46発目 疑念
「ふぅ……いやぁ,流石はミーアさん。触れているだけで回復が出来るとは,恐れ入ります」
「いえいえ,どういたしまして。私は戦闘が出来るわけでもないですから,少しでもこういうサポートの方向で,皆さんのお役に立ちたいんです」
「がっはっは,まさに適材適所。立派なことですよ」
魔獣達の襲撃から半日ほどが経過し,西の空に深紅の太陽が沈んでいく。
魔獣達に破壊された館の修繕も最終盤に差し掛かり,最後に残ったアレキサンダー氏の治療も完了した。
「おーうぃ,アレク館長!今戻ったぞ~!」
「おーうおーう,バーモット隊!どうだった,何か変わったことはなかったか?」
ふと声のした方を見ると,何人かの魔具を背負った屈強な男性たちがぞろぞろと歩いてくる。
彼らは「護衛隊」と呼ばれる,リーマップ・フロンティアの護衛と魔獣の調査を務める複数の部隊のうちのひとつだ。ガルランザの襲撃を受けて帰還した彼らに与えられた任務は,周辺地域の調査。リーマップ・フロンティアには本来魔獣族が攻めてこられないような細工が施されているのだという。
しかし今回襲撃が合ったということは,その魔獣除けの仕組みに異変が生じたということ。魔獣達が攻めてきた理由は何か,きっかけになったであろうその異変は何だったのか……それらを調査することが,彼らの任務になっていた。
任務を終えて帰還した彼らは,早速アレキサンダー氏に事の顛末を報告し始める。
「案の定,魔導障壁がガルランザどもに破壊されていた。第6魔導香炉の付近。ちょうど,温泉の裏手から左側に進んだぐらいのところだった」
「第6……魔導香炉?」
「ああ,召使ちゃんは知らないんだったか?このリーマップ・フロンティアでは,魔獣族が入ってこれないように,強固な結界を張ったうえで,それをカモフラージュするための16の香炉を焚いているんだ。その香炉のうち一つが何者かによって倒されていた。同時にその付近から結界が破壊されて,魔獣の襲撃を許しちまったみたいなんだ」
「なるほど……結界をカモフラージュするための香炉ということは,それが倒れたことで上手くカモフラージュが機能しなかった……?」
「どっちが先かは,よくわからん。だが,効果を考えると先に香炉が倒されて,結界が見つかったという経路が妥当だろうな」
「そう……ですか……」
ずきん,と心が痛む。魔導香炉が倒されていたというが,その場所としてバーモット体調が口にしたのは,温泉……
「……ミーアさん?どうした,なんか心当たりがあるのか?」
「え?え,いえ,その……」
じ……とアレキサンダー氏がこちらに目を向けてくる。まさか,疑われているのだろうか?
「……いや,すまねぇな。あんたらが意図して魔獣達を引き入れた,とまで思っているわけじゃない。ただ,何か申し訳ない気持ちをしているように見えたもんでな」
こちらの気持ちをぴたりと当ててくる。流石は館長を務める人物だ。私はため息をつくと,ゆっくりと話した。
「……オズボーンさんから,聞いていますか?魔獣族の,女の子の話……」
「ああ……あの子か。なんか,あの男の方が通訳ができるんだったっけか」
「ええ。マクラウドさん自身は能力の応用でそういうことが出来るってだけらしいですけれど……彼女を見つけた場所が,温泉の裏手だったんです」
そこまで言うと,アレキサンダー氏とバーモット隊長は顔を見合わせる。まさか疑いの目をかけられるのかと感じ,慌てて私は弁明した。
「ああ,でも!多分意図的に倒したわけではないと思います!あの子,凄く重い傷を負っていて……」
「あーいい,大丈夫。そういう疑いをかけたわけじゃないさ。俺もオズボーンの奴から保護したときの彼女の状態は聞いている。かなり重症で,命からがら魔獣達から逃げてきたそうじゃないか」
「そ,そうなんです。だから,彼女が悪いわけでは……」
「ああ。香炉を倒したことについては,彼女が意図して行ったものではないだろう。だが,問題はそこじゃあないんだ」
バーモット隊長はなおも反論を続けようとする私の話を遮る。では何が,と更に問いかけようとすると,それをわかっていたように彼は続けた。
「問題は,そこまで彼女が狙われる理由が何かということだ。我々の構築している障壁は,たとえ魔獣族に攻撃を仕掛けられたとて,一度や二度で破壊されるようなヤワなものじゃあないんだ」
「マクラウド,だったか?彼が言うには,ただ単に仲間だと思われなくなったから,縄張りを犯す者として襲われた,ということだったな。だが……それだけの理由では,わざわざ結界を破壊してまでこのフロンティアまで追ってくるなんてことはしないはず。そうだろう?」
彼らの言うことにも一理ある。実際,マクラウド氏の通訳のもとに彼女の話を聞いた時から,奇妙な引っ掛かりを覚えていたのはたしかなのだ。
少女が何かを隠しているのか……或いは,マクラウド氏の方が何かを偽っているのだろうか……
「ミーア!治療は終わったのか」
そんな嫌な考えを遮るように,カトラ様の声がする。
振り返ってみると,カトラ様やマクラウド氏と共に少女の姿もあった。
その瞳は不安げに揺れていて,決して追手の魔獣が倒されたからといって安堵している様子はなかった。
「あ,はい!もう大丈夫です~!館長,それでは私は,カトラ様の元に行きますね」
「ああ。……そうだ,よければ,みんなで共有スペースに向かおう。俺としても,あの女の子と対面してしっかりと話をしたいからな」
「そうですね。カトラ様に聞いてきます」
「ああ,頼んだぞ」
ぐっと親指を立てるアレキサンダー氏。
私は誠意を込めて一礼すると,カトラ様の方に駆けていった。
♢♢♢♢♢
「ふむ……なるほどな。いいだろう,私もこの者の話はより詳しく聞きたいと思っていたところだ。マクラウド……先ほどから言っているが……」
「一言一句違えずに翻訳しろ,でしょ?わかってるって,疑い深いなあカトラは」
大仰に肩をすくめるマクラウド氏。彼には少し悪い気もするが,その翻訳の精度を担保するものがない以上それも仕方のない。
アレキサンダー氏も合流し,私達は比較的被害の少ない本館西部の待合室に移動した。
「さて……まずはそろそろ,“この者”という呼び方は正した方が都合がいい。マクラウド,この者の名前を聞け」
「はーい。全く,偉そうに……」
しぶしぶと言った様子でマクラウド氏は魔導陣を展開する。
「MAATIWMAASENO(私の名前)?……USNIOGE。」
「ゲニウス……この子は,ゲニウスっていうらしい」
「ゲニウス……?また随分と男性的な名前だな」
「土属性に由来のある種族は,濁音が多い傾向にあるんです。我々にとっては男性的に聞こえても,土竜的にはそうではないかもしれませんな」
「その話は私も聞いたことがあります。あまり珍しいことではないのかもしれませんね」
「理解した。それでは,いい加減本題に入ろうか……お前があの魔獣達に狙われていた,本当の理由を……」




