60発目 地獄の導話会談
「はぁ。ほんっと,ごめんねぇミーアちゃん。うちの酒場,野蛮な連中が多くて」
「いえいえ。私こそ,自衛手段を持っていなかったわけですから」
先ほどの男性客たちは騒ぎすぎということで,後から合流したゾルフィ氏によって集会所を追い出され,酒気を帯びたまま帰らされた。先ほどと比べて随分と静かになった(それでもそれなりにざわついているが)QROの受付カウンターで,私は手続きの合間にアルコールを傾ける。シノゾイック工房の地下で醸成された特別製らしく,独特ののど越しが疲れた体に染みわたる。強めに鼻をつく麦の香りも良いアクセントだ。
「彼らも,このQROを拠点に活動する冒険者の方なんですか?」
「そう。4人チームで活動していて,まぁ実力は……竜族一体の討伐依頼にちょっと苦戦するって程度かな。ぼちぼちよ」
「ふぅん……そういうものなんですねぇ」
雑談の間にチップスを口に放り,ジョッキを傾ける。カトラ様がお傍にいらっしゃる間はなかなかできない気の抜き方だ。別にそれが出来ないことでストレスになるわけでは決してなく,当然カトラ様と一緒にいられることが何よりも幸せなので文句はないが,たまに味わうこの気怠さが以外と癖になるのである。
その間にもスペンサー氏の手はせわしなく動き,私達の依頼の完遂手続きを進めていく。彼女の手は一切止まることもなく,ぼうっと見ているだけでも時間が奪われていきそうなほど見事な手際だった。
「報酬金の振込先は,ここに表記されているミーアさんの口座で間違いないわね」
「ええ,お願いします」
「了解。それじゃあ,あとはこの完遂証書に印をお願いするわ。それで今回の依頼はおしまい」
「はーい,ここですね」
差し出された書類には,チームを組んだ時にもあったような魔導陣が形成されている。そこに手を当て,自身の魔導回路を読み込ませると,軽い音とともに模様が形成された。
「はーい,これで依頼は達成!お金は3営業日以内に振り込まれるから,あとで確認をお願いね」
「わかりました,ありがとうございます!」
「うんうん♪いやぁ,まさか竜族の大量発生なんていうばかげた依頼を,こんなにもあっさり解決しちゃうなんてねぇ。さっすが,貴族様の血筋が流れているだけあるわぁ~」
「まぁ,カトラ様は貴族の中でも特別に強大なお力を持っておられますから。その実力は,折り紙つきですよ」
「っふふふ,それもそうねぇ。ねぇねぇ,ちょうど私達も暇になったし,カトラさんのトンデモ自慢話,聞かせてくれな~い?ファイス工房長が言ってたけど,彼女,子供のころからすんごい方だったんでしょ?」
「ええ,ええ!それはもう!カトラ様の崇高なる物語,ずっとお傍で見守ってきた私に語らせたら尽きませんよ!」
思わずどんっとジョッキでカウンターを叩いてしまう。ハッとして反射的に周囲を見ると,以外なことにスペンサー氏の隣で黙々と作業していたフレイライト氏の尖った耳がぴんと立っていた。
「……フレイさんも,気になりますか?」
寡黙で凛とした女性の見せる可愛らしいその態度に思わず顔がにやけてしまう。しばらく黙ってはいたが,やがて表情筋は動かさないまま彼女は呟いた。
「……まぁ。……ならないこともないわよ」
これがギャップというものだろうか。酒気の影響で気分が高揚している部分もあるが,これにはかなり胸のときめきを覚えてしまった。
それではと咳払いし,意気揚々と語り始めようとしたとき,唐突にフレイライト氏の手元にあった通信端末が鳴り始めた。
「はい,こちらシノゾイック工房狩猟依頼管理事務所」
1コール目が終わらないうちに目を見張る速さで手を伸ばし,通話を開始するフレイライト氏。しかし,本当の驚きはこれでは終わらなかった。
「はい……はい。カトラ・フローリア……確かに所属してはございますが,今この場にはおりません」
私のカトラ様自慢の話を続けるべきか迷っていると,ちょうど彼女の名前がフレイライト氏の口から出る。思わず何事かと彼女の方を注視してしまった。しばらくの間,通話相手とフレイライト氏の会話が続き,どうやらカトラ様の縁者となるものはいるかとの話になってるようだ。少々お待ちください,と言うと,彼女はこちらに顔を向ける。
「カトラさんに伝えたい内容がある,ということなのだけれど……ミーアさん,出られるかしら。ホログラムビデオも出来れば使えるといいそうよ」
「私,ですか?それは構いませんけれど……一体,どなたから……」
あたりまえの疑問を投げかける。しかし,フレイライト氏の口から出た通話相手の名前……それを聞いた瞬間,全身から今まで溜めてきた酔いが吹き飛んでしまった。
「サリエル,と名乗っていたわ。知り合い?」
「……!!」
私を見ていた二人の受付嬢の目からは,はっきりとわかっただろう。私の顔が,露骨に青ざめ,引き攣る様子が。
サリエル……ヨスミトタテ国立公園で遭遇した時,その溢れ出る気品にあてられ,正常な判断力を失いかけるほど魅了されてしまっていた。敵意をむき出しにするカトラ様がいらしたから何とか自我は保てたものの,今この場に彼女はいない。
そんな状態で,相対などできるだろうか。
……いや,直接対面するならまだしも,相手はホログラムだ。それに,受付嬢の2人もいる。きっと,なんとかなるだろう。
何より,リーマップの森から帰還したこのタイミングでかけてくるということは……何らかの目的,ないし伝えたい内容があってのことなのだろう。そうであるならば,その内容を正確に伝え,カトラ様に報告する義務が私にはある。この場にいるのが私一人であろうと,逃げるわけにはいかなかった。
「……カトラ,さん……?」
心配そうにスペンサー氏が声をかけてくる。私は意を決して頷くと,
「繋いでください。ホログラムビデオも,つけていただいて構いません」
フレイライト氏に,そう伝えた。
「……わかったわ」
何か思うところがあったのか,少しだけためらいを見せたものの,フレイライト氏は通話を繋ぐ旨を電話口に伝える。そして,端末を私のもとに移動させると,映像の投影を開始した。
「……あぁ,君か。確か,トタテ山で出会っていたね?」
「……ミーア・フローリア。崇高なるカトラ・フローリア様の召使にございます」
「なるほど。戦う力こそ感じられないものの,肝の据わった良い目だ。主人の程度も,実力のみでないことが窺えるな」
「おほめに預かり,光栄にございます。しかし,こちらの見解といたしましては……早めに本題に入っていただきたい」
頬を冷汗が伝う。こういうときは甘く見られないよう強気に出るのが鉄則ではあるものの,流石にこわかった。
私の無理を察しているのかいないのか,目の前のホログラムは妖艶に笑う。
「ああ,そうだ。此方からかけている以上,要件は簡潔に述べねばなるまいな。私から伝えたいことは2点。警告と……助言だ」
「警告,と……助言……?」
前者があることは,なんとなく理解はできる。これ以上こちらの目的に首を突っ込むな,と言いたいのだろう。だが,助言とは何なのだろうか。
「そう。内容は……まぁ,概ね予想どおりのことさ。私達としても,この計画は遊びで進めているわけではないのでね。魔獣達の殺害に協力してくれることは大変喜ばしいことであるし,できれば続けてほしいものではあるが……今回ばかりは少々,加減が出来ていなかった。怨嗟の量自体は概ね足りてはいるものの,あの程度の溜まり具合で終わってしまうような事態が続けば,最悪復活する闇竜皇の力に影響を及ぼしかねない。その危険がある場合は,私の方から直々に罰を与えに行くので,そのつもりでいるように」
魔獣達の殺害に,協力……私達が必死に竜族を討伐し,被害を未然に防ごうとしているのに,それを協力と捉えている。その事実に,私の中からはふつふつと怒りが湧いてくる。
だが,今はそのような私的な感情を抱いている場合ではない。聞かねばならないことは,もうひとつあるのだから。
「……今回の一件が,あなた達の癇に障ったと仰るのであれば,それは大変喜ばしいことですね。ぜひとも,続けていこうと思います。それで? 残った方,助言というのは? 」
私の口から出た強い言葉に,少々サリエルはその眉根を吊り上げる。関心なのか,立腹なのか,深くは判別できなかったが……溜息をついた彼女の声は,少しだけ高くなっていた。
「いいだろう,続けてやる。お前たちの,次の目的地を伝えておこうと思ってな」
「次の,目的地……?」
「そう。我々が,次に大量の竜族を召喚し,怨嗟を降ろすことになる地……それは。
鋼鉄と極寒が支配する,凍てつく大地……シベリア=キエフ共和国だ」
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