64発目 獄雷鳥サンダーバード
ぶあっと風が巻き起こる。
稲妻はサンダーバードの興奮に乗じて更に激しさを増し,ばりばりと空中を駆けまわる。
先ほどまで爽やかな静寂に包まれていた空気は既に一変していた。
「ひぃぃいいいいい!助けてくれぇ!!」
「こんな空中で襲われちゃ,逃げ場がねえよお!!」
機内はまさに阿鼻叫喚,機内放送すらよく聞こえないほどの大騒ぎ。スタッフの必死の努力によって,なんとか座席までの人の流れはでき始めたものの,沈静化はなかなかかなわない。
こんな時,カトラ様ならどうするだろうか……必死に試案を巡らそうとするが,そんな悠長なことは状況が許してくれない。
「キュァァアアアアアアアアアアア!!」
太陽を背にして威風堂々と羽ばたいていた獄雷鳥が,咆哮をあげて動き出す。
大きく翼を広げて加速し,巨大な脚部で蹴りつけた。
ガギィイン!!
鉤爪が結界の表面に食い込み,ぎりぎりと火花を上げて軋む。
「ピギュォォオオオオン!!」
苛立ち交じりにいななくと,獄雷鳥はその凶脚を力任せに結界に向かって打ち付け始める。
ガキン,ガキンと何度も衝撃音が響いてくる。責め苦を受けているのは防衛用の結界であることから機体そのものにダメージや振動は発生していないものの,このまま攻撃を受け続けていればじきに結界が破壊されてしまってもおかしくない。一体どうすれば……そう思った時,待ち望んだ声が私の耳朶を撃った。
「ミーア!すまない,遅くなった」
「カトラ様!よくぞご無事で!」
そこにいらしたのは,数名のスタッフを引き連れたカトラ様。彼女の手に握られていたのは,普段使いの魔導機銃ではなく小型のハンドガン。恐らく機内に常備されている,圧巻迎撃用の簡素なものだろう。
「ああ,お前も怪我がない様子でよかった。全く,油断も隙もあったものではないな」
「そうですね……いかがいたしますか?」
私の質問には,カトラ様の後ろにいたスタッフの一人が自信ありげに回答をする。
「私達はよっぽどのことがない限り,動かなくとも問題ありません。この船には竜族をも一撃で墜とすことが可能な大砲,撃竜砲が搭載されています。そこのお嬢様がもし万が一のためだと言って聞かなかったので,我々がその魔導機銃をお貸ししましたが……まぁあんな魔獣如き,へでもありませんよ」
「迎撃用の,魔導兵器?」
「はい。ほら,今に動き始めましたよ」
その声とともに,ゴウンゴウンと重厚な音が機内を震わせはじめる。
「さあ,見ていてください……!」
機体下部のハッチが開くと,ヒト1人がもぐりこめるほど巨大な砲門が3門,その首を回す。
「迎撃装置,作動。迎撃装置,作動。乗員・乗客の皆様は,衝撃に備えてください……」
アナウンスが入り,スタッフもそれに従い,乗客に何か物につかまるように指示を出す。
ギュォォォォオオオオオオオオン……
砲身に炎属性の魔導エネルギーが充満し,警告音がひときわ強くなる。
「グェア……?」
結界に攻撃を仕掛け続けていたサンダーバードが何かに気付いた声を上げる。しかしそのころには,撃竜砲の出力は最大限にまで高まっていた。
張り詰めた緊張感からくる一拍の間。その直後……
ズガァァアアアアアアアアアアアン!!
ゼロ距離で3門共に火を噴き,結界が軋むほどの大爆発を引き起こす。
「あぐぅぅううう!?」
GK反動制御技術を以てしても抑えきれない反動により,機体も大きく揺れ動く。
爆炎が晴れた先には,巨大な火球に包まれたサンダーバードが落ちていくのが確認できた。
「わぁ……!す,凄い,あれだけ巨大な魔獣を一撃で……」
「言ったでしょう?大丈夫ですって。皆様に安全な空の旅をお楽しみいただくための対策は,完璧なんですよ」
はっはっは,と高らかに笑うスタッフに対し,カトラ様は衝撃が落ち着いてすぐに窓際まで駆け寄っていく。
「カトラ様……?」
雲海に消えたサンダーバードは,再び姿を現す気配はない。普通ならこれで一件落着といくところの筈だが,カトラ様には引っかかることがあるのだろうか。
そう思っていると,ぽつりと彼女が呟く。
「大気中の帯電反応が消えていない」
「え?」
瞬間,脱兎のごとくカトラ様は駆け出していく。
「ああ,お待ちくださいカトラ様!」
慌てて追いかけ,甲板に出た刹那……
バリバリバリバリ!!
爆音と共に,巨大な稲妻の柱が雲海の中にそびえたった。
「ギュァァアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオン!!」
その身体はまさに,雷で出来た巨大な鳥。先ほどまでの緑色でずんぐりした体型の面影は全くなく,ばちばちと雷電をほとばしらせ,細身でより鋭利なシルエットへと変貌していた。
「アレが“獄雷鳥”の本体……さては,表皮を脱ぎ捨てたな」
「ええっ!?表皮……?どういうことですか,カトラ様?」
「さっきまで我々が見ていたあの鳥の姿……恐らくあれは,いつでも脱ぐことが出来る鎧のようなもの。どれだけ強大な攻撃を受けたとしても,あの表皮がある限り,今見えている本体にダメージが及ぶことはない」
「そ,そんな……!あの強力な砲撃が,無意味だったってことですか……!?」
私の悲痛な声とほぼ同時に,甲板の入り口から続々とスタッフが飛び出してくる。
「そ,そんな……倒したはずなのに!」
「おい,今すぐ2発目の装填をしろ!いそげ!!」
驚愕に目を見開く者,内線に向かって声を張り上げる者……どちらにせよ,全員パニック状態にあることは火を見るよりも明らかだ。
しかし……カトラ様は,ふっと笑ってハンドガンを構えていた。
「無意味ではないさ……皮をはがす手間が省けたわけだからな。
ここからは,この崇高なるカトラ・フローリアの舞台だ!結界を解け!」
カトラ様は声を張り上げ,慌ててスタッフの一人が指示を出して結界魔導を解除する。
カトラ様は目にもちまらぬ速さで甲板を飛び出し,自ら生成する魔導弾を足場にしてまたたくまにサンダーバードに肉薄する。
「縛,集……鉤!」
数発の銃声と共に,ガキ,ガキンと金属のような音がする。
「キュゥアァァアアアアン!?」
サンダーバードの悲鳴が上がる。よく見ると,その胸部や翼には青白い楔のようなものが撃ち込まれていた。
「烈,爆,速,連……剛!!」
ドガガガガガガガガガガガガガン!!
目にもとまらぬ速さで雷電化した体に撃ち込まれていく銃弾たち。
悲鳴を上げることすらままならない獄雷鳥の姿は,まさに巨大な的と言っても差し支えないほどだった。
「とどめだ……簡易極砲!戦女神の一滴!!」
その声と共に,一発の弾丸が獄雷鳥の中心部分に撃ち込まれる。
一拍の間が空いた直後,強烈な大爆発を伴って,今度こそサンダーバードは四散消滅するのであった。
♢♢♢♢♢
「大変長らくのご搭乗,お疲れ様でした.当機は間もなく,マウルバーグ空港へと着陸いたします。繰り返して……」
アナウンスが入り,座席の座標固定魔導陣のロックが入る。ゴゴゴゴゴゴゴっと音がして,ふわっと浮かぶような感覚が訪れた。
サンダーバードの討伐から,既に1時間ほどが経過している。落ち着きを取り戻していた機内には,着陸に向けてまた違ったざわめきが起こり始めていた。
「そろそろみたいですねカトラ様。シベリア=キエフ共和国……一体どんなところなんでしょう」
「全く,そんなに顔をほころばせて,観光にでも行くつもりか?たるんだ覚悟ならおいていくぞ」
「うぅ……申し訳ございません。しっかり責務を果たさせていただきます……」
にべもないカトラ様のお言葉。私の気分は,今の窓の外のような雲でいっぱいだ。
そう思っていると,じきに機体は雲のゾーンを越え,地上が見えてくる。
「これは……」
周囲に広がっていた景色は……一面に雪が降り積もった銀世界。
シベリア=キエフ共和国……極寒に包まれた,氷と機械の世界だった。




