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66発目 教会から続く,秘密の通路

「女2人。メイルートのカクテルをひとつずつ。お前達だな……クイーン・ファイスから送られてきた使者というのは」


 どすの効いた低い声で言いながら,どかっと男は私達の間に腰掛ける。座して尚私の身長よりも高いようにも感じられる彼の背中は,逆らうことの許されない,強烈な威圧感を私達に突き付けてくる。


「俺はこの国を支配する狩猟組合のひとつ,黒熊(チョルニー・ニヴィート)に所属している。1つ目の偽名はウルマーノフ……皆これで呼んでいる。お前達もそう呼ぶといい」


 彼は当然のように,“1つ目の偽名”と発言する。それはつまり,彼の生きる環境では,複数の偽名を採用することが当たり前になるほど,本名を知られることへのリスクが非常に高いということ。このリスクは,カトラ様のように魔獣族と戦う上では発生し得ない。彼らの行う“狩猟”の意味も……これでは,意味が変わってしまう。


 そんなことを思っていると,ウルマーノフ氏はこちらにぎろりと目を向ける。殺意の籠った槍のような視線にぞわっと背筋に怖気が走るが,同時にその瞳にはどこか違和感のようなものを感じられた。


「何をしている,早く飲んでしまえ。こんな酒場で説明してやれるようなことも,長居する意味もない」


「えっ!?あ,は,はい……!」


 気迫に押され,急いでカクテルを口に運ぶ。飲んでいくうちにぽかぽかと身体が温まっていき,アルコールの作用も相まって空調の効いた部屋の中にいればコートも要らないくらいになる。特有の酸味も気分は気分を爽やかにしてくれ,交渉に適した頭に切り替えてくれた。ふぅっとため息をついてカトラ様の方を見ると,彼女は既に暇を持て余してスケジュール帳に目を通していた。


「飲み終えたな。では,行くぞ」


 それだけ言うとウルマーノフ氏は席を立つ。会計を済ませて店を出ると,その瞬間にごうっと強烈な冷気が襲い掛かった。


「わぶ……」


「ただの風だ,いちいち反応していてはきりがないぞ。さっさと歩け」


「は,はいぃ……!」


 雪の降り積もった滑りやすい道にも関わらず,私以外の2人はずんずん進んでいく。それだけでもついていくのが精いっぱいな上に吹き荒れる雪によって視界も悪く,ともすれば二人の影を見失ってしまいそうだ。


「はぁ,はぁ……!あ,あと,どのくらいで……目的地に,着くんですか……?」


 駆け足でウルマーノフ氏の元に寄って問いかけると,彼ははぁっとため息をついて進行方向に首を向ける。


「全く,これだから余所者は……ほら,もうすぐ着く。あれを見てみろ」


「あれ……?」


 彼の動きにつられ,自然とその方向に目が動く。


 何も見えない。


 いや,吹雪によって目の前の建物も上手く識別できないというのに,“あれ”といって示されるような場所にある建物など見つかるはずもないだろう。彼には何が見えているのかと目をぱちくりさせていると,カトラ様もやれやれとため息をつく。


「視覚機能がお前たちと我々では違うのだ,この視界では私も見えん。四の五の言わずに歩いて辿り着いた方が早い。さっさと行くぞ」


「は,はいぃ……かしこまりましたぁ……」


 今回ばかりはカトラ様も味方になってはくれなかった。この程度のことで悲鳴を上げていては,崇高なる彼女に仕える召使としての責務を果たすことは難しいということなのだろう。


 そう自身を鼓舞して2人についていくと,吹きすさぶ雪の向こうに,なるほど特徴的な建物の屋根が見えてきた。


「着いたぞ。この中に入る」


「これは……神殿?」


 最初に目についたのは,建物入り口のほぼ中心部に描かれた,大きな十字架。ひげを生やした半裸の男性が磔にされている場面を模したそれはくすんで色あせており,そこに威厳を見出すことは出来ないが,かろうじて残った塗装から察するに,この神殿が栄えていたころは,黄金に輝くさぞ神秘的なシンボルとなっていたのであろう。


 かつて栄華を極めたはずのその建物は,こんな街中にありながら崩壊しかけており,最早取り壊されるのも時間の問題なのではと思うほどになってしまっていた。


「チャーチ,と呼ばれる建物だったそうだ。冥望異変が起きる前……最も信者の多かった神の神殿。まぁ,今となってはもう,その修繕費すら用意できないようだがな」


「盛者必衰……ということですね。しかし,何故取り壊されないのでしょうか?」


「主神を失った今でも,その配下となる英霊たちが生き残って,信奉を繋いでいるそうだ。この街にも少数ながら信奉者はいるようでな,時たま出入りしているのを見かけるよ」


「そうなんですね……」


「まぁ,特に管理している者もいないようだがな。お陰で取り壊されることもなく,我々が隠れて移動するルートのひとつとして,利用させて貰っている。感謝しているよ」


 ふっと黒い笑みを浮かべるウルマーノフ氏。その皮肉の効いた一言に,私は笑みを返すことしか出来なかった。


 チャーチの中に入ると,色とりどりの硝子(がらす)によって構成された美しい絵画が正面に見え,広い室内には古ぼけた長椅子が整然と並べられている。椅子の配置や絵画だけはきっちりしている辺り,信奉者達のなけなしの努力が垣間見えた。


「こっちだ」


 だがしかし,我々にとってそれらは何ら重要なものではない。ウルマーノフ氏はまっすぐ部屋の左端に向かい,そこに佇む扉の前で立ち止まる。巨大な分厚いそれには鍵穴のようなものがついてはいるものの,その大きさは私達が日常的に使っているものの数倍は大きく,一体何を使ってこの鍵を開けるのかさっぱり判別がつかなかった。


「この部屋の奥に……?」


「ああ。わが狩猟組合・黒熊(チョルニー・ニヴィート)の拠点へ向かうための中間拠点がある」


 そう言うと彼は,右の手の手袋をぱっととる。分厚い手袋に包まれていたその手は,岩のように硬くごつごつした印象を与えてくる。


 しかし……私が驚愕に目を見開いたのは,その後……ウルマーノフ氏がドアに手をかざした時だった。


 ヴヴゥゥウウウン……


 ウルマーノフ氏の手のひらに血管とは明らかに違う赤色の線が走りはじめ,金属音が響いてくる。


「えっ……?って,ひぃい!?」


 1拍の間の後,突然彼の腕がガキガキ音を立てて分裂・変形をはじめ,巨大な鍵穴に収まっていく。


 ガコン,と音がすると,今度は地響きをたてて扉の方が動き始める。


「あわわわわわ……!?」


 目の前に開かれた光景は,まるで魔獣の口のような,巨大で真っ黒な地下への通路だった。


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