔軟性・伸縮性を失ってしまえば,活動に支障を来すからな。魔獣に限らず,生命体として成立している以上,体内というのは対策しようがない」


「な,なるほど……」


「さて。今の試射である程度の威力の程は理解できた。スペアにしては上出来と言えるだろう,褒めてつかわす。あとは私に任せて,お前たちは流れ弾の処理をしておけ」


「レーダーにある反応は,現在6匹です。……一斉に襲ってくる可能性もありますが,いけるのですか……?」


 整備士がなおも不安げな瞳を向ける。カトラ様は今一度,彼に向けて自信と威厳に満ちた目を向けた。


「ああ。問題ない」


「ォォォオオオオオオオオオオオオオン!!!」


 遠くから咆哮が迫ってくる。その真正面に向かって,カトラ様は地を蹴った。


 森の中,魔導陣の展開される軽い音。刹那,


 ズガガガガガガガガガン!!!


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 何十発の銃声と共に火竜の悲鳴が轟く。


 膨大な熱気が木々を焼き,火球が天に向かって打ちあがる。


「うぉお……!!」


 慌ててシャルル氏が杖から防衛魔導陣を展開する。同時に木よりも高く飛び上がる小さな影。


「烈,散,砲……!」


 小さな魔導陣が複数展開される。引き金を引くと,出現した魔導弾が斉射され,


 ドドドドォオオオン!!!


 青い光の火柱が高く上り先ほどの火球など目ではないほどの轟音が身体を揺らした。


「んな……!?あ,あのような威力,出せるはずが……!」


「っぐぅ……なる,ほどなぁ……」


 苦い顔をしながら,シャルル氏は納得したような声を上げる。


 その間にも,カトラ様は次の標的へと跳躍する。


「お嬢様の言ってる意味。出力が気にならないっていうのは……」


「集,核…」


 火竜が咆哮と共に,半径からカトラ様の身長ほどはある火球を口に溜める。


 落下しながら,カトラ様はその下顎に向けて引き金を引いた。


「彼女の能力が強すぎて,銃の火力に頼る必要が全くないってことなんだ……」


 撃ち出される弾丸は火竜の顎に命中し,その衝撃で開いていた口蓋がばくんと無理やり閉じられる。


 思わぬ壁にぶち当たった巨大な火球は,そのまま頭部を吹き飛ばして大爆発を起こした。


 そのパワーは,1魔具工房の量産機に出せる出力ではない。


 それはひとえに,カトラ様が作り出す“魔弾(まだん)”の力だ。


 カトラ様の魔導は本来,手のひらに収まる程度の大きさのものを創りだす能力。


 本来ならそれは,おおよそ戦闘向きといえる能力ではない。


 生活に使う上では便利なこともあるだろうが,お世辞にも優秀と言えるものではなかった。


 しかし彼女は,天才だった。


 彼女は自身の魔導回路を改造し,通常の固形物に加え,絶大な破壊力を誇る魔導弾を生成することができるようにしたのだ。


 その魔導弾は正方形のブロック状になっており,何もしなければ特に他者に危害を加えるような危険性のあるものではない。


 しかしひとたびカトラ様がそれを自身の魔導機銃を用いて撃ち抜いた時……魔弾は生成時の魔導陣に書き込まれた構築式をもとに,絶大な威力を誇る大砲にも,炸裂し広範囲に多大なダメージを与える散弾にも,1点を撃ち貫く狙撃弾にも変化し,あらゆる状況に於いて的確に対象を殲滅する最強の弾へと変貌を遂げるのだ。


 轟音に気付いた火竜は,今度は2体がかりで襲い来る。


 今の彼女は空中。身動きが出来るような状態ではない。


 ……本来ならば。


「個……確」


 空中に座標を固定した魔弾を足元に創りだすと,彼女はそこに着地する。


 完璧なバランス感覚で跳躍し,その牙を回避する。火竜達がその行方に気付くよりも前に,


「烈,乱,砲……!」


 回転しながら引き金を引き,展開された魔弾から花火のように無数の弾丸がはじけ飛んだ。


「ギャオォォオオオン!!」


「ガアアアアアアアアアァァァァァァ!!」


 雨のように降り注ぐ弾丸は,硬質な竜の鱗を貫きハチの巣にする。


 今度は頭上に創りだした魔弾に手をかけ回転を止めると,落下する2匹を視界に入れることもなく,次の標的に狙いを定める。


 その距離,少なくとも50メートル以上。


「集……遠,砲……」


 その銃口から放たれたのはレーザー弾。音すらも置き去りにするその一撃は,寸分たがわず飛行する火竜の頭部を貫いた。


 悲鳴は聞こえない。何に当たったのかも理解せぬまま,絶命した火竜は落下していった。


「……初めて見た……なんて強さなんだ……」


 宮廷での生活を主に見ていた私も,彼女の戦う姿は見たことがない。


 だからこそ,無数の弾幕と共に宙を舞う彼女の姿に呆気に取られていた。


 そして,同時に理解する。


 彼女が自身の能力に対して,名付けたその名の意味を……


「あれが,カトラ様の能力……【戦女神の魔弾(バルキリー・バレット)】……」


「……さて。」


 カトラ様の創りだす物質の持続時間は非常に短く,掴まっていた魔弾もすぐに消滅してしまう。


 それを見越し,落下と共に魔導陣を展開した彼女は,その銃口を下に向ける。


 眼前には,巨大な火竜の口。


 同類たちの斃れていく様を見て正面からは勝てないと判断したのだろうか,森の中から一気にくらいつく作戦にでたようだ。


「あとは,お前だけだな」


 その努力さえ……無限にも思われる銃弾の嵐によって,吹き飛ばされることになるのだが……。




「他に反応は?」


「あ,ありません……まさか,あれほどの火竜の群れを,本当に単騎で一掃してしまうなんて……」


「この崇高なるカトラ・フローリアの手にかかれば当然の結果だ。それに,即席で使用したこの銃もよく動いてくれた,これは工房の技術力があってこそのものだ。誇るといい」


「こ,光栄にございます……!」


 カトラ様の帰還後,工房の職員たちは指示通りに消火活動を始める。


 使用するのは闇属性の魔具。火を消すのなら水……という解釈は,魔導に於いて正しいとは言えない。


 水属性の魔導の本質は“潤沢(じゅんたく)”にあり,下手に使用すれば熱気を森中に広めてしまう危険性があるのである。それに対し,“吸収”を本質とする闇属性の魔導であれば,熱気や炎を吸い上げることで効率的に処理ができるのである。


「調整ミスんなよ~,木々まで吸い込んで森を消し飛ばしちまったらたまったもんじゃねぇからな!」


 消火活動の監督を務める整備士たちの声が飛ぶ。先ほどとはまた違った,活気に満ちた騒音が工房を満たしていた。


「ああも森の面積が広いと,処理する側も一苦労って感じだな。後処理が仮に抜擢(ばってき)されなくて本当よかったぜ」


「ほう,防衛係の仕事がとても楽だった,と言うのであれば,もう少し派手に立ち回ってもよかったか。出来るだけ流れ弾を防ごうと押さえていたのだが,そういうことなら……」


「い!?いやいやいや!!お嬢様の弾幕すごかったからな~!あんなに大立ち回りをされて,防ぐ側の身にもなってほしいぜ~~!!」


 カトラ様の軽口に青ざめるシャルル氏。完全に尻に敷かれてしまっている。


「しかし,散々な夜でしたね……ひと眠りした身であるというのに,疲れてしまいました」


「そうだな。私もひと眠りしたい,そろそろ戻ろうか」


「あ……そういえば,一個ちょっと気になっていることがあったわ」


 帰り支度を始める私達に向かって,シャルル氏は何の気なしに声をかける。


「どうした?」


「お嬢様の愛銃……あれの銘のことさ。エイペックス・グルーオン」


「あ……確かに」


 銃の銘は,カトラ様自身がつけたものだ。偉大な自身が作った最高傑作の愛銃であるからこそ,その銘には“グルーオン”……彼女自身の当時の姓を刻んでいた。


 だが,カトラ様は家を追われた身。グルーオンの文字は,名乗ることも許されない。


「全く,こんなところでも棄てた姓が付きまとってくるか。特に家に思い入れはないと思っていたが,なかなかどうして自分でも気に入っていたようだ」


「如何致しましょう?」


「なに,本質は変えずとも良いだろう。私の栄光を示す者であればな」


「ほんっと,その自信はどっから……って,完全に実力からきてんだなぁ……なんにも言い返せないのがつらいぜ」


「今の私はフローリアと名乗っている。カトラ・フローリアだ。以前は“頂に立つ者”という意味からエイペックスと名付けたが……そうだな,今回は“栄光ある”の言葉を冠しよう」


「つまり……改良後に付けるその銘は……」


 私自身の名でもあるため,そう呼ばれることはくすぐったくもやもやする部分もあるのだが,主君たるカトラ様が仰るのであれば致し方ない。


 そんなわけで,決定した銃の銘は……


「『グローリアス・フローリア』だ。……頼んだぞ,ケニー」


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