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48発目 進撃の貴族令嬢

 薄闇の残る盆地に,光の筋が幾重にも重なって挿し込んでくる。


 奥の山々から昇る太陽は,人々に戦の刻を告げているかのようだった。


 ばさっとコートを羽織り,銃を手に取る。起動と共に走る青い光の筋は,彼女の愛銃の手入れが完璧に終わっていることを示していた。


 それをホルスターに収めたカトラ様は,オズボーン氏から頂いた保存食を口に放り込む。


「……不味いな。こんな庶民の保存食など,今後もうしばらくは喰わずに済むようにしよう」


「ええ。そのためにも,行きましょうか」


 カトラ様はゲニウスに目を向けると,掌を上に向けて指をクイッと曲げる。彼女は頷くと,颯爽とコートをなびかせ部屋の扉に向かう彼女の後を追う。


 この一夜の中で,私達は言葉の通じない彼女に対して,マクラウド氏の通訳を経ずとも意思の疎通を可能にするための手段を教え込んだ。幸い彼女の物覚えは非常に良かったことから,十分な睡眠時間を取りつつ必要なパターンはしっかり覚えさせることができた。


「おはよう,カトラ,ミーア。よく眠れたかい?」


「おはようございますマクラウドさん。私達は問題ありません,そちらは?」


「ああ,俺もばっちりだ。もう元気はつらつだね」


 マクラウド氏との挨拶もそこそこにカトラ様の方に目を向けると,既にアレキサンダー氏との最終打ち合わせを進めていた。


「それじゃあ,頼みましたよカトラさん」


「ああ,任せておけ。お前たちも,拠点の防衛を任せたぞ」


「勿論ですとも。もっともうちのハンターたちは,掃討作戦に参加できなくて不服そうでしたがね」


「迷惑になるだけだ,そんなお荷物は二人も三人も要らん」


「がっはっは,手厳しいかぎりですなぁ」


 相変らずアレキサンダー氏の高笑いは,距離があっても耳に響く。否定をするつもりはないが,出来れば積極的にはかかわりあいたくないものだ。


「それでは,私らはここでどっしり構えておりますんで。吉報,お待ちしてますよ」


「ああ。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚に任せておけ」


 その後も軽く会話を済ませると,カトラ様は改めてコートの襟を正す。


「よし……。ではお前たち」


「はい」


「ああ」


「……」


 ゲニウスは頷きを返し,三者三様の反応を確認すると,カトラ様は逆光に陰る森を睨みつける。


「さあ,覚悟するがいい魔獣ども。掃討作戦の,開始だ」



♢♢♢♢♢


 ドゴォォオオオン!!


 地響きとともに,巨大な影が大地に叩きつけられる。


「爆!」 


 空中で方向転換したカトラ様は,眼前に迫った重厚な顎に向けて引き金を引く。


 それは楔のように,顎を覆う甲殻の隙間に抉り込むと,刹那の間をおいて大爆発を引き起こした。


 まだまだ止まらない。落下するボロンゴロンを足場に跳躍し,飛んできた岩の塊を回避する。私達の目が追い付くころには,彼女の銃口は殺意のプレゼントを投げよこした不届き者に定まっていた。


「集,狙……貫!」


 GK反動制御機構でも相殺し切れない勢いで打ち出された巨大な弾丸は,寸分たがわずガルランザの顔面を撃ちぬく。


 緑の血液が飛び散り,頭を失くした哀れな魔獣はそのまま大地に崩れ落ちた。


 ザンっと木の枝に着地するカトラ様に,マクラウド氏は声を飛ばす。


「まだ気配が一体分残ってる!そいつらは俺に任せろ!」


「お前が地盤を崩さずに対処するのならな!これ以上周囲を巻き込めば全責任をお前に押し付けるぞ!」


 カトラ様が言い返すと同時に,私たちの足元が揺れ始める。


「くっそ……ミーア!」


「きゃあっ!?」


 いきなりマクラウド氏が私の身体を引っ張りこむと,地面に向けて拳を振り上げた。


「能力コピー……ボロンゴロン!」


 そのまま地面を殴りつけると,ボゴッと亀裂が入って崩壊する。


 地中を掘り進んで進撃していた魔獣族は,それに巻き込まれて強制的に地面に引きずり出される。


 状況の呑み込めていないその額に,マクラウド氏は全力の掌打をかました。


「ガギュゥゥウウウン!!?」


 断末魔の叫びと共に,ガルランザは絶命する。先ほど残り一体分と言っていたことからも,恐らくこれで周囲の土竜達はあらかた斃しきったようだ。


「ふぅ,何とかなったね。大丈夫かい?ミーア」


「は,はい……できれば今すぐ降ろしてほしいのですが……」


「ああ,ごめん!変なところ触っちゃってたかな!?」


 慌ててマクラウド氏は私を降ろして彼にとってのパーソナルスペースまで離れる。明らかに顔を赤らめて意識しているのにぞっとした。


「カトラ様ぁ~……そろそろ私も限界です……」


「マクラウド……くだらない傲りは最悪許容してやるが,これ以上ミーアに触れれば帰らせるからな」


「はぁ……やれやれ,わるかったよ……」


 溜息をつくマクラウド氏をすっかり無視してカトラ様はゲニウスを連れて歩みを進める。地図によれば,もう100メートルもしないうちに目的の洞窟に辿り着けるはずだった。


 改めて洞窟に向けて歩みを進めようとしたところで,突然ゲニウスがはっと目を見開いて立ち止まる。


「どうした?」


「YANIINAYAKANAANSUOKRUNG(何か嫌な予感がする)。IHWASTATATTAUATOSTBEOKNOIEIORU(私達とは別の足音が聞こえるよ)」


「な,なんだ……?ゲニウス,もう一度聞かせてくれるかい?」


マクラウド氏が魔導陣を展開し,彼女と会話が出来る状態になる。


しばらくやり取りを続けると,彼の顔は一気に深刻さを帯びた。


「何かの足音……それも,複数人だって……?」


 慌てて彼が周囲を見渡すも,その時には既にカトラ様も行動に反応していた。


「ミーア,伏せろ!!」


「きゃあっ!?」


 ぐいっと腕が引かれ,凍てついた大地に倒れ伏す。それとほとんど同タイミングで,私の頭があったちょうどその場所に魔導弾が通り過ぎて樹木が爆発した。


「そのまま地面に伏せていろ!」


ゲニウスに私を護るように指示を出すと,カトラ様は銃を構える。


 マクラウド氏も臨戦態勢に入り,びりびりと張り詰めた緊張感が森の中に満ちた。


 ざ,ざ,ざ,ざ。


 森の草木を踏みしめる音と共に,ゆっくりとその一団は姿を現す。


「こいつらは……」


 人間に似たシルエットでありながら,装甲のように滑らかな漆黒の表皮。


 関節に生えた刺々しい突起。


 表情の読み取れない顔。


 はっきりと見覚えがある……冥帝教の妖魔族だ。


 その数,概ね10体前後。何も言葉を発しないのは,果たして話すことが出来ないからなのか,話す必要がないからなのか。


「カトラ,様……」


「……お前たちは何者だ。さっきまで襲撃してきた魔獣達とはどのような関係にある。応えろ」


 カトラ様がその一団に向かって話しかける。しばらくの間無言であった彼らのなかから,やがて一人の妖魔が一歩前に出た。


「AKSIESARAHRUASMAIHRAAKNATEIRUI(ミグノフ礼師から話は聞いている)。AERONKOINSAIAITMUDOKEITROET(殺さない程度に痛めつけるだけ痛めつけろ),TNOA(とな)


 反射的にマクラウド氏に目を向ける。彼も妖魔たちは彼らの言葉で話しかけてくると呼んでいたようで,既に魔導陣を展開していた。


「ミグノフ……礼師……?」


 彼の口から出た言葉は,恐らく今回の教団側の指導者の名前なのだろう。聞いたこともない役職名だが,教団にとって重要な立場にある存在なのは間違いなさそうだ。


「……IEKOSOORIIETDEUMHARE(殺せという命令では),NANAIOK(ないのか)?」


SYE(そうだ)。AKOMTAHAEUATINATNSNAOKOSGOEDWR(お前たちは大量に竜族を殺すことが出来る),UEISZYOSNATEIEUNNBISEDAOKTOEK(故に生かしておくべきなのだと)」


 全く理解のできないやりとりをする,妖魔族のリーダー格とマクラウド氏。すると彼は,あきれたように溜息をついた。


「どうした,マクラウド……奴らはなんと言っている?」


「やれやれ……随分と甘く見られたものだ。カトラ,こいつらの頭にはお花畑が広がっているようだ」


 そう言うと彼は,にやりと不敵な笑みを浮かべる


「どうやら,わからせてやる必要があるみたいだな……一体どちらが,生殺与奪の権を握っているのかを」


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