59発目 帰還
ズン,ズン,ズン,ズン。
ガラガラガラガラガラ。
「えー,間もなく~シノゾイック工房~。シノゾイック工房でございます~」
機械音声でももう少し抑揚あるだろうと思うレベルの棒読みが,スピーカーから聞こえてくる。
窓から見える周囲の景色も,雪を被った針葉樹林から太陽照り付ける高原へと変わっていた。
「カトラ様。……カトラ様~。起きてください,着きますよ~」
「んぅ……あぁ……。もうそんな時間か」
私の膝に頭を乗せ,すやすやと眠るカトラ様の肩を軽くたたく。すると彼女は,元々眠りが浅かったのか,すぐに目を醒まして身体を起こす。
「感謝するぞミーア,やはりお前の膝の上は頭の疲れが良くとれる」
「光栄にございます。非力な私がカトラ様の助力となれること,光栄にございます」
一礼をしている間に,ずんっと魔導牛車は停止する。
扉を開けると,濛々と煙の上がる工房の煙突が見えた。
「それでは,いきましょうかカトラ様。っふふ,今回の報酬はどのくらいになるのでしょうね♪」
「さあな。前回のエヴィルアーク討伐依頼で得た報酬もまだ残っているだろう?何か欲しい品物でもあるのか?」
「う~ん,そうですねぇ……カトラ様がお許しになるのなら,ファッションなどにも気を使ってみたいんですよね」
「ファッション? 容姿などに気を使って何になるのやら」
「うふふ,私だって女なんです,カトラ様のような大切な人には,最も美しく着飾った姿をお見せしたいものなのですよ」
「そういうものなのだろうか。まぁ,お前が言うのならそうなのだと把握はしてやろう」
崇高なるカトラさまは,ご自身に必要のない事柄であっても理解を示してくださる。本当に最高という言葉以外では言い表せないような人物だ。
「まぁいい。先ずは報告を済ませるか……ミーア,社長室の鍵を」
「社長室ですか?」
「ああ,例の件について,ファイスと連携を取らねばならん」
「畏まりました。受け取ってきますので,社長室の前でお待ちくださいませ」
例の件,というのは,十中八九冥帝教の話だろう。
ワークランド氏から得られた情報を基に,冥帝教の目的――カトラ様は,「超大陸型魔導陣」と呼称していた――に対する防衛策を考案するのだろう。
社長室に入るためのカードキーを作成するため,工房の総合管理室に向かいながら,私は思考を巡らせる。
大量に召喚された魔獣達を殺させることにより,竜族達の怨嗟をその地に根付かせる。その対策となると,何をすればいいのだろうか。
怨嗟を根付かせないためには,そもそも討伐をしない……というのが最初に思い付くが,それでは地上界が魔獣達に埋め尽くされてしまうだろう。そうなってしまえば本末転倒だ。
そうなると,怨嗟を竜達に抱かせることなく絶命させる……? 安楽死のようなものなのだろうか。果たしてそんな芸当が意図的にできるのだろうか。
「工房の魔具を使えば,出来ないこともない……のかしら?」
しかし,未知の技術に期待したところで,それを前提に策を考えるのはよくないだろう。仮にそれが完成しなかった場合,対処に更なる手間が加わるからだ。
「おや,ミーアさんだね。今日はどんな用事? 」
うんうん悩みながらカウンターに辿り着く。聞き覚えのある声が聞こえ,目を向けるとさわやかな笑顔の青年がそこにいた。
「あぁ,あなたは確かパラックさんと鍵を取りに行った時もいた……」
「ええ。自己紹介はまだでしたかね? 私はマモス。マモス・ブルックスです。以前あなたと一緒に来たゴードンとは,学生時代からの仲でしてね」
「なるほどぉ……」
「それで? さっきから深刻そうな顔をしていますが,何かあったんですか? 」
「え? あぁいえ,大したことではないので」
「そうですか」
事情は察してくれたのか,彼はそのまま作業に入ってくれたので,もう少し考えを巡らせてみる。
未知の技術に期待が出来ないとするならば,では現状の手札から何が出来るだろうか。
リーマップの森でも,その前のマル・タンボ火山帯でも,私達にできたことと言えば暴れまわる魔獣達を片っ端から倒していくのみ。捕獲をするという案もあるが,あのような大量の魔獣達を全て捕まえるなど簡単にできるものではないだろう。
駄目だ,さっぱりわからない。やはり1メイド如きが考えたところで答えは出ないのだろうか。
「ミーアさん? カードキーの作成,終わりましたよ。他に何か用事でも?」
「え? ……あぁ,すみません! 特に何もないです,失礼しました~! 」
いつの間にか随分時間が経っていたのだろう,目の前のブルックス氏は困惑顔でこちらを見てくる。私は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら,慌てて完成したカードキーを取ってカトラ様の元に向かった。
「カトラ様,鍵をお持ちいたしました」
「うむ,ご苦労だった」
道中で呼吸を整え,つとめて冷静にカトラ様の元にカードキーをお届けする。社長室を解錠したカトラ様は,次の指示を私に出した。
「さて,私はファイスと話してくる。その間,ミーアは達成報告と報酬の生産を頼む」
「畏まりました。お気をつけて」
工房長との会議に於いて,意見の出せない私は不要ということだろう。お力に慣れず寂しい気持ちもあるが,自覚はあるので仕方ない。私は一礼をして,QROへと向かった。
「あら……なんだか今日は前より人が多いような?」
ポータルを通り,最初に感じたのは声の量。
以前来た時より,ざわざわがやがやという人々の声が騒がしい。
見渡してみると予想通り,以前来た時よりも埋まっているテーブルの数が多かった。
席を埋めているのはやはり屈強な男性の組が多く,酒が入っているのか大きな笑い声で騒ぎながらビアマグを打ち鳴らしている。
給仕を任されている者達も,その多くが休めそうな様子もなく動き回っている。
「お酒……ということは,依頼をこなした後の祝杯でしょうか?」
「おいそこのねーちゃんよぉ! 次の酒持って来いって言わなかったっけかぁ!?」
「ぇえ!? いえ,あの,私は給仕の者では……」
カウンターを探していると,通りがかった席にいた男性客から怒鳴られてしまう。私の服装は給仕の者が身に付けている服装とはあまり似ていないはずだが,彼の赤らんだ顔と漂ってくる酒気からすると,酔いが回って判断がつかなくなっているのだろう。
「ああん!? 違うだぁ!? だったらそんなヘンなカッコしてんじゃねぇよぉ~!!」
「そ,そうですねぇ,申し訳……ひゃん!?」
適当に返そうとすると,突然おしりにごつごつした手があてられる。
慌てて飛びのくと,いやらしいにやけ顔の男がこれまた酒気を撒き散らしながら焦点の合わない目を向けていた。
「げっへっへ,『ひゃん!』らってよ!かーいい声だすじぇんかねぇちゃんよぉ~」
こちらに至っては呂律もまともに回っていない。これだから酒狂いの男は嫌なのだ。
「ほらほらねーちゃん,はよ座れって!俺らと一緒に飲んで楽しもうぜ~?」
「ぁう……!ちょ,ちょっと,離して……!」
乱暴に手を掴まれ,胸元や腰のラインをじろじろ覗かれる。カトラ様さえいらっしゃればこんな男たちなどひとひねりにしてくださるのだが,最悪なことに今は私一人しかいない。
腕をぐいっとひかれ,真ん中の椅子に座らされそうになる。このままではまずいことになる……そう思った瞬間,鋭い女性の声が聞こえてきた。
「こらぁ!! 他のお客さんに手出しは厳禁ですよぉ!!」
「はぅうっ!?」
魔導陣を展開する音が聞こえ,私の腕をつかんでいた男性が一気に脱力する。そのまま私の身体は別の腕にぐいっと引かれ,男たちから引き離された。
「うぐう~……ちょっとくらいいいじゃんかよぉイヴちゃ~ん……」
哀しそうな男性の声。振り向くと,私を連れ出してくれたのは,白を基調とした制服に身を包み,クリーム色の短髪をした女性。
「駄目です!これ以上騒げば出て行ってもらいますからね!……大丈夫?フローリアさん」
「あ,ありがとうございます……スペンサーさん……!」




