53発目 大陸の底より咆える震源
高らかに宣言したカトラ様に狙いを定め,ドーゼル・グランディアは咆哮する。
地属性のエネルギーは巨大な岩の塊に変化し,質量に任せた強烈な一撃を発射する。
紙一重で回避したカトラ様は弧を描いて大地を蹴り,目にもとまらぬ速さで撃ち続ける。
しかし相手は土属性魔導のエキスパート。その“堅固”の性質が十全に発揮された装甲は牽制程度の魔導弾ではかすり傷一つつけられなかった。
「グガァアアアア!!」
羅震竜は岩盤に埋まるほど打ち付けた腕を振るい,カトラ様の小さなお体を追尾する。
大地が悲鳴を上げ,その軌道に沿って深い亀裂が生まれていく。
それが追い付く前にカトラ様はターゲットを変更し,勢いよく大地を蹴って直角に跳ぶ。
腹の下に潜り込んだカトラ様は弾を乱発し,他の魔獣であれば柔らかいはずの腹に,鉄板さえ貫く凶弾を浴びせかける。
しかしそれでも,目に見えるような効果はない。
衝撃が伝わっていないわけではないだろうが,魔獣族の驚異的な生命力を削り取るにはどれほどかかるかわからなかった。
そしてカトラ様の挙動に感づいた魔獣は,自身の体重を使って彼女を仕留めにかかる。
生きた岩山ともいえるほどの存在が繰り出すプレス攻撃,直撃すれば原型をとどめてなどいられない。そして今のカトラ様の移動速度では,その範囲から逃れることも能わない。
それに感づいたカトラ様は,迷いなく銃を横方向に向けると,GK魔導姿勢制御技術の反動軽減装置を解除した。
弾を撃ちだすと,今まで抑えていた衝撃がすべてカトラ様のお身体にかかる。
まさに肉を切らせて骨を断つ。勢いよく吹き飛ばされた彼女はドーゼル・グランディアの腹下を脱し,勢いよく洞窟の壁面に衝突する代わりに致命傷となるプレス攻撃を回避した。
「カトラ様!!」
しかし彼女が止まっていたのもたった一瞬。瓦礫を吹き飛ばしながら姿を見せたカトラ様は,すぐさま肉薄して斜め上の方向に魔導榴弾を撃ち込んでいく。
狙いとなるのは,折り重なった甲殻の隙間。いくらカトラ様の魔弾をはじき返すほどの硬度を誇ると言えど,可動域の求められる関節部分や装甲同士の境目にまでその硬さを維持できることはあり得ない。カトラ様が狙ったのは,プレス攻撃によって開いたその隙間にあった。
今度の球は弾かれることなく3発,4発と撃ち込まれ,一拍の間をおいて境界部分から爆炎と轟音,衝撃波が発生した。
「ガォォオオン……!」
装甲がはじけ飛び,魔獣族特有の緑の血液が吹き上がる。羅震竜も悲鳴を上げることなく煩わしそうにかぶりを振るのみ,失った甲殻部分もすぐさま土属性の導子によって再生を開始した。
「貫……旋,烈!!」
魔導陣を展開し,楔のような鋭い銃弾を発射する。
その弾は一点集中の貫通力特化,見事鋼鉄をも上回る装甲に抉り込む。しかしそれでも前腕部をそのまま貫くことは出来ず,小さな穴を開けるに留まった。
「カトラ様……」
「ミーア,見入ってる場合じゃないよ」
マクラウド氏の声にハッとして目を向けると, そこにはゲニウスが形成したのだろう,真新しい小さめの穴が開いており,上方向……つまり,地上に向けて続いていた。恐らくそこから脱出しようということなのだろう。
「ゲニウスが作ってくれたんだ。これで地上まで脱出しよう」
「あ,そうなんですね!流石です!」
言葉は通じないものの意思は伝わったのか,彼女はにっこり笑みを浮かべる。平時であればしばらくその笑顔を鑑賞していたいものだったが,生憎今の私達にはそのような時間は残されていない。
「カトラ様!我々は彼女の作った穴から外に脱出します!」
「ああ,わかった!私としても動きやすくなる,一刻も早く外へ出ろ!」
「畏まりました!!」
「さあミーア,ゲニウス!早くこっちへ!」
マクラウド氏が先陣を切り,3人で抜け穴に入り込む。それに目を向けることなく,カトラ様は羅震竜に向かって大地を蹴った。
「ガァアオオウ!!」
振り上げられる腕を足場に,天井近くまで一気に跳躍するカトラ様。
「爆……貫……旋……烈……!」
ズガガガガガガガガン!!
邪魔者のいなくなった広場に降り注ぐ無数の弾幕。
それらはすべて着弾と共に爆発を起こし,白銀色の甲殻にダメージを与えていく。
爆発の威力は防げても,その衝撃まで無視することは能わない。しばらくの間ドーゼル・グランディアは爆発の雨から逃れようとするも,ただ爆撃を浴び続けるまま無力にもがくにとどまった。
貫通力を付与された榴弾であれば流石にダメージが通り,爆発によって砕けた甲殻の欠片がまき散らされる。
しかし彼も歴戦の魔獣個体,このまま押し切らせてはくれない。気配だけでカトラ様の居場所を察知すると,木の幹よりも極太な尻尾を鞭のように振るい,その身体目掛けて正確に打ち振るった。
間一髪それに気付いたカトラ様は身を翻すが,音を置き去りにする速度の一撃を完全に回避することは出来ず,勢いよく地面に叩きつけられる。
「ガァアアアン!!」
間髪入れずに岩の塊を発射する羅震竜。それはカトラ様が吹き飛んだ場所を正確に射抜き,轟音と共に砕け散って土煙を巻き起こした。
「ォオオオオオオオ!!」
しかしそれでも止まらない。彼女の実力をこの短時間で嫌というほど思い知っていた魔獣族は,一発撃ち込むだけでは全く足りないと判断したのだろう。確実に息の根を止めるべく,やけくそ気味に何発も岩石砲を撃ち込み続けた。
巻き起こる土煙,空間内を揺らす轟音。仮にターゲットが人間よりずっと耐久力のある魔獣族であろうと,その場に留まっていたのなら原型など留めてはいられなかったはずだ。
そう,その場に留まっていたのなら。
「烈……爆……砲……!」
微かに聞こえてきた呟き声。ドーゼル・グランディアから見て3時の方向。
ばっと振り向き岩石の塊を形成した羅震竜は,しかし彼女の姿を確認することが出来なかった。
「グギャァアアアォォオオオオオ!!!」
カトラ様が撃ちぬいたのは,2つの眼球。数少ない甲殻で覆うことのできない弱点を正確に撃ち抜き大爆発を起こしたことで,魔獣の世界から光が消えた。
激痛に大きくひるみ,地団太を踏むドーゼル・グランディア。壁面に尻尾が激しく打ち付けられ,天井を翼が削り取る。四肢は地面に叩きつけられ,限界を迎え始めた洞窟全体が苦悶の声を上げている。
「轟……烈……爆!」
仰け反ったことで,今度は腹部に甲殻の隙間が出来る。折り重なった鎧の切れ目,紙きれ一枚通すことすら難しいその場所に,カトラ様の容赦のない弾幕が撃ち込まれる。
永遠にも感じられる,一拍の間……それが終わると同時に,鋼鉄の如き甲殻を吹き飛ばす爆炎が一気に炸裂した。
「グギャァァアアアアアアアアアアアン!!」
絶叫と共に崩れ落ちるドーゼル・グランディア。天井まで覆うほどの土煙が舞い上がり,カトラ様の視界が一時的に潰えてしまう。
「っく……!」
あと一歩のとどめが刺せないまま,煙が晴れるのを待つカトラ様。ターゲットのシルエットが浮かび上がってくると,それに向けて銃を構えるが,それとほぼ同時にぐらっと地面が揺れるのを感じた。
嫌な予感が彼女の頭をよぎる。答え合わせなどするまでもなく,強まっていくその振動とともに,目の前の生きる岩山から響く唸り声がみるみるうちに野太く,大きくなっていった。




