4発目 採掘依頼
「あ,あなたは……その恰好,どこかで……」
「俺ァ,ビルケニア。ビルケニア・シャルルだ。何度か遭っているはずだぜ,グルーオン邸の図書館の一角……お嬢様の作った実験スペースでな」
「ああ!!思い出しました,お嬢様の魔具の改良を手伝っていらした方ですね!」
シャルル氏は不敵な笑みを浮かべる。よく見ると,燃えるコートの中にもいくつか工具が見え隠れしていた。
「おい,ミーア,ケニー。何をしている?」
「あ,カトラ様!申し訳ありません,呼び止められてしまいまして」
「そのようだな。全く,一体何の用だ?見ていたかどうかは知らんが,この崇高なるカトラ・フローリアの愛銃に現状故障はないぞ。今朝のメンテナンスも欠かしていない」
「わーってるわーってる。俺だって通りかかっただけだ。採掘のお仕事があってな」
「採掘?」
「ああ。ほれ,あっこに見えるだろ?」
彼の指さす先に目を向けると,遠くぼやけてはいるものの,いくつかの山が連なっているのが確認できた。
「マル・タンボ火山帯。炎子回路を組むのに優秀な,グラマラス鉱石の産地だ」
「ふむ。それがどうかしたのか?」
「実はねぇ……あの場所に最近,“魔界の門”が出来ちまった……って話があんのよ」
「あぁ……なるほどな」
魔界。
それはこの次元を構成する,4つの世界のうちの一つ。
今私達の住んでいる“地上界”。
英霊族や神様たちが住み,地上界の上層にあるとされる“天界”。
死者たちの行き着く場所と言われ,ある事情から固くその境界を封じられている“冥界”。
そして,魔獣族や妖魔族が住み,悪意と弱肉強食が支配するとされる“魔界”。
カトラ様曰く,“同じ時間軸を共有しながらも隔絶された世界であり,隣り合った束のように繋がりながら混ざり合うことの無い次元”とのことだった。
500年前に一度崩壊したその境界は,神の使いにして英霊族・オイネロスによって,再形成と現在まで続く管理がなされている。
しかしながら,4つの世界の境界を完璧に維持することはできない。
ごくたまにではあるのだが……偶発的にしろ,意図的にしろ,部分的に崩壊することがある。
そうして崩壊した境界は“門”とよばれ,それを閉じない限りは門を通じて往来が可能になってしまう。特に魔界の門は脅威で,凶悪な魔獣族や妖魔族がいつでも地上界に侵入できてしまう危険性を持っているのだ。
「恐らく,お嬢様がさっきスッ転がした火竜も,門を通ってマル・タンボ火山帯に出現した個体をひっ捕まえてペットにしたものなんだろう。あの火山帯はエゲツナー伯爵の管轄で,開いちまった門を閉じるって話も,出てきた魔獣たちの処理も伯爵にしてもらうはずなんだが……あの野郎,俺ら民衆の事情なんかサッパリ気にしちゃくれねぇ。危なっかしくて近づけねぇって商人たちが言うもんだから,わざわざ危険を冒して自分たちで採りにいかなくちゃならねえって話なわけよ」
「なるほど。理解した……それは急を要する話だな」
熱気を司る火属性の魔導は,ものを温めたり燃やしたりするだけでなく,熱を奪うことで冷却などにも利用できる非常に便利なもの。
その素材である炎子回路が作れないとなると,調理道具や冷暖房などの様々な炎魔導家具の生産が滞ることになる。現在流通している在庫が切れる前に対処しなければならない大問題だ。
「如何致しましょう?カトラ様」
「んむ……息子があんな状態な以上,言ったところで素直に対処してくれるとは思えないな。わかった,その依頼,この崇高なるカトラ・フローリアが引き受けよう」
「おおおお,本当かお嬢様!ありがてぇ……!」
「没落したとはいえ,貴族としての責務を忘れたわけではない。上に立つ者として,当然のことだ」
「感謝しますぜ。御礼は欠かさねぇですぜ」
「目標としては,火山帯に出現した火竜達の討伐……そして,魔界の門の閉鎖だな」
「門に対して干渉するには,英霊オネイロス様と交信して魔導刻印を受け取る必要があります。その作業は私にお任せください」
当然オイネロス様本人に崩壊した門を封鎖してもらうことが望ましいのであるが,1英霊に4つの世界全ての管理は荷が重すぎる。そこで考案されたのが,彼と交信を行うことによって境界操作の権能の一部を一時的に譲り受けることによって,門の発生を確認した者が個々人で対応できるようにする仕組みだ。
「わかった,頼んだぞ」
「俺も出来る限り手伝うぜ。お嬢様の魔導機銃,俺の知る限りでは短期決戦型。火力は出しやすい代わりに燃費が割と悪かったはずだ。違うか?」
「ああ,そのようにしている。連戦が予想されるというのなら,多少なり火力を落としてでも長期運用に適応させた方が良いだろう。どの程度の期間で調整は終わりそうだ?」
「今の手持ちじゃ,ちょおっと工具が足りねぇかもな……2日,くれるか?」
「いいだろう」
「その間,宿はいかがいたしましょう?」
「この街には一個,でっかい魔具装具組合がある。そこにいるうちの上司に頼めば,口利きで中々豪華な宿屋を紹介してくれるんだ。格安で利用させてもらえるように頼んでおくよ」
「あら,それはありがたいですね。ぜひとも利用させてもらいましょう」
「そいじゃ,俺はさっそく仕事に取り掛かるとするぜ。後でな,お嬢様達」
カトラ様の愛銃を受け取ると,シャルル氏は意気揚々と去っていった。




