72発目 氷床の激戦
「ミーア!!」
「だ,大丈夫……ですぅうっ!!」
カトラ様の声が飛ぶ。ぐわんぐわんと揺れ動く車体を必死につかみ,私はなんとか衝撃を耐え忍んだ。
「きたか……!!」
「なんだ,あいつらは。知り合いか」
カトラ様もウルマーノフ氏も窓の向こうを睨んでいる。状況に置いてけぼりなのは私だけのようだ。
「あ,あれは……!!」
「KEIKAISIRO。|YATUHAWAREWARENOOKUWOSATUGAISITA《奴らは我々の多くを殺害した》。|JYUUBUNNNIKEIKAISURUYOUNI《十分に警戒するように》。」
「妖魔族……我々が敵対している宗教団体の先兵どもだ。魔獣族を大量に召喚し,怨嗟をこの地に根付かせることを目的としている」
「魔獣族を,大量に……なるほど」
ウルマーノフ氏は声を唸らせると,歪んだ魔導四輪のドアを蹴飛ばして外に出る。
このころになってようやく私は頭を上げることに成功し,窓の外の外敵を捉えることが出来た。
「そ,そんな……あのような数の妖魔なんて,相手出来るのですか!!?」
私の視界に映った光景はまさに,絶望というほかなかった。
広大な氷床をびしりと覆う,何百と並ぶ黒い影。
上空にもかなりの数の飛行する小型魔獣が奇声をあげながら羽ばたいており,数える気力も沸かないほどだった。
しかし。
そのような地獄絵図を前にしても,カトラ様は凛とした声を絶やさない。
「出来なければ死ぬだけだ。なぁに,すぐに済むさ」
魔導機銃を打ち鳴らす彼女の瞳は爛々と燃え盛り,寧ろやる気に満ち溢れているようだった。
「う,ウルマーノフさん……」
視線を移すと,彼はふんと鼻を鳴らしながら臨戦態勢を取る。
「相変らずの小心者だな。舐められたものだ。
いいだろう。我ら機械生命の力……改めて,とくとその目に焼き付けておくがいい」
そう言うが早いか,上空に羽ばたく鳥型の魔獣の内1体がひときわ強烈な叫び声をあげる。
正しくそれが,開戦の合図であった。
「グゴォォオオオオオオオ!!」
一斉に妖魔達の群れが魔導四輪に向かって襲い来る。しかしその波が私達を捉えるよりも早く,一筋の影が動く。
強烈な音と衝撃を残し,カトラ様が車体を蹴って跳躍していた。
「速,連,貫!!」
その飛翔が頂点に達する頃,車体の周りにどさどさどさっと10体近くの小型魔獣の死体が落下してきた。
「ひぃいっ!!」
息を突く暇などありはしない。カトラ様は貫通する魔導弾を乱射し,周囲に飛び交う魔獣どもを蜂の巣にする。
「SAKINIRIJYOUKARASEMERO《先に地上から堕とせ》!!」
地上の妖魔たちは暴れ狂うカトラ様を相手にするだけ損害が増えると判断したのか,彼女の攻略を諦め,咆哮を上げながら真っ先に魔導四輪めがけて突っ込んできた。
だが,カトラ様が強大で攻略不可能だからといえど,それがイコールでウルマーノフ氏であれば攻略がたやすいということにはつながらない。
「カートリッジ,セット……モード,劫火の舞!!」
ギュゥゥゥウウウウウウン……!!
迎撃態勢を整え,ウルマーノフ氏は自身の右腕に搭載された機構を作動させる。激しい駆動音と共に彼の腕が赤く染まり,肘の先から強烈な蒸気が吹き上がる。
彼は両腕を正面に構えると,氷床を砕くほど強烈に踏み込んだ。
「紅蓮!!火竜咆!!」
バゴォォォォオオオオオオオオオオオオ!!
熱風と共に発射された灼熱の波は,妖魔の群れを真正面から覆いつくす。
彼らの悲鳴は轟音にかき消され,その身は残らず骨の芯まで焼き尽くされる。
永久凍土をも溶かす炎と煙の晴れる頃,そこに広がっていたのは広大な焦土のみだった。
「す,すごい……」
「俺たちは狩猟組合……魔界から現れる魔獣や妖魔を専門に狩り落とす専門家だ。この程度の火力など,出せない方がおちこぼれよ。それに,感心している場合でもないぞ」
「グルルァァアアア!」
ウルマーノフ氏の言うとおりだ。
先ほどまでのカトラ様の乱射とウルマーノフ氏の劫火によって大量の妖魔族を仕留めたことには間違いないが,それでも全滅どころか彼らの半数も倒せていない。
爆炎の余韻収まらぬうちに,煙の合間から咆哮と共に妖魔たちが飛び出してきた。
「ウルマーノフさん!!」
「っぐぅう!!」
妖魔の歯牙をウルマーノフ氏は腕で防ぐも,2体,3体と掴みかかってくる妖魔たちを御し切ることは出来ていない。彼は舌打ちをすると,その腕に搭載された機能を作動させる。
「カートリッジ変更!巌砕拳!!」
重厚な駆動音と共に土属性の魔力が彼の剛腕にみなぎっていく。ウルマーノフ氏は怒号と共に、その腕を勢いよく氷床に叩きつけた。
巨大な魔導陣が魔導四輪の周囲に展開する。地響きが起こり,高速で隆起した鋭利な岩石の塊が妖魔たちの身体を貫いた。
「カートリッジ変更!!裂空旋!!」
息つく間もなくウルマーノフ氏は腕の機構を作動させる。
風属性の魔力を腕に纏い,その巨体は魔導四輪を越えて跳躍する。
「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
茂木色の旋風が魔導四輪を中心に巨大な竜巻を巻き起こす。烈風は猛烈な吸引力によって逃れようとする妖魔たちを引きずり込み,その身体を瞬く間に引き裂いていった。
「凄い……!」
目まぐるしく使用する属性を切り替えながら暴れ狂うウルマーノフ氏。このような戦い方が出来るのは,ひとえに彼が機械生命であるからだろう。
通常,特別な例外を除き,1人の魔導士が生まれつき持つことのできる固有能力は1つまでだ。そのため,たとえ属性魔導に特化した魔導士であっても,元来保有することのできる属性は1つのみであることがほとんどだ。
だが彼のような機械生命は違う。全身を攻撃用の魔導兵装によって構成された彼らは,装備に搭載された「カートリッジ」と呼ばれる属性切り替えデバイスを装填することによって,様々な属性の魔導を扱うことが出来るのだ。
カトラ様の弾幕と,ウルマーノフ氏の近接戦闘により,みるみるうちに妖魔達は倒されていく。始めは到底突破できないと思っていたその数も,あっという間に半数ほどになっていた。
「グォォオオオン!!」
遠方からひときわ強烈な妖魔の咆哮が響く。その途端,波状攻撃を仕掛けてきていた彼らは一気にその身を翻す。
「ど,どうしたのでしょうか。あれだけ攻撃的だった妖魔たちが……」
「このままでは埒が明かないと判断したのだろうな。だがこちらにとっても好機だ,この機会に突破してしまうぞ。カトラ!!」
ウルマーノフ氏が上空のカトラ様に声を飛ばす。彼女は頷き,魔導四輪の天井部分にダンッと着地する。
「だがどうする,奴らがまだ攻撃の意志を失っていないのであれば,このまま無防備に発車するのは危険だぞ」
「ああ,だからこそカトラ,お前にそれの迎撃を任せる。遠距離狙撃の得意なお前なら可能なはずだ」
「しかしウルマーノフさん,どうやって?」
運転席に乗り込んだウルマーノフ氏は,ダッシュボードに取り付けられたパネルを操作する。すると,ガコンという音と共に固定用のアームが天井裏に伸びてきた。
「伸縮自在の身体固定アームだ。これを腕なり腰なりに取り付けておけば,ある程度の動きを保証しつつ落車を防ぐことが出来る。活用して迎撃にあたってほしいのだが,出来るか」
「ふん,この崇高なるカトラ・フローリアに向かって“出来るか”などと,舐められたものだ」
カトラ様はがちゃりと腕にアームを取り付け,反対の手で銃を構える。
「すべて撃ち落としてやるさ。さあ,進め!!」
カトラ様の号令と共に,3人を乗せた魔導四輪はアクセル全開で走り出した。




