51発目 洞窟探検
「さて,それでは行こうか。ミーア,地図を頼む」
「畏まりました」
妖魔たちを全滅させると,カトラ様は私に声をかける。私は頷き,バッグからアレキサンダー氏が渡してくれた地図を取り出した。この洞窟はパッと見るだけでも十数個の分岐点に分かれていて,非常に複雑な構造になっている。ゲニウス曰く,目的となる“塔”は左側6つ目の分岐点から向かうことが出来るはずだ,とのことだった。
「それにしても,洞窟が広いせいか前がかなり見えづらいね……」
「そうだな。どれ,少し前に移動させてみようか」
カトラ様は魔導陣を操作し,明かりの塊を魔具の筒から切り離すと,空中に放る。
それはひゅんという軽い音と共に空中に留まり,カトラ様の指の動きに従って自由に動き回りはじめた。
「へぇ,その明かり,取り外し可能なんだ?すごいね」
「風魔導を応用させれば難しい技術ではない。どこにでもあるものだぞ」
そのお言葉通り,空中の明かりはひゅるひゅると軽い風切り音をたて,不規則に飛び回る。
その動きが物珍しかったのか,ゲニウスは目を輝かせて手を伸ばした。
「クォォオオン♪」
「あ,おいこら,ゲニウス!これは玩具ではないぞ!」
呆れた声を出し,ハンドサインで自分の傍から離れないように指示をする。光の球にすっかり夢中になってしまったゲニウスはそれに気付かず,必死に逃げようとする球をとらえてぎゅっと握りつぶしてしまった。
「あっ……壊れちゃいましたね」
「はぁ……充填された魔力があるからいいものの,仮に使い切りの製品だったとしたら説教ものだぞ」
はぁっとため息をつき,カトラ様は再び魔導陣を展開する。再び現れた光の球にゲニウスは駆け寄るが,カトラ様に制止させられてしまう。
不服そうに頬を膨らませつつも,再度ハンドサインで指示を出すと,彼女はカトラ様の隣で大人しくなった。
「全く,これだから子供は。いや,容姿がそうというだけで,本当に子供なのか?」
「うふふ……でも,そういうところが可愛らしいのではありませんか?」
「さあ,どうだろうな」
ヨスミトタテ国立公園の時も思ったが,文句を言いつつも,なんだかんだ否定をするわけではないところが可愛らしい。こんな状況でもそのようなことを思ってしまう私を尻目に,カトラ様は宙に浮かせた明かりを移動させて周囲の暗闇を照らして歩き出す。
カツ,カツ,カツ,カツ。
小さな明かりの中,私達の足音と会話の音だけが壁面で反射し,ほわんほわんと残響を残す。先ほどまでの妖魔たちとの激戦が嘘のようだ。
「グルルルルル♪」
軽快なステップを踏み,ご機嫌そうな鼻歌を歌うゲニウス。可愛らしいが,随分と呑気なものだ。
「それにしてもカトラ様,随分と静かですね……生き物の気配が全くしないというか……」
「そうでもないぞ。例えば……ほら,上を見てみろ」
「え?」
ポワンと光の球を上に向けるカトラ様。私達もそれにつられて顔を上に向けると,黒く丸い岩がいくつも天井から見え,まだら模様を形成している。
「あの岩の面が,何か?」
「岩に見えるか」
カトラ様はふっと笑うと,それに向けて一発銃を放った。
「ピギュィィイイイイ!!」
「きゃぁああっ!!?」
甲高い音と共に,その岩のひとつが形状を変えながら落下する。
バゴっという重い音と共に落ちたそれは,うぞうぞと身をよじっている。
その見た目は,ニュースで見たことのある姿……アルマジロだ。
慌てて見上げると,その傍にいた何匹かがびくびくしながらこちらに目を向けていた 。
「アルマジロの霊獣族。特にこれは,土属性の魔力によって装甲が硬く発達した個体だな」
「あ,アルマジロ……!?で,でも,どうしてこんなところに……」
「仕方ないよ。現れたのは凶暴な魔獣族,呑気に普段通り生活していては,すぐに食い尽くされてしまう。外で暴れまわっているのを聞いて,それが落ち着くまで天井に隠れてやり過ごしているんだろうね」
「あぁ,なるほど……」
マクラウド氏の推測を聞きながら,カトラ様は周囲を見渡す。
「あと他には,これとかな」
彼女はそう言うと,傍の岩の塊にがっと足をかける。しかしそれは,カトラ様が力を込めてもびくともしなかった。
いや,そうではない。
「ググィイ~~~~~……!」
そこの方を見ると,鋭利な爪のついた手が食い込んで,必死にひっくり返されないように堪えているのが確認できた。
「こ,これも霊獣族だったんですか!?」
「ああ。恐らくこれは背中が岩石状に変化した,もぐらか何かの霊獣族だろう。っと,全く目を見張る腕力だ,このくらいにしておいてやろうか」
頷いて脚を放してやると,再びそれは手を引っ込めて岩に擬態する。心なしか小刻みに振動しているように見え,少しだけ可愛らしいと思ってしまった。
「こうしてみると……広い視野で見れば,こういうのも魔獣族が出現する影響なのかな。早めに“塔”を破壊して,解決してあげないと」
「それもそうですね……この子のように害のない魔獣もいるとはいえ,危険な個体がいることに変わりはありませんから」
ゲニウスから得た情報によれば,“塔”があるのは洞窟深部の最も広い空間。
マクラウド氏の状態も気になることは気になるが,目的地までもう少し……私達は気を引き締めなおし,カトラ様に続いて洞窟の奥へと歩みを進めた。
♢♢♢♢♢
「あ,見えてきましたね。あれが6つ目の分岐点みたいです」
「UEIGSN,NONASKIOOBBOYOEHMIRUKAIAA(この場所に見覚えはあるかい?)?」
マクラウド氏が確認を取ると,ゲニウスはこくこくと頷いてくれる。やはりこの道で間違いはないようだ。
「さて……そろそろ目的地に近づいてくる。魔獣族や妖魔族が出てくる可能性が高くなる……お前たちも気をつけろ」
「はい,カトラ様」
「わかってるよ」
カシャっと銃を構え,カトラ様は通路に駆け寄る。マル・タンボ火山帯では少々無鉄砲なところが目立ったが,今回は慎重に動いてくださるようだ。
私も付いていこうとすると,不意にぐらっと地面が揺れた。
それと同時にゲニウスの耳がばっと立ち,大きく目を見開いた。
「ゲニウス?どうしたの?」
私の言葉に全く耳を貸さず,ゲニウスは手のひらを地面につけて警戒態勢を取り始める。カトラ様の方を見ると,彼女も同様にこちらに向けて銃を構えている。
そこを決して動くな。
カトラ様は私に向けてハンドサインを示す。その後,傍にあった大きめの石を手に取る。
ズズ,ズズズン。
何かが地中をうごめく気配。それが何であるかは,十中八九私の想像と違わぬものだろう。
その存在が反応するのは,恐らく音。
歩く音,声,それらの情報から獲物の位置を割り出すのだ。
だとすれば,カトラ様が石を手に取った理由はひとつ。
獲物の居場所を音で判断するのなら,その音を使って誤認させてやればいいのだ。
軽く振りかぶり,ひゅっとカトラ様は石を投げる。
角度は高め,落下までの位置を高くし,大きく音が聞こえるようにするのだ。
私の目線も自然とその石に集中する。沈黙が訪れ,空気すらも動かない一瞬が訪れる。
カツーーー……ン
静寂が途切れ,落下した石の残響が響いた,その刹那。
「ガグォォォオオアアアアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!」
岩盤が爆発したように土煙をあげ,巨大な白い外殻が飛び出してきた。




