69発目 抜かずの太刀
「さて!」
カンっとフロロヴァ氏が腰に携えた刀剣を,鞘ごと霜の降りた大地に突き付ける。彼女の背丈にすら届くほどの大太刀を包む鞘には青く光る文字がびっしりと刻まれており,何かしら特別な魔導的性質を持った刀剣――すなわち,魔剣――の1本であることに間違いはなかった。
チャーチに来るまでに巻き起こっていた吹雪は多少なりを潜め,穏やかにその結晶が舞い落ちている。決して視界良好とは言えないものの,条件自体は対等だろう。
「準備は出来ているか,カトラ・フローリア!」
彼女の見据える先,50メートルほど離れた広場の端には,自慢の愛銃グローリアス・フローリアを構えるカトラ様。
「ああ,十全にな。そちらこそ,最初から剣を抜かなくてもいいのか?」
「構わん。この魔剣は,隣国ニッポンより呼び寄せた魔剣職人,トウショウ・マサクニの傑作が一つ。その戦術も,通常の刀剣などとは比較にならない異質さを誇るのだ」
「ほぅ……面白い。ならば,早速始めよう」
カトラ様の言葉を受け,フロロヴァ氏は我々のいる拠点の窓に目を向ける。合図を担当するウルマーノフ氏が頷き,その手を空に向けた。
「では……いきますよ」
しん,と静寂が訪れる。直接自分が相対するわけでもないのに,こちらの呼吸まで自然と抑制されてしまう。
そして,それがはっきり視認できるのではないかと思うほど緊張の糸が張り詰めた時,彼の手のひらから空砲が打ち出された。
ズドォオン!!
刹那,カトラ様の足が大地を砕く。魔導陣を展開しながら瞬きの間に肉薄するが,彼女の愛銃がその銃口を向けるより,フロロヴァ氏が刀身を振るう方が一歩速かった。
「はぁっ!!」
鍔を中心に円の軌道を描きながら,鋭利な鈍器はカトラ様を正確に捉えてくる。
跳躍した勢いのままぐりんと身体を捻ることで彼女はその強靭を回避する。直後,剣の軌道に沿ってぶわっと衝撃波が巻き起こり,嵐のような突風が私達のいる部屋の窓を強烈にガタガタと揺らしてくる。
そして,その間にも戦闘は止まらない。
回避した勢いのままにフロロヴァ氏に銃を構えたカトラ様。
フロロヴァ氏が跳躍すると同時にズガガガガガンと射撃音が響き,虚空を貫く凶弾はそのまま拠点の壁にはじかれていく。
空中で身を翻したフロロヴァ氏がその鞘をひと撫ですると,刻まれた紋章が青い輝きを放ちはじめる。
「爆!!」
「斬砲!!」
ドガァアアン!!
2人のちょうど中間の位置で,カトラ様の弾丸とフロロヴァ氏の衝撃波が衝突し,大爆発を引き起こす。濛々と煙が立ちのぼるも,すぐさまフロロヴァ氏の凛とした声がそれを裂いた。
「はぁぁあああっ!!」
強烈な刺突がカトラ様を捉える。
ガキィンと強烈な音が響き,弾き飛ばされた小さなお体が巨大な樹木に激突する。
「カトラ様!!」
しかし,カトラ様もまともにその一撃を喰らったわけではない。 衝突するまでの一瞬の間に姿勢を立て直し,脚から幹にぶつかることでその衝撃を最小限度に押し殺す。
そして,おおきくしなったそれが元に戻ろうとする力を使い,天高くその身を弾き飛ばした。
「烈……砲,爆!」
連続して引き金を引き,1撃でも致命傷となる凶弾が雨のように降り注ぐ。
その合間を縫うようにステップを踏み,フロロヴァ氏は巻き上げられた煙に紛れて姿を隠す。見事に爆撃を躱しきった彼女は,カトラ様の着地する予測点に突如姿を現すと,その勢いのまま刀を振るう。
「ちッ!」
ギリギリのところで弾を空中に固定し,そこに掴まるカトラ様。 魔剣の切っ先は空を切り,衝撃波がその軌道上にあった雪を見事に裂いた。
「散!」
カトラ様が引き金を引いたのと,フロロヴァ氏がその射線上から身体を逸らしたのもほぼ同時。ズガンという射撃音一発で,彼女の足元だった場所に無数の弾痕が刻み込まれた。
着地と同時にフロロヴァ氏が刀を振るい,それを躱してカトラ様が引き金を引く。
回避の動きをそのまま使った斬撃が空を裂き,剣筋の根本を正確に捉えた射撃が天を穿つ。
放たれる衝撃波と銃弾は,彼女らの周囲を飛び交い弾け,ぶつかり合って炸裂する。
その様相は,まるで舞踊。
互いにゼロ距離で切迫し,目まぐるしく回避と攻撃を繰り返す二人の動きは,最早この目で追うことも出来ず,呼吸すら忘れるほどの“美しさ”がそこにはあった。
「す,凄い……」
思わず見惚れた私の口から,自然と言葉が漏れてくる。
今まで巨大な魔獣達と繰り広げてきた,派手で豪快な戦闘ともまた違う,極限の集中力によって繰り広げられる繊細な攻防。 しかしその様相の変化もまた,唐突に訪れるものだった。
ガキィイン!!
銃撃を躱し,攻撃に転じようとしたフロロヴァ氏が魔剣を振り切る寸前,カトラ様が銃身を打ち合わせる。
一瞬の鍔迫り合いの後,互いの身体が離れると同時。
「連!!」
「はぁあっ!!」
無数の細かい衝撃波と銃弾が放たれた。
ドドドドン! ドドン! ドガガガガガン!!
衝撃波と銃弾がかちあい,カトラ様とフロロヴァ氏の間で破裂音が連発する。
お互いに移動しながら撃ちあい,流れ弾は拠点の重厚な壁面に傷をつけ,樹木に風穴を開けていく。
「お互い,攻撃範囲に死角なし……隙を見せた方が負けということか……!」
「さあ,どうかな……貴様の戦術の幅がこの程度なら,拍子抜けもいいとこだ!」
「そう言う貴様は,大層な隠し玉を持っているんだろうな!」
回避しながら射撃を繰り返す膠着状態を,先に解いたのはカトラ様。互いの攻撃によって削り取られた樹木の一本に脚をかけると,真下に向けて銃を構える。
「轟!」
引き金をひくと,どぉんという強烈な衝撃と土煙が巻き起こる。フロロヴァ氏の放った衝撃波がそれを貫いて払いのけるも,そのお姿はそこにはなかった。
「上か!!」
その場の誰よりも早くフロロヴァ氏が顔を向けるが,そのころにはもう遅い。
途中に生成した銃弾を足場に跳躍を重ね,彼女は遥か上空まで飛び上がっていた。
「爆……砲……集……貫……旋……!」
魔導陣を幾重にも展開し,魔導エネルギーの塊が集約する。
引き金を引くと同時に,ぎらりと強烈な光を放つ。
「大天砲……戦女神の破槍!!」
天空より飛来した巨大な槍が,一気に地上に撃ち込まれる。
衝撃が大気を揺るがし,窓を貫通してこちらにまで襲い掛かった。
「あぐぅぅううう!!?」
大地が唸り声をあげ,立っていられないほどの地響きが巻き起こる。
その振動は,光の柱が収束し,地面を穿つ大穴が露わになった後も,しばらくの間残っていた。
「ぁぅう……」
ザン,とカトラ様が着地する音が聞こえる。
なんとか身体を起こすと,そこには惨憺たる光景が広がっていた。
強烈な衝撃に晒され,形が戻らないほど反り曲がった木々。
膨大なエネルギーによって蒸発し,水蒸気と化した霜。
そしてその被害の中心に空いた,細いながらも巨大で深い大穴。
先ほどの攻防が可愛く見えるほどの状況だった。
「さあ,どうだ? お望み通り,少しばかり手札を見せてやったが。 生き残っているのだろう?」
「い,生き残ってって……本当に大丈夫なんですか?」
慌てて窓に寄って周囲を探すと,カトラ様の銃口の先に瓦礫が積もった場所があることに気付く。
その直後,がらっと音を立ててそれが崩れ,中からぐったりしたフロロヴァ氏が現われた。
「ふ,フロロヴァさん!」
「待ちな,大丈夫だ」
助けに向かった方がいいのではないかと窓を開けようとした私をウルマーノフ氏が遮る。
「あの程度で動きが鈍るようでは,うちの指揮官など勤まらんさ。
それに,今から外に出ようなど,それこそ自殺行為だろうさ」
「えっ……?」
疑問に思って窓の外に目線を移すと,時を同じくしてフロロヴァ氏が魔剣を腰に当て,姿勢を低くして構えを作る。
「貴様の能力の片鱗……よくわかった。
それでは,今度は……こちらの番だ」
その言葉を言い終えると,フロロヴァ氏はふっと笑みを浮かべ,その鍔口をばちんと切る。
刹那。
「っ!!!」
ズバン!!
横薙ぎ一閃。
振り払われた魔剣の衝撃は,跳躍したカトラ様の足元を掠め,広大な森林地帯を瞬く間に走り抜ける。
更に一拍の間を置いた直後のことだった。
中間拠点の裏を覆っていた,領地ひとつ分はあるであろう広大な針葉樹林が,同時に全て崩れ落ちたのは。




