50発目 絶体絶命!?妖魔軍の挟み撃ち
「あ,あれじゃないか?カトラ,見えてきたみたいだよ」
昼過ぎになり,さんさんと照り付ける太陽のもと,若干おりた霜を踏みながら進む中,マクラウド氏が声を上げる。
指さす方を見ると,木々の間から切り立った岩肌が見えた。
「あれが,マロックス大空洞……」
遠目から見るだけでも大きな岩山に,ぽっかりと大きく口を開けた洞穴。自然物にも,人工物にも見えるような,奇妙な形状だ。
「グヴァウ……」
みじかく声を上げるゲニウス。私の袖をにぎるその手は,若干の震えを見せていた。恐らく魔獣達に追われていた時のことを思い出しているのだろう。
「……大丈夫,今はもうあなた一人じゃないですから……」
そっと微笑み声かけると,ぎこちない様子ではあったが笑い返してくれる。言葉は通じずとも,こうしてコミュニケーションが出来るだけでなんだか心が温かくなるのが不思議だった。
「それにしても奴ら,なんの疑いもせずに僕らのことを味方だと思ってくれちゃって,ちゃんと道案内をしてくれるんだから,ちょろいもんだよね」
「さあ,どうだろうな。奴らも同じように,タイミングを待っているのやもしれんぞ」
マクラウド氏の軽口をカトラ様が嗜めると,間もなく私達は洞窟内に侵入する。
「随分と広いですね……小さめの個体なら,竜族ですら窮屈に感じることなく活動できてしまいそうです」
「実際そうだろうな。……っと,ほら。これで回りがある程度見えるだろう」
カトラ様はバッグから小さな魔具を取り出し,魔導陣を展開する。
すると,筒状の魔具の先にぽっと明かりがともり,周囲を明るく照らした。
「わぁ……!なんですか,この景色……!」
視界に広がる洞窟の壁面には,いくつもの円形の模様が浮かびあがっている。それは不規則に散らばって壁面全体に広がっており,魔具の発する光を反射してきらきらと輝いている。水玉模様にも見えるその光景はとても自然にできたもののようには見えず,非常に幻想的だった。
「恐らく土竜達の仕業だろう。奴らは土中を掘り進んで移動をするが,その堀跡は地属性の魔導鉱石で埋め直される。厳密には,掘ることでかき分けられた岩盤に魔導エネルギーが溜まって鉱物化するのだ。それは一時的なものであり,エネルギーが切れると再び岩盤同士は癒着して元の硬さに戻る。だからこの模様は,一時的なものだな」
「へぇ,そうなんですね……なんだか不思議……」
「まぁ,これだけの数魔獣族が出現し,洞窟を荒らしまわっているというのは珍しいものではあるからな。今しか見られないものではあるだろう」
そんな話をしている間にも,私のそばに見えていた薄い円形模様が褪せ,周囲の岩盤と同化していく。刻一刻と変化していくその景色に見とれていると,カトラ様が軽く私の横腹を小突く。
「ひゃう!?な,なんですかカトラ様?」
「馬鹿,こんな景色ひとつに気を惑わせる阿呆がどこにいる。そろそろ作戦を開始するぞ」
「あっ……す,すみません……」
危うく忘れかけるところであったが,私達の目的は洞窟観光にはない。妖魔族たちを
不意に妖魔族の声が耳朶を打った。
「EATS……UBKOMAKKOADDEARREOUII(ここまでくれば構わないだろうな)……」
先頭の妖魔族がぴたっとその足を止める。何事かと思っていると,唐突にそれは雄たけびを上げる。
「ォォォオオオオオオオオオオオオン!!」
それを合図にして,ズズズズっと振動が響いてくる。
「ひっ!?な,何ですか!!?」
「こ,これは……!まさか!?」
「RADREGARNDTHIV(魔導炎弾)!!」
「ATKKAUAUUUTMKET(積み上げろ)!!」
ズドドドドドドドン!!
洞窟の入り口側から飛んでくる大量の火炎弾。それらは土属性の魔導エネルギーで形成された巨大な壁に衝突して爆発を起こす。
「きゃぁあああああああ!?」
「こ,これは一体……おい,どうなってる!!」
マクラウド氏が声を荒げると,クックックッと不気味に妖魔族は笑う。
「ANDNAN,EKIKATADUNOREKAIT(気付いていたのか)?IKAPENJNNITKIURENITTATAMOGADA(完璧に演じたつもりだったのだが)」
「奴はなんと言っている?」
「わ,わからないよ!魔導陣を展開して声帯を合わせていたわけじゃないんだから!」
「ならさっさと魔導陣を展開して聞き直せ,大方予想は付いているがな」
「くっ……」
マクラウド氏が魔導陣を展開すると,不気味な笑みと共に妖魔たちは続ける。
「KAAMAS,NANAKEONNWEIBWENWGIARNIARTOASD(あんな詭弁を我々が信じたとでも)?」
「OKINOKNOKEDAAM(滑稽なものだ)!!ARWORWAUAINSKOEPERPDOIATIITAAI(笑いをこらえるので精いっぱいだったさ)!!」
「な,なんだとぉ……!!」
理解不能な言葉で高笑いする妖魔たち。後ろの様子はわからないが,妖魔族たちは洞窟の奥から集まってきて,すぐに洞窟の奥が確認できないほどになってしまった。
「ま,マクラウドさん……どうなっているんですか!?この妖魔族たちは,私達を指導者の縁者だと思っていたのでは……!?」
「くっそ……どうやら上手くいかなかったらしい。まんまとここまで誘導されたっていうわけだ……」
「そんな!カトラ様,一体どうすれば……!」
この狭い洞窟で,前と後ろは妖魔の群れ。こんな状況,どう切り抜けるのかとカトラ様の方を見ると……。
「……はぁ。全く,思っていた通りだ。この崇高なるカトラ・フローリアを前にして,相談のひとつもせずにするからこうなる」
あきれた様子で溜息をついていた。その口調からは,危機感の欠片も感じられない。
「か,カトラ様……?っきゃ!?」
ズズン,と大きく洞窟が揺れる。恐らくゲニウスの形成した壁を突破しようと,妖魔たちが攻撃を仕掛けているのだろう。時間的猶予は残されていない。
「おいマクラウド,1秒だけ私の思考を鏡写しにすることを許可する。その間にお前の取るべき行動をすべてたたき込め,いいな」
「え,あ,わかったよ」
一体何をするおつもりなのか,疑問に思ったとほぼ同時に……カトラ様は私の持っていた魔具をばっと取り上げた。
「わうっ!?」
「USAEKSAR!!」
私が反応する間もなく,警戒し切っていた妖魔たちは先ほどと同様の魔導弾を一斉に発射する。
この洞窟内は広いとはいえ,弾幕となって降り注ぐ魔導弾を回避できるほどの広大さは持ち合わせていなかった。
「きゃああああああああ!!?」
絶体絶命,そう思う瞬間。
ドガガガガガガガガガガガガガン!!
「グヴォォォオオオオオオオオオオ!!??」
「ギャァアアアガアアアアアアアアアア!!」
「……えっ……?」
聞こえてきたのは,爆発音と……妖魔族たちの悲鳴。私達のほうに飛んでくるはずの魔導弾は,欠片も私の身体に当たることはなかった。
「大丈夫だよ,ミーア。もう終わるさ」
マクラウド氏の声。それに反応し恐る恐る顔を上げると……カトラ様による蹂躙作業は,既に始まっていた。
「烈……速……瞬……!」
洞窟内に響き渡る銃声と悲鳴。私から取り上げた拘束用の魔具によってその身体を縛られた妖魔たちは,なすすべもなくカトラ様の弾幕の雨に晒されていた。
「カトラが一瞬のうちに俺と共有した計画は,まず相手に魔導弾を使わせること。
奴らにとって,カトラに自由な行動を許すことは死に直結するため,カトラが動いた瞬間魔導弾を撃ち込んで,カトラが動く前に止めようとするだろうって」
「あぁ……その魔導弾を,鏡写し……?」
「そういうこと。でも,使った鏡をそのまま置いておくと,カトラの攻撃も反射してしまう。だから,攻撃を反射し切った直後に解除する必要があったんだよね」
口で説明をすることなく,思考を読むという形で伝えたのは,そこまでの複雑な説明を口頭で瞬時に伝えることが厳しいと判断してのことだという。相変らずカトラ様は,能力を有効活用するのが得意な方だと感心する。
「さて……終わったぞ。あとは,その壁の向こうにいる妖魔たちだけだな」
考えている間にもカトラ様の蹂躙は完了したようで,妖魔たちの遺骸がそこら中に散らばっていた。
入り口の方にいた妖魔たちが,なんとかゲニウスの作った壁を破壊し終え,こちらに攻め入ろうとする頃には……カトラ様が返り討ちにする準備は,とっくの昔に終わっていたのであった。
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