47発目 攻略への筋道
重苦しい空気が待合室に降りる。
夜になり,部屋に明かりが灯ると,ゆっくりと彼女は口を開いた。
「ATIGSWORASERAOIYWAUUTA(私が襲われた理由)……ATINIWMOAS(私にも), TYUWATOKEIAKNAODEREINDOAK……EADEKNKMOASANOAIGNORIHAUN, KUNIOTOSAINANKAAWKAITMOAR(塔に何かをしたからかも)」
「……塔,だって?」
「どうした,マクラウド」
首を傾げた彼にカトラ様は問いかける。彼女に再び問いかけた彼は,顎に手を添えて考え込むようなそぶりを見せた。
「おい,マクラウド。ゲニウスはなんと言っているのだ」
「……どうやら,カトラの推測はビンゴみたいだ。この魔獣族は,もともとこの場所にいたわけじゃなく,別の場所から召喚された存在。そしてその召喚した者達が,この子を襲うように命じた可能性があるのだそうだ」
「者達?それは確かに複数形か?」
「え?あぁ,確かに……たくさんいる時の発音だったな」
複数存在する時の発音……つまりそれは,組織単位での活動があるということ。
冥帝教……その言葉が頭をよぎったのは,私だけではないようだ。
カトラ様は腕を組んだまま,トントントンと靴で床を叩いている。
「必用な情報は……その“塔”とやらの形状と,設置されている場所。そして,それを護る者達がどの程度いるか,だな」
「わかった,それを聞いてみるね」
その後,マクラウド氏とゲニウスとのやり取りが何度か繰り返される。そのやり取りを終えると,彼は魔導陣を解いて深刻な声で説明を始めた。
「どうやら塔というのは,人間の身長の倍程度の大きさ。そしてそれらが,円形にいくつも並んでいるらしい。場所は,洞窟の中」
「洞窟?」
「うん,確かに洞窟にあったと言っている。実際にそれが活用された場面を見たわけではないみたいだけど,その円形に並べられた塔が重要なものであるというのは,彼女の身からでも雰囲気的に感じることができたんだって。その護衛を務める者達も,土竜とはまた違う,とげとげしい形状のヒト型妖魔族が大量に務めているとのことだ」
大量のヒト型魔獣族……これも,火山帯で冥帝教の教団と遭遇した時と合致する。円形の塔群というのだけは一致しないが,教団の資金を使って複数の装置を作成しているという説や,属性ごとに竜族を呼び出す装置の形状に変化がある説も考えられる。
それらを踏まえると,今回の事件を起こしているのは,カトラ様の推測通り冥帝教。あの研究者の言っていた,闇竜皇復活とやらの一貫である可能性が高い。
そうしている間にも,現場はあわただしく動いていく。地図が広げられ,「洞窟」というキーワードから場所の特定作業が始まった。
「候補はどのくらいに絞ることが出来る?」
「そうですなぁ……周囲を囲う山々を含めると,候補自体は少なくありません。しかし,魔獣達が出現し始めてから捜索をした場所もいくつかありますから,それらは除くことが出来ましょう」
う~んと唸り,顎髭を弄りながらアレキサンダー氏は洞窟の場所にマル印をつけ,過去に捜索した場所のリストを見ながらバツ印をるけ消していく。そして残った候補地は,大きく分けて3つに絞られる結果となった。
「さぁて……こんなもんでしょうな。まず目につくのは,南西部にある森林地帯。ここは盆地の中でもかなりしっかりした岩盤が敷かれていて,この地域でも最大級の洞窟があります。いかんせん規模が大きいことから,今まで調査は避けられてきました」
「森林帯の中でも,最大級か……」
「ええ。次点では,この湿地帯にある洞窟。比較的洞窟の中心部にあるもので,あまり規模が大きいわけではないですね。ただ,その周囲は比較的岩盤が緩いこともあってか,土竜どもも多く発見されています」
指で示しながら説明をしていくアレキサンダー氏。ふと目を向けると,ゲニウスはその指の動きをじっと見つめて目で追っていた。何か心当たりのある顔なのか,単に呆然と見ているだけなのかはわからなかったがカトラ様も特に気にしていない様子であったことから,どうやら後者のようだ。
「そして残るは,北端にあるマルデンドール山にある洞窟。ここも比較的大きめだが,ちょっと距離が遠すぎる気もするな……」
そう言いながら,彼はそのマル印を消してしまう。残った洞窟の場所は2ヵ所だ。
「どうしますか,カトラ様?」
「ああ……マクラウド,ゲニウスが外に出た時に見た景色がどうだったか,聞けるか」
「外に出た時に見た景色?」
「ああ」
「洞窟をた時は,大量の樹木に囲まれていたと言っていたよ。その樹木の間に隠れることで,やり過ごすことが出来たと言っていた」
大量の樹木……ということは,ゲニウスが脱出した洞窟の出入り口は森林部にあったということ……つまり,アレキサンダー氏が最初に示した,森林帯の中でも最大級という洞窟にあるようだ。
「では決まりだな。我々が3人でこの洞窟に攻め入る。目的地が定まったのなら,ためらう必要もないだろう」
「3人で?いくらなんでも人数を絞りすぎでは……?」
「戦力としては問題無い。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てすれば,魔獣の群れ如き雑兵にすぎん」
「ぐむう。意義を唱えたいところですが,実際にその実力の程を見てしまった以上言及はしかねますなぁ」
ここに来る直前にボロンゴロンを一撃で粉砕し,施設の結界を破って出現したガルランザを一掃。出現している土竜族2種のどちらもあっさりと討伐してしまったカトラ様にしてみれば,私達ですら必要ない可能性だってあるのだ。
「それに,仮に洞窟攻略に人員を割いたとして,今日のような襲撃が明日にはないとも言えん。そうだろう?」
「ですな。……いいでしょう,わかりました。攻めの一手は,カトラさん達にお任せしましょう」
「ああ。ミーアもそれでいな」
「勿論でございます。私の意思は,すべてカトラ様と共にございます」
「俺もそれで構わないよ。カトラが戦えなくなっても,俺に任せて」
全員の意見が一致する。そんなわけで作戦会議も終わり,私達は明日に向けて用意を始めるのであった。
♢♢♢♢♢
「……はぁ!?貴様,この状況で何をふざけたことを言っているのだ?」
すっかり暗くなったリーマップ・フロンティアの宿泊施設前に,カトラ様の怒号が響く。
「いや,でもしょうがないだろう?この子と話が出来るのは俺だけなんだし……」
少ない外灯の下で絶賛大口論になっているのは,先ほどまでの議論と比べたら驚くほどくだらなく,ただしとても大事なこと。
“ゲニウスを,男性・女性どちらの宿泊施設に泊めるのか”ということ。
ゲニウスの形態は明らかに女性型であることから,男性用の施設……特にマクラウド氏と同部屋というのは,どうしても不安がある。
ただ,彼の言い分である「ゲニウスに何か問題が生じた時,私達では対応することができない」ということも,また事実なのだ。
「う~ん……どちらも問題が生じることは事実ですねぇ……」
「というか,そういえば……この子の実際の性別,聞いてなくないか?」
「はぁ?……確かにそうだが,しかし……」
私達が理解できない言葉を話ながら怒りをあらわにしていることが心配なのだろうか,不安げな瞳を向けるゲニウス。その姿は私の目からすれば女の子なのだが,女性であると視覚的にわかるバストの部分にふくらみは見えない。
それは見た目的に幼いからと思っていたが,性別が男性だからともとれるのだ。
「……どうします?カトラ様……」
「……聞くしかないか。オスなのか,メスなのか。おいマクラウド,仮に偽ったりしたら……」
「わ,わかってるって……」
しぶしぶといった様子で,マクラウド氏は魔導陣を展開する。
「EMISEKITUNOHAIB(君の性別は何)? KOSANOAUN, NESAOMKAUN?」
「……IEAFLM(女の子よ)」
彼が明らかにがっかりした様子で溜息を出す。どうやらちゃんとメス個体だったようだ。
「決まりだな。この者は私が預かる。何か事が起こった時は適宜お前に連絡を行う。少し対応は遅くなるだろうが,通信手段を持っていないわけでもないだろう?」
「うん。ミーアと連絡先は交換しているよ」
「ならそれを使う。ミーアもそれでいいな」
「ええ,構いませんよ」
こうして白熱した議論にも決着がつき,私達は宿泊施設に向かうのであった。




