67発目 機械生命(アーティファクト)
「何をしている。早くいくぞ」
はっと気が付いた時には,彼の腕は元の人間の腕に戻っていた。
「う,ウルマーノフさん……貴方の腕,一体どうなって……」
困惑する私に向けて,カトラ様が解説を加える。
「薄々感づいてはいたが……なるほど。お前のような存在が,機械生命か」
「機械生命……って,あの!?」
「なんだ。……お前たち,見るのは初めてか?」
機械生命。
それは一言でいえば,生命活動を行う機械。
シベリア=キエフ共和国でのみ存在が確認されている希少な魔導生物であり,生物と非生物の中間ともいえる存在。その説明からてっきりもっと機械じみているというか,無機質な感じがするのだろうと思っていただけに,こうも人間と見分けがつかないとは思ってもみなかった。
「す,すみません!噂には聞いていたのですが,あまりに人間らしい挙動でしたので,てっきり……」
私が平謝りすると,ウルマーノフ氏は再びあきれ顔をする。
「全く,いちいち大げさな反応をするものだ。わかったから頭を上げろ。
この国では,我々機械生命と他の生命との間に何の違いもないし,機械生命が機械生命であることに特別な要素は何もない。妙な腫物扱いされても困る」
「そうなんですね。失礼しました……」
「しかし,そうだな……お前たちの中で,我々機械生命がそれほど珍しい未知の存在であるということはよくわかった。今のまま協働依頼を進めて不和が起きても面倒だ……ここからポータルのある小屋までは少しだけ時間もかかる,歩きながら少しばかり説明してやろう」
そういうとウルマーノフ氏は私達を地下通路の中へ招き入れる。3人が門をくぐるとひとりでに門は閉まり,一瞬だけ私達の視界が漆黒に塗り潰される。
「わっ……!明かり明かり……」
「心配は要らん」
手探りでバッグの中を漁ろうとすると,ぴかっと青い光がウルマーノフ氏の手のひらに点灯する。彼の手首に伸びたレバーをぐっと引くと,それは軽い音と共に射出され,空中に浮かび上がった。
「我々黒熊の活動は夜間に行われることも多い。所属する機械生命連中には,共通して明かりを灯せる機構がカスタマイズされているんだよ」
「おお……さ,流石です」
「さて。……まず,前提知識を聞こうか。お前たちは我々機械生命について,どこまで知っている?」
歩き始めたウルマーノフ氏が問いかける。それに答えたのはカトラ様だ。
「生命活動を行う機械。その肉体構造は完全に無機物の機械であるが,我々通常の生命体と同様に食物を摂取し,エネルギー補給を行える。そして,全機械生命はその根源となる母,マザー・ブラッホから生み出された存在であり,個体ごとの生殖能力は持ってはいない。私が知っているのはそのくらいだな」
「そ,そうなんですね……」
「その程度か,わかった。……まぁ,全くの無知ではない,といったところだな」
正直言って,今のカトラ様の説明だけでも,私の知らないことばかりだった。そしてその言葉を受けたウルマーノフ氏は,ふんっと鼻を鳴らし,機嫌が良いとも悪いとも取れない微妙な反応を返してくる。そんな彼に向けて,カトラ様はひとつの疑問を投げかける。
「しかし気になるのは,マザー・ブラッホについてだ。全ての機械生命を生み出している,大いなる母と言われてはいるが……彼女はいったい何者なんだ?」
「……気になるか?」
「あぁ……それは私も気になります。先ほどのカトラ様の説明でも“すべての機械生命を生み出した存在”ということは理解できますけど……そんなに凄い能力を持った存在なら,周辺の各国から命を狙われてもおかしくないのではないでしょうか?」
機械生命を生み出す,ということがいまいちどういう能力を使っているのかは定かではないが,そっくりそのままウルマーノフ氏のような機械生命を生み出すにしろ,何らかの機械に生命を与えているにしろ,今までに聞いたこともないような貴重で素晴らしい能力であることに変わりはない。そんな人物,どんな国家でも狙わない手はないだろうに。
そんな我々の疑問に対し,ウルマーノフ氏は意外なことに,ふっと笑みを浮かべてきた。
「お前達……何か勘違いをしていないか?われらが大いなるマザー・ブラッホは,狙ったとて絶対に手に入れることは不可能だ。凍てつくシベリアの大地から,動かすことすら能わない」
「動かすことも出来ない? 一体どういうことですか?」
「教えてやろう。マザー・ブラッホという存在は……ほかのどの魔導生命とも合致しない,特別な存在。
彼女は……無機物に生命を与えるという,“能力を持った大地”だ」
「……えっ……?能力を持った,大地……?」
あまりにも意味不明な説明に,言われた言葉をそのまま聞き返すことしか出来ない私を彼は笑う。
「マザーが人間たちに発見されたのは,今より150年ほど前の話。その時は,ちょうどシベリア=キエフ共和国において大規模な地震が発生し,シベリア地方各地に大きな岩盤の亀裂が出来ていた。その調査をしている最中,人間たちは気づいたのだ。
亀裂が入り,破損したはずの岩盤の一部が……いつの間にか,元通りに治っていることにな」
「岩盤が……治る?」
「そう。早速人間たちはその岩盤を調査した。巨大なドリルを使って穴を開けたり,その一部を爆弾で破壊したりしてな。
しかしその岩盤では,まるで生き物の負った怪我が自然に治癒するように,破損が治っていったのだ。それと同時に,人間たちが持ち込んでいた無機質な機械達が,ひとりでに動き出した。意志を持ち,ものを食べるようになり,代謝をする,無機質な生命へと変わったのだ」
「んな……!?つ,つまり,その岩盤というのが……!?」
「そう。“無機物に生命を与える”というポテンシャル型の魔導回路を持った,生きた岩盤。それがマザー・ブラッホの正体だ」
あまりの規模の大きさに,私は息をのんだ。ウルマーノフ氏が“母”とか“彼女”とか言っていただけに,てっきり私達と同じようなスケールだと錯覚してしまっていた。
「なるほどな。それは狙うことも出来ないわけだ。岩盤を丸ごと持ち運ぶなどという所業など,できようはずもない。それに,もし彼女が機械生命を作ることを拒否したらとも考えたが……彼女が意図してお前たちを生み出しているわけではないのだから,そういった問題もないわけだな」
「そうなるな。今では彼女の効果を受け付けない特殊な結界を張った巨大な工場が建設され,日々我々の兄弟姉妹が生み出されている。といっても,その工場で生み出されているのは“心臓”と呼ばれる核の部分のみ,かくいう俺も意識が芽生えたのはマザーから遠く離れた場所にある工房だった」
「なんだか不思議な話ですね……本当に,機械と生命の中間みたいな感じ……」
仮にも1つの命を工場でライン作業によって生み出すというのは非人道的にも感じられるが,一方で根本は機械であることやマザーの意思が介していないことを踏まえると,問題がないようにも感じてしまう。今の私が納得するには,あまりに複雑な事情だった。
そんなことを思っている間にも歩みは進められていたようで,不意に立ち止まったウルマーノフ氏の目の前には長い階段があった。
「そら,そんなことを話している間にも到着したぞ。この階段を上ったドアの先が,我々の中間拠点だ」




