58発目 建前の嵐
「僕が,QROを移籍してこのリーマップ・フロンティア所属に?」
「ええ,なんとかなりませんか? 」
「う~ん,そうだなぁ……」
通話を終えた後,なんとかマクラウド氏を発見し,先ほどの話を持ち掛ける。スペンサー氏の予測した通り,その相談にマクラウド氏は難色を示した。
「俺はそれでもいいと思うんだけど,QROにはイヴ達がいるだろ?あの子たちを置いてはいけないよ」
「あ,あぁ~……やっぱり,彼女たちのことが気になりますか? 」
やっぱり,と言ったのは,スペンサー氏も「きっとこう言って渋るだろう」と言っていたからだ。
「うん。他の冒険者組合とかからも,移籍の打診はけっこうあったんだけどね。あの子たちを放って移籍するわけにはいかなかったからさ」
「なるほど……それほどまでに,スペンサーさん達に想いを寄せていて,離れたくないんですね」
この手の説得で必要なのは,まず相手の事情を理解すること。マクラウド氏のスペンサー氏への想いを汲み取って,彼女と一緒にいたいという気持ちを尊重しながら話を進めることが大切なのだ。
……本来ならば。
「あ~,別にね? 俺がイヴのことを好きとかじゃあないんだよねぇ。俺が移籍して離れ離れになっちゃったらさぁ……イヴが悲しんじゃうだろ?」
「……はい……?」
あまりの衝撃的な発言に耳を疑う。
「イヴだけじゃない。フレイとゾルフィも,俺を想ってくれてる。彼女たちを置いてはいけないよ」
何故なら……彼が“悲しむ”と思っているスペンサー氏こそが……恐らく,一番移籍を望んでいるのだから。
♢♢♢♢♢
「せ,設定? 説得してほしい? どういうことですかスペンサーさん? そう言う人事的なことならば,そちら側でどうにでもできるのでは……?」
「それがねぇ,出来ないの! マクラウド君,なんでか知らないけど私にすっごく好意を抱いているというか……ホント,ちょっと気持ち悪いくらい私のことが好きみたいで,『イヴ達のために絶対QROを離れることはできない!』って聞かないのよ~……」
「は,はぁ……」
なんとも言えない表情しかできない。ホログラム上の彼女はうんざりした様子で溜息をついているが,その理由すらいまいち把握が出来なかった。
「しかし,スペンサーさん? QROの集会所でのやり取りを見ていましたけど,お二人はお互いにファーストネームで呼び合っていませんでしたか? てっきり私は,お二人はプライベートでもかなり深い交流を持っているからこそのやり取りかと思っていたのですが……」
「無理無理無理,アレとプライベートな関係とかないですよ~。それに,呼び名に関してはミーアさんも言われたでしょ? “アレン”って呼べって」
「あぁ,まぁ……でも,私は普通にマクラウドさんって呼んでいますよ?」
「それは多分,ものっすごい威圧感のカトラさんがいたからよ。私の時はめっちゃくちゃしつこかったの。特別扱いはできないんですって言っても聞かなくて,仕方なくなの」
「えぇ……?」
流石に誇張では……とも思ったが,彼の今までの行動を思い返してみれば,ある程度の納得はいくものであった。
カトラ様に対しての無礼な態度もそうであったが,やたらと私を護ろうとしてくるというか……どうにも彼の中では,私が彼を全面的に信頼し,何かあれば迷わず彼に護ってもらいたいと思っている様子なのだ。
自分と親しくしてくれる女性は,全員自分に好意があるのだから,ファーストネームで呼び合うべき……そういうことなのだろうか。
「これにはフレイとゾルフィもうんざりしていてね~……それに彼,自分を卑下してこっちを煽るっていう高度なギャグもかましてくるしさ。 『実力がないからチームを組んでくれる人がいない』とかって泣きついてきたんだけど,一緒に依頼を完遂したあなたならわかるでしょ? 性格よ,性格」
「ま,まぁ……そこは」
「私達のこと,おいていけない~なんて言って渋るだろうけど,個人的には寧ろ行っちゃった方が気が楽なのよね~」
流石に言い過ぎだろうと言うべきなのだろうが,何も否定できないのが本当に難儀なことだ。どう場を和ませたものかと思っていると,誰かに呼ばれたのか,ホログラムのスペンサー氏が「はーい,少々お待ちくださいませー! 」と元気な声を上げる
「それじゃあミーアさん,あとは任せるわ。リーマップ・フロンティアのアレキサンダー館長には私から言って奥から……マクラウド君のこと,上手く説得してね」
「ええっ!? ちょ,ちょっとスペンサーさん!?」
慌てて止めようとするが,一方的にぷちっと切られてしまうのであった。
♢♢♢♢♢
「……だかからね?あんまり他の場所への移籍っていうのは,あんまり考えないかなぁ」
「は,はぁ……」
なんとか意識を現実に戻し,マクラウド氏に目を向ける。彼の目には一切の迷いはなく,彼が移籍することでスペンサー氏や他の受付嬢が悲しむという妄想に対して,微塵の疑いもかけている様子はなかった。
ここまで完璧に認識の齟齬があると,逆に感心してしまうが,そんな感動で時間を使ってはいられない。マクラウド氏が去ってしまう前になんとか話をつけなければ。
「まぁ,彼女たちがここにいてほしいって言いだしたら仕方ないけど,そんなことはないだろうしね」
仮に今ここで「実は随分前からそう思われているんですが」などと言えばどうなるだろうかと思ってしまう。が,どうせ「あの心優しい彼女たちがそんなことを思うはずがない!でたらめだ!」と返答されて終わりだろう。
そう思ったところで,ふと,妙案が思い浮かぶ。
ここまで派手に妄想世界に浸ることが出来るのなら……変なことを考えず適当なことを言っておけば,あとの事情は勝手に自身の妄想世界で補ってくれるのではないだろうか?
「そうですかぁ……仕方ありませんね。スペンサーさん達が,あなたのことを想って,このリーマップ・フロンティアへの移籍を望んでいるというのに」
「えっ……ど,どういうこと!?」
案の定即座に食いついてくるマクラウド氏。ここから先はノープランだが,試してみる価値はありそうだ。
「詳しいことは,教えてくれなかったんですよね。恥ずかしいとか,あんまり人前でそういうのは……なんて言って。しかしなにか,彼女たちなりに大切な気持ちがあっての言動だと思いますよ」
「そ,そういうもの,なのかな……?でも,理由も告げてくれないなんて……」
「マクラウドさん……女性には,いろいろあるんです。そういう複雑な,でも重要な想いを,察して汲み取ってあげるのが,よい男性というものではないですか?」
自分でも何を言っているのかさだかではない。が,マクラウド氏は顔をあからめ恥ずかしそうに身体を揺らしはじめる。
「そ,そうかぁ……なるほどなぁ。確かにそれもあるかもしれない」
「時期,というのは何事にもあると思います。しっかり者の彼女たちのことです,きっとその時期がきたら,こたえてくれると思いますよ」
「それまで,しっかり待ってあげるのが男……そういうことだね」
「はい。そういうことです。そういった理由があるのならば……シノゾイック工房を離れ,このリーマップ・フロンティアに移籍するというのも……?」
「うん,仕方ないね。今は彼女たちの事情を尊重して……俺はこのリーマップ・フロンティアに移籍するよ」
言質を取った! なんということだろうか,まさか本当にうまくいくとは……
なんだか後でとんでもない禍根を残すことになりそうだが,その尻を拭くのは私ではないだろうし構うことではない。
そう思っていると,部屋の入口の方から豪快な声が聞こえてくる。
「おお,アレン!ここにいたか。さっき,シノゾイック工房の受付のお嬢ちゃんから連絡があってな。このリーマップ・フロンティアに移籍するって話らしいが……本当か?」
アレキサンダー氏だ。なんというタイミングだろうか。
「あ,うん!そうなんだよ,彼女たちからの頼みでさあ!」
「がっはっは,そうかそうか。よくわからんが,おまえほどの実力があれば大歓迎だ!よろしくなぁアレン!」
少しばかり懸念していたアレキサンダー氏の反応も上々。こうしてマクラウド氏は,何一つ事情を知ることなく平穏に,厄介払いに遭うのであった。




