表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/73

71発目 進め,魔獣達の咆える地を

「きゃぁぁあああああああ!!


……って,あれ?」


魔導4輪はぐんぐん加速し,氷床を削りながら進んでいく。


私達の身体も一気に座席に押し付けられ,あまりの加速度にすぐに何かに衝突してしまわないかと肝が冷えたが,そんな不安と裏腹に,いつまでたっても障害物にぶつかる衝撃はおろか,小石に躓いたり地形で揺れたりするような感覚も感じられない。


「全く……何を叫んでいるんだミーア。 相変らず小心者だな」


「いえ……も,申し訳ありません,驚いてしまって。


しかし,どうしてこんなにも振動が少ないのですか? 先日乗った牛車でも,かなり揺れが激しかったのに……」


困惑していると,あきれた様子でウルマーノフ氏がため息をつく。


「我が組織の誇る魔導四輪を甘く見るな。


GK姿勢制御技術に加え,障害予測探索機,地形把握機構。車輪部分には緩衝素材と木属性の魔導回路を用いた免震構造が用いられている。どれほど加速しようとも,固定された障害物にぶつかることも,悪路によって移動を阻害されることもないのさ」


「す,凄いですね……流石,機械生命中心の一大工業国家……」


いつの間にか,モースコウ市を照らす街の明かりもあっという間に遠くに行ってしまった。


周囲を見渡すと,まばらに生えた家や森林部が近くも遠くも関係なく物凄い速度で移動していく。 速度計は少しだけ距離があるせいで正確には確認できないが,軽く200km/hは越えている。 これほどの速度を出しながら揺れも一切感じないというのはすごい技術だ。


ただ,外の景色を見る限りでは……障害物にぶつからない理由に関しては,それだけではないようだ。


「見たところ,随分と寂れた道だな。 チャーチに着いて,そこから更にしばらく歩いたとはいえ,国際空港があるほどの都市部からそう離れているわけでもないだろうに」


「疑問に思うか。だが,その謎もじきに晴れるだろうさ」


「え……? っ!?」


きょとんとした直後,魔導四輪に漆黒の影が差す。 これは私達の上空に何かいるということ……その情報のみだと大したことには感じられないかもしれないが,問題はこの機体が今たたき出している速度。


普通に考えれば……この速度に普通の獣がついてこられるだろうか。


「ギャグァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ひぃいい!!?」


外の光景を示したモニターに映し出されたのは,翼開長20mは優に超えた巨体を誇る巨大な魔獣族。 しかもその色や特徴を見る限り,雷属性の竜族(ナーグッド)だ。


「来やがったな……だがこれはまさか,視認されている……!?」


平然と言うウルマーノフ氏の声をかき消すように,雷竜はその鉤爪を振りかざす。


「衝撃に備えろ,なんでもいいから掴まって手を離すなよ!」


「ギャォォオオオオオス!!」


雷鳴の如き飛び蹴りが私達の乗る魔導四輪を捉えかけた時,ウルマーノフ氏が横向きの魔導加速器を展開し,一気に炎属性の魔導エネルギーが噴出する。


突然の挙動に雷竜は対応できず,土煙を巻き上げながら着地すると同時に爆炎に巻き込まれる。


苦痛の悲鳴を上げている間にも,態勢を立て直した魔導四輪は猛スピードで離脱し,竜の索敵範囲から逃れた。


「び,びっくりした……まさかいきなりあんなのが襲ってくるなんて……」


「くそ……整備班め,隠密魔導の回路整備を怠ったな。しかしわかったろう。 出るのだよ,あーいうのが」


「なるほどな……確かに,それなら納得だ。周囲にも,強力な魔導生物の気配が増えてきた」


「そ,そうなんですか? って,ひぃい!?」


私自身はそうした魔導生物の気配など察知することが出来ないため,カトラ様の方に顔を向けて問いかけた瞬間,木々の隙間に巨大なゴリラのような影が垣間見えた。


慌てて振り向くも,魔導四輪の速度のせいですぐに見えなくなってしまった。だがあの姿は……


「ん……あぁ,あの気配か。


あれは恐らく,かつて私達が戦った魔獣族エヴィルアークの同一種……それも,ガガランドスの形態だろうな」


随分とあっさり言ってのけるカトラ様だが,ヨスミトタテ国立公園でガガランドスと遭遇した時の恐怖は,今でも記憶にこびりついて離れない。


そんな存在が,ああも当然のように闊歩しているなんて……この地域がどれほど危険な場所なのか,身にしみて理解できた。


「以前は狩猟組合にも依頼をして,大規模な開拓計画も組まれていたらしい。さっき通り過ぎた地域にも家屋に見える建物が残っているのは,いずれもその名残だ。


だが結果として,それらは魔獣達の縄張りを……自然を侵攻するには至らなかった。今ではもう,モースコウ市の外縁に展開された,魔獣の侵入を拒む魔導結界の外側には,いかなる居住区も建設は認められないそうだ」


「そ,そうなんですね……恐ろしい……」


「まぁ,奴らにどんな意志・目的があるか,細かいことまでは知る由もないが……少なくとも,モースコウを囲む結界の中にいれば問題はない。


一般の市民たちが生活する分には気にしなくてもいいからこそ,この無法地帯も放置されているのさ」


その“一般の市民たちが生活する分”に含まれないのが私達なのだと思うと気が滅入るが,今回の依頼を無事こなしさえすれば,比較的平和なメタヴィアス公国に戻ることが出来るのだ。 少しばかりの辛抱である。


なんとか気合を入れなおしていると,地図の画面を確認していたウルマーノフ氏が声をかけてくる。


「そろそろだな……おいお前達,特にメイドの方。


じきにこの地にしかないような,いい景色ってやつを見ることが出来るぞ。窓の外に目を向けておきな」


「え……? い,いい景色……?」


ウルマーノフ氏の言葉に疑問符を浮かべながら,言われた通り,窓の外に目を向けてみる。


まばらな森林地帯が高速で通り過ぎているばかり……そう思っていると,唐突に魔導四輪は森林を抜け,窓を塞いでいた木々が一気に消失した。


「うわぁあ……!!」


目の前に広がっていたのは,見渡す限りの純白の景色。


晴れ渡った空は雲一つない青に染まり,その最奥からは,(まばゆ)い太陽の輝きが照り付ける。


いつもならば恐怖の対象でしかない,蒼穹を舞う竜の姿も,芸術的な背景の一つとして取り込まれていた。


そしてその光を受け止める地上の景色は,一面澄み切った氷床(ひょうしょう)におおわれている。


まるで宝石を余すことなく散りばめ固めたかのようなその景色は,太陽の光を拡散しながら反射させ,全てが神秘的に(きらめ)いていた。


先ほどまで見ていた森林の風景からは想像もつかない幻想的な光景に,私は思わず息をのむ。


「どうだ,お前たちの住むメタヴィアス公国には……このような景色,見られないだろう」


得意げに鼻をならずウルマーノフ氏の言葉に返事も返せないほど,思わず見入ってしまっていた。


「さて,そろそろ中間地点を過ぎる。我ら狩猟組合,黒熊(チョルニー・ニヴィート)の本部も,あと半分ほどだ」


ウルマーノフ氏がそう言うと,魔導四輪はその軌道を若干修正する。


その方向から,目的地は遠方に見える,長大な山脈の周辺にあるのだろうか。


「あっ……わ,わかりました,もう半分くらいなんですね。


すみません,思わず見とれてしまいまして……」


「気にするな。 お前のような感情豊かな人間,久しぶりに見る。


周囲はそういった喜びの感情もろくに見せない,血気盛んな機械生命(アーティファクト)ばかりだからな」


そう口にするウルマーノフ氏の口調には,酒場で出会ったような堅苦しい雰囲気があまり感じられなかった。彼も彼で,何か心境に変化が起きているのかもしれない。


そう思っていると,唐突にカトラ様の低めの声が聞こえてくる。


「おい,ウルマーノフ……このまま進んで,本当に問題ないか」


「何だと? ……魔獣探知機には何も反応はないぞ」


画面を見ながらウルマーノフ氏がそう言った直後……突然,魔導四輪の右手前側から爆発音と衝撃が走り,車体がぐらりと大きく傾いた。


今後は1週間に1本程度の投稿頻度を目指していこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ