52発目 激戦!洞窟の剛蹄竜
「ガグォォォオオアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」
頑健な頭骨に,横に広く巨大な顎。前に寄ったそのシルエットは,間違えようもない……剛蹄竜ボロンゴロンだ。
「ひぃぃいいっ!?」
ガヂン!!と重い金属音をたて,その大顎が閉じられる。その口に噛み千切られていたのが自分だったらと思うと,全身に怖気が走った。
しかし,彼が食らいついたのはただの石ころ。奇襲は不発に終わり,その後には隙が出来る。
それを見逃すカトラ様ではなかった。
「爆,貫,剛……烈!」
楔型の弾丸が勢いよく顎の隙間に撃ち込まれる。一拍の間をおいてそれは爆裂し,ボロンゴロンは洞窟の奥に吹き飛ばされた。
「カトラ様,お気をつけて!あまり暴れすぎると洞窟にダメージが入って崩れてしまいます!!」
「理解している!」
ダンッと跳躍したカトラ様は瞬く間に魔導陣を展開し,連続して引き金を引く。
ボロンゴロンは頭部の外殻と発達した腕をカトラ様に向け,防御の姿勢をとる。牽制の目的で打ち込まれた弾は強靭な装甲を貫くことは能わず,豪快に跳弾して飛び散った。
「グォォオオオン!!」
防御姿勢を解いたそれは腕を振り上げて仕留めにかかる。しかしカトラ様は瞬く間にその腕の隙間に滑り込み,腹に銃を突きつける。
ズガガガガガガガガガガガガガガン!!
「グギャァアアン!!?」
下手な魔獣族であれば一発で吹き飛ばすことのできる威力の銃弾でも,その重厚な甲殻故に簡単には打ちあがらない。しかしどれだけ装甲が硬くとも,内部にかかる衝撃を完全に吸収し切ることはできなかった。
ある程度撃ち込んだカトラ様はすぐさま飛びのいて距離をとる。ドズゥウンと激しく倒れ込み,天井まで届くほどの土煙が巻き上がった。
「ぁう……!げほ,ごほ,ごほ……!」
「ミーア,大丈夫!?」
咳き込む私をなんとかマクラウド氏がかばってくれる。なんとか返事をすると,彼は警戒を解かぬように私に伝えた。
「今のうちにここを突破する。急ぐぞ」
「わ,わかりました……!」
カトラ様のお声に従い,足音を立てないように分かれ道の入り口まで到着する。ひゅっと石ころを投げて反応がないことを確認すると,足音を立てないようにしながら進み始めた。
しかし,そうやすやすと事態は運ばない。
ズズンという重い音とともに,私たちのいる足元がぐらりと揺れた。
「ミーア!」
「きゃあっ!?」
カトラ様が飛び込み,二人纏めて壁に激突する。
それとほぼ同タイミングで大地が割れ,巨大な大顎が飛び出した。
「っぐぅう!」
「マクラウドさん!!」
それが起きたのは,たったの一瞬。
マクラウド氏の反応がカトラ様とゲニウスより遅れた時間は,きっと1秒の半分にも満たないだろう。
だが,その須臾の遅れこそが……まさに,生と死を分かつのだ。
カトラ様はすぐさま銃を乱射し,岩石の塊のような腕や頭殻に何発もの弾が跳弾する。
しかし,それは堅牢な顎の勢いを止めることは出来なかった。
バギィイイイン!!
その音は,私の耳に,やけに強く響く。
衝撃によって吹き飛ばされるマクラウド氏。
しかしその身体は……腰から上しか,残っていなかった。
恐ろしいほどに時間が遅く流れていく。
血液すら流さず,スローモーションのようにゆっくり吹き飛んでいくその身体を,私はただ,目に焼き付けることしか出来なかった。
「いやぁああああああああ!!」
私の絶叫は,着地する剛蹄竜の起こす土煙にかき消される。
いくらこの旅の中で迷惑な行動を続けてきた者であろうと,こんなにも簡単に命を奪われていい存在ではない。
しかし,その死を惜しむ時間などない。
目の前の脅威は,そんな心情を配慮して立ち去ってなどくれないのだ。
ボロンゴロンの次の狙いは,きっと私。いまに振り向いて,襲い掛かってくるだろう。
……しかし,そんな私の予測に反し,振り向こうとする魔獣の動きは停止した。
いや,正確には……何かによって,振り向くことを阻害されていた。
「グガアァァオオオオオ!!」
ガキ,ガギンと硬い音。ボロンゴロンの腕には鎖のような青い魔導エネルギーが撃ち込まれており,それは洞窟の壁面に固定されていた。
「これは……」
「跳弾を用いた魔導弾だ。1度目と2度目に命中した物体同士を連結し,動けなくする。このような狭い通路で,このような硬い対象相手に使うほど効力を発揮する」
説明の最中にもカトラ様は魔導陣を展開する。鎖はそこまで強度が強いわけではないようで,ボロンゴロンの腕力によって今にもちぎれそうなほどだった。
「強度自体は大したことはないが……一瞬でも時間を稼ぐことが出来れば,こちらのものだ」
ズドドドドドドドン!!
拘束を引きちぎった魔獣を待っていたのは,無慈悲な爆発の嵐。自由を奪われ,柔らかい部分に撃ち込まれる弾丸を防ぐことのできなかった剛蹄竜の身体は,見事に爆散して崩れ去った。
「……カトラ,様……」
「ォォオ……」
見事なまでの手際に,洞窟の反対側にいるゲニウスも目を見開いている。ボロンゴロンの亡骸が崩れるがらがらとした音の余韻も消え去り,ひとときの静寂が訪れた。
「ふぅ……これでひとまず終わりか」
「でも……マクラウドさんが……」
じわりと涙がこみあげてくる。一歩間違えれば,ああなっていたのは私かもしれなかったのだ。
その想いを吐露しかけた時……不意に後ろから声がする。
「ふぅ。全く,驚かせてくれる」
「……えっ……?」
その声は,この状況で決して聞こえない筈の声。
恐る恐る振り向いた,その場所には……
「……マクラウド,さん……!?」
「そうだよ。って,ミーア,泣いてるの?」
「えっ……?でも,だって……さっき,あの魔獣に……」
混乱した頭でそれだけ口に出すと,カトラ様はため息をついた。
「まぁ,気配の質を見極められないミーアや能力の低い魔獣達には,判別も付かないだろうな」
「ど,どういうことですか!?カトラ様は,お気づきになられていたとでも!?」
「ああ。どうせまた【写鏡】の能力なんだろう?なんでもありだものな,その能力は」
カトラ様の言葉に,マクラウド氏は軽く笑う。
「まぁね。こんなこともあろうかと,予め鏡写しの魔導を使っておいたんだよ。自分を鏡写しにして別の場所に置いておけば,こうしてワープすることも可能っていうわけさ。あいつが噛み砕いたのは,俺の残像みたいなものなんだよね」
「そんな……」
ここまであっけらかんとした様子で言われると,安堵よりも先に私の感じた想いを返してほしいという気持ちが出てきてしまう。特に“予め使っておいた”などと言われてしまうと,今後も心配するだけ無駄なのかもしれないと思わせてしまうのが駄目だった。
「さて……まぁ兎に角,全員無事ではあったのだ,それでいいだろう。
そんなことより,一度休んでから“塔”の攻略に入りたい。ミーア,少し身体を借りるぞ」
「え,あぁ,畏まりました。……どうぞ,カトラ様」
壁面に座ると,カトラ様もばふっと私に身を預ける。少し地面がごつごつしてお尻が痛むが,カトラ様の柔らかな感触と温もりで帳消しになる。
「それにしても,魔獣族が二体も現れて大暴れした割には,本当に影響が少ないですね……こんな洞窟なら,崩壊したっていいほどの勢いでしたのに」
私の問いかけに,真剣そうな表情を崩さぬまま,カトラ様は答える。
「ああ,これもさっき言った通り,魔獣族が地中を掘り進んでもその跡が埋まって岩盤が再形成される影響だな。そこの遺骸の隙間も見てみるといい」
「あぁ……確かに」
特に頑健で大きな頭殻が邪魔して少々見にくいが,確かにその下の地面には魔導鉱石の塊が形成されているのが確認できた。しかしそれらはあくまで一時的なもので,工房で加工して扱うことが出来るような代物ではないのだとか。仮にそれが永続的なものであれば少々持ち帰って工房への手土産や小遣いにでもできそうなものだったが,当然魔導鉱石ビジネスが破綻してしまうので仕方ない。
そんな話をしている間にもカトラ様の体力が回復し切ったようで,気合のはいった声と共に立ち上がる。
「もうよろしいのですか?」
「ああ,ばっちりだ。流石はこの崇高なるカトラ・フローリアの優秀な従者だな」
「お褒めに預かり光栄にございます」
カトラ様は頷くと,今度はゲニウスに視線を移す。それに気付いたゲニウスは,何か指示があるのかとトコトコ歩み寄ってきた。
彼女がぴっと止まると,ハンドサインでカトラ様は問いかける。要旨としては,私を何か強烈な衝撃から護る手段はあるか,とのことだった。
「私を,護る……?」
「ああ。少々乱暴なことを計画しているからな。どうだ,可能か」
カトラ様の問いかけに,ゲニウスは唇に指を当てて上を見る。すると,おもむろにこちらに手を伸ばすと,突然私の周りに岩石の塊が囲うように形成され始めた。
「わあっ……!」
みるみるうちに私のまわりを囲った土の塊。一瞬視界が真っ暗になるが,すぐにその一部を削ってカトラ様のお顔が見えた。
「なるほどな。これは確かに都合が良い。流石だな」
ハンドサインと共に褒めると,にぱっとゲニウスが微笑む。
カトラ様も同じようにふっと笑うと,すぐに真剣な表情に戻り,直下の岩盤に向けて銃を向けた。




