68発目 黒き蛮族を統べる白銀の騎士
「この上にあるのが拠点の中心となる酒場だ。お前達の所属するQROと同様交流から依頼の受注まで一本化されている。少々喧しいだろうが,長居するわけでもないから気にする必要はない」
「わ,わかりました」
既に扉の向こうからはわいわいと声が聞こえてくる。扉の厚さにも依るだろうが,見た感じ決して薄くはなく,この扉を越えて響いてくるなどよっぽどだろう。
狩猟に特化した組合ということで心構えは来る前からしているつもりだが,驚かずにいられるだろうか……そう思っていると,特にためらうことなくウルマーノフ氏は扉を開ける。
目の前に広がったその光景は,想像を越えるものだった。
「ぉおい!!度数がまるで足りないぞ!!俺達をガス欠にさせるつもりかぁ!?」
「ひぇ……!?」
地下通路を抜けて扉を開けた途端,強烈な怒号が響いてくる。見てみると,クマと見まごうほどのガタイを誇る男性――顔のところどころに機械的な装飾が見られるため,恐らく機械生命なのだろう――が,カウンターに向かって咆えていた。
「はーい,ただいまー!ジョッキー追加はいりまーす!!」
給仕をしている女性も女性で,大量のジョッキーを自身の身長より高く積み上げ,それを片腕で軽々運んでいる。常人では明らかに不可能な動きをしており,彼女もまた機械生命なのだろう。その光景だけでも,この狩猟組合・黒熊の異様さがありありと伝わってくる・
だがしかし,聞こえてくるのはがやがやと騒ぐ人の声だけではなかった。
「クソッタレが,あんまり調子に乗ってると吹き飛ばすぞ!」
「あぁん!? 上等だよ,てめぇのその腕,最近付け替えたばっかの新品なんだってなあ? 新しいの買いなおす契機作ってやる!」
ガタガタ,ガチャンと机が倒れ,自慢の得物のかち合う音がする。
思わず目線を向けると,既に臨戦態勢に入って野生動物の如き凶悪な目を爛々と輝かせた男性2人組が掴みあってギリギリと鍔迫り合いを始めていた。
「な,何なんですか,今の声……それに向こうのは,喧嘩……!?」
「どちらにも付き合うな,放っておけ。お前みたいな生身の人間が間に入っても死ぬだけだぞ」
思わず止めようとするも,ウルマーノフ氏が遮ってくる。彼曰く,ここを含めた中間拠点は野蛮な者達が機械生命・生身の人間共に大半を占めており,いちいち止めに入っていては命がいくつあっても足りないほどなのだそうだ。
「蛮族どもめ」
カトラ様のあきれ果てた呟きも,彼らの喧騒の中でかき消えてしまったようだ。
「まぁ,この施設に長居するつもりはない。さっさと奥の部屋に行くぞ」
そう言うとウルマーノフ氏は騒ぎの起こっている部屋の中心部を迂回しながら,カウンター奥の扉へと入っていく。彼の歩みに従って扉を潜ると,なにやら壁に沿って書類の並んだ細長い空間が広がっていた。その向こうにはすぐに扉が置かれている。
「ここは……資料室?」
「兼,遮音室だ。ああも騒々しい空間にいては,会議などの進行にも支障が出るからな」
「というと……この先にいる者が,この中間拠点の管理者,というわけか」
こくんとウルマーノフ氏は頷いて肯定する。扉を2~3度ノックすると,奥から「入れ」と凛とした女性の声が聞こえてきた。
「あぁ,ウルマーノフ。そろそろ来る頃だと思っていた。彼女らが,団長の言っていた者達か」
「よ,よろしくお願いします……」
つややかに煌く黄金の長髪を後ろで一つにまとめたその女性は,両肘をつき,顔の前で手を組んだまま,つりあがった鋭い瞳をこちらに向けてくる。白いふさふさの毛皮のついた,青色の長いコートを纏っており,その出で立ちは先ほどの集会所にいた男性たちとも一線を画す,しなやかさと芯の強さを感じられた。
「ええ。これから本部へ向かいます。魔導4輪の起動キーをいただきたい」
「ああ。団長からの依頼だからな,そこに問題はない。が……」
「どうかしたんですか?」
彼女はこちらを……いや,私の後ろに佇むカトラ様の方を,じっと見つめている。その目線につられて視線を移すと,カトラ様も真っすぐに彼女を見つめていた。
静寂が訪れ,張り詰めた空気が部屋を包む。相対した2人の強者たちが放つ殺気。お互い自身の腰に提げた武器に手もかけていないにも関わらず,冷たく熾烈な攻防が繰り広げられているのが明らかにわかった。
「……名前は」
「……他者の素性を知りたいのなら,まずはそちらから明かすという礼節を知らないのか,蛮族の長よ」
静かな問いかけに返すカトラ様の言葉に含まれていたのは,明らかな敵意だった。普通の交渉の場なら間違いなく破談になっているような状況だ。だが,この空間は“普通の”交渉の場ではなかったのだろう。
満足そうにふっと哂うと,彼女は椅子から立ち上がる。
「また随分と,生意気な奴がきたものだ。上等。
私はシベリア=キエフ共和国,元陸軍少将……そして,現狩猟組合・黒熊が誇る5大将が1人。名は,イヴァンナ・フロロヴァ」
ツカツカと歩み寄りながら名乗りを上げる,フロロヴァ氏。5大将……ということは,これほどの気品を放つ強者を他に4人も抱えているということ。改めて,自分たちの相対している組織の規模を実感した。
しかし,カトラ様とて負けてはいない。自身より二回り以上も背が高いフロロヴァ氏を真っすぐ睨み,凛とした声で返報する。
「元メタヴィアス公国グルーオン伯爵令嬢にして,現シノゾイック工房狩猟依頼管理事務所所属。名はカトラ・フローリアだ」
「ほぅ……なるほど,元とはいえ本物の貴族だったというわけか。ますます興味深い」
フロロヴァ氏はそう言うと,コートの裾を翻す。
「外に出ろ,カトラ・フローリア。このイヴァンナとの決闘を受けてもらう。貴様が勝利することが出来れば,先ほどウルマーノフの言っていたキーを渡してやる」
「んな……!? ふ,普通に渡してくれるのではないのですか!?」
「つまらんだろう,それでは。 私とて雑魚に囲まれた暑苦しいんだか寒いんだかわからん空間に放り込まれて辟易していたのだ,少しくらい骨のあるものと戦わせろ」
「えぇ……」
要するに,完全に彼女の我儘だ。先ほどのウルマーノフ氏とのやりとりから察するに,キーの受け渡しは“団長”から命令されたことだろうに,勝てなければキーを渡さないなどと言って大丈夫なのだろうか。
しかもこの宣戦布告,文字通り名乗りあった直後である。見た目からは想像もつかないこの血の気の多さ……ここまでくると,本当に“蛮族”以外の言葉が見当たらない。
「ど,どうするんですかカトラ様,こんな無茶ぶり……」
「いいだろう,この崇高なるカトラ・フローリアも,このような辺鄙な僻地に飛ばされて鬱憤が溜まっていたところだ。貴様を蜂の巣にして憂さ晴らしするとしよう」
「ええ……」
カトラ様,思った以上にウッキウキである。 さっきからこの拠点の人たちに対して蛮族蛮族言っていたが,実は人のこと言えないのではないか?
「くはははは,舐められたものだ。場所はこの窓から外に出た先に広がる平地。その先にはアラグラの針葉樹林が広がっているが,そこには入らないものとする。お互いの得物を全て落とした方の負けとする。これでいいな」
「ああ,構わない。それではミーア,少し暴れてくる。この部屋から決して出るんじゃないぞ」
「もう,好きにしてください……」
異論をはさむ余地すらなく,とんとん拍子で決闘の流れが決まっていく。呆れてため息をつく私の背中を軽くたたいてくれたウルマーノフ氏だけが,今の私の理解者だった。




