61発目 シベリア・キエフ共和国
「シベリア・キエフ共和国,だと……?」
所長室に用意された椅子に座り,カトラ様は顎に指を当てる。
その国は,私達のいるメタヴィアス公国から遥か北東,極圏にほど近い場所に位置する巨大な国家。
私も噂で聞いた程度だが,なんでもその地では肉体が機械で構成された生命体・機械生命が生産される土地であり,文字通り機械と人間が共に暮らす異質な国家であるとのことだ。
しかし,カトラ様が引っかかっておられるのは,そこではない。
「どういうことだ?かの地は,闇竜皇を復活させるための超国家魔導陣の範囲には,国土の一片たりとも含まれていないはず。そんな場所に,一体何の用事があるというのだ……」
そう。サリエルの,そして彼女が頂点に君臨する宗教団体・冥帝教の目的は,闇属性の竜族達の頂点に君臨する皇獣族……闇竜皇・ラドナグライヴァの復活。今まで見てきた冥帝教の規模から推測しても,とても適当に組んでいる計画とは思えず,その目的から外れた身勝手な行動をとることは,たとえ教祖だろうと構成員からの顰蹙を買うのではないだろうか。
「何か,闇竜皇の復活以外にも,進めている計画がある,ということでしょうか。それとも,今すぐに計画を進められない,あるいは進めてはいけない理由などがあるということなのかもしれませんね」
「別の計画……ないしは,計画を進められない理由……」
ぱらぱらと手帳を捲りながらカトラ様はそうつぶやく。彼女の手が止まったのは,緑の付箋のあるエリア,ヨスミトタテ国立公園での出来事を纏めた箇所だ。
「奴と初めて遭遇したのは,ヨスミトタテ国立公園。エヴィルアーク達の暴走を引き起こしたのがサリエルだった。黎明の泉で獲れる素材が,何かしらの計画に必要だと判断したために,それの採取を邪魔せぬようにエヴィルアーク達を暴走させていた」
「そうでしたね……その後の質問,冥帝教とのつながりについては答えてもらえなかったですけれど……」
既に覚束なくなっている記憶からなんとか情報を引っ張り出して口に出す。思えばあの時は妙に惹きつけられるような夢見心地を感じていたため鮮明には覚えていなかったのだが,あれは一体何だったのだろうか……
「その“計画”とやらが闇竜皇の復活であり,かの地にも何かしら必要な希少素材が眠っているのだとしたら……その入手を阻止することで,奴らの計画に支障を来すことは可能……か」
そんな私のどうでもいい懸念はそっちのけで,カトラ様とファイス工房長の会議は続いていく。今のトピックは,サリエルたちが狙っているかもしれない,シベリア・キエフ共和国に眠る“何か”についてだ。
「かの国の奥地,広大なシベリアの土地は永久凍土といって,分厚い氷が地面を覆っていると聞いております。その氷の下は未だに調査が進んでおらず,何が眠っているのかすらも判らないそうですね」
「ああ,その話については私も知っている。実際,機械生命を生み出すマザー・ブラッホが見つかったのも,氷の下だったそうだからな。“それ”級の重要な遺物……仮にこちら側で確保することが出来れば,逆に奴らにとっての大きな戦力になる可能性もある」
「そうですね,そうなればこちらとしても助かります。それでは,カトラ……行っていただけますか。シベリア・キエフ共和国へ」
これまでの話を踏まえて,ファイス工房長は改めてカトラ様に問いかける。それに対して,カトラ様はこくんと頷き肯定するも,残った懸念を口にした。
「ああ,請け負おう。……ただ,超国家魔導陣についてもそちらで対応してほしい。仮にこの渡航がフェイクであり,厄介な私を隔離して悠々と竜達を呼び出すかもしれないからな」
「ええ,お任せください。わがシノゾイック工房は,メタヴィアス公国全土の魔具装具組合を統括する組織。一人一人の強さはあなたほどではないでしょうが,国中から手練れを募れば同等クラスの成果を上げることも出来るでしょう」
「感謝する。ではミーア」
「あぁ,それと」
行くぞ,と言いかけたカトラ様の後ろ髪を,ファイス工房長の声が掴む。
「……なんだ」
「今回の件,このファイスから正式に依頼という形で出させていただきます。そうすれば,あなた達の業績にも公式に反映されますし,旅の道中で手に入れた素材も報酬に上乗せして差し上げられます。そして何より,現地でのサポートも手厚く受けることが出来るでしょう」
「現地での,サポートだと?」
首を傾げるカトラ様に,ええと頷いて工房長は続ける。
「ええ。私達は基本的にはメタヴィアス公国内でのコミュニティを重視しておりますが,なにも外国とのパイプがないわけではございません。シベリア・キエフ共和国にも有害魔獣を討伐することを目的とした民間組織は存在し,その重役とも私は繋がりがあります。彼に私の方から口利きをすれば,調査に必要な人員の手配などもしていただけるでしょう」
「ふむ……なるほど。業績だの報酬だのに興味はないが,少しでも仕事がしやすくなるのなら歓迎だ,ぜひとも頼みたい」
「畏まりました。それでは,現地に着いたらこの名刺を頼りにお尋ねください。きっと力になってくれるはずです」
そういうとファイス工房長は,分厚い名刺入れから一枚取り出し,カトラ様に差し出す。
私もカトラ様の肩越しに見てみると,そこに記載されていたのは……
「戦兵組合,黒熊……組合長。イヴァン・ミハイロヴィチ・グルカロフ」
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