44発目 土竜の少女
「これは……」
「な……竜族……!?」
「グルゥルル……ゥウ」
目の前の彼女は,苦しそうにうめき声をあげている。
エーテル型・サークル型の魔導士の中には,変化の魔導を扱うことが出来る者も少なくない。特に竜族などの強力な魔獣族の場合だと,「遺伝能力」と呼ばれる,種族や一族全体で使用できる能力の中に変化の能力が含まれる場合もあるのだという。目の前にいる彼女もそうなのだろうか。
「おい,ミーア!」
「え!?は,はい!」
そうだ,こんなことを考えている場合ではない。今この者は重傷を負っているのだ。
私は慌てて駆け寄り,彼女を抱き起す。
目に見えてわかる怪我は,肩の切り傷と,横腹に確認できる大きな怪我。そして脚に見られる大きな打撲痕。
「ガゥウ……」
「大丈夫です……すぐに傷も治りますからね……」
言葉が通じるわけもないが,自然と声をかけながら,私はそれらの患部に身体が密着するように抱きしめた。
「み,ミーア?何をしてるんだ?」
「これがミーアの固有能力,【治母神】。触れている者の傷を癒すことが出来る能力だ。この崇高なるカトラ・フローリアの召使として申し分のない能力であると言えよう」
私に代わってカトラ様が解説する。少し大仰な感じだが,それだけカトラ様に認めてくださっていると思うと,治療中ではあるが少し誇らしく思ってしまう。
「しかし,このような場所では危険です。この子を傷つけた者が未だどこかに潜んでいるかもしれません」
「その点なら大丈夫。俺達がミーアを護るから」
オズボーン氏の言葉に,自信たっぷりに言うものの,カトラ様はそれに反対する。
「安全な場所まで移動するに越したことはない。オズボーン,どこか落ち着ける場所まで向かうぞ」
「お,落ち着ける場所……応急処置が出来る場所である必要は?」
「ない。傷はミーアがすべて治せる」
「わ,わかりました。では宿泊施設まで向かいましょう。女子用の個室で構いませんか?」
「ああ,頼んだ。ミーア,抱き上げられるか」
「な,なんとか……んんっ……!」
少女の身体は,カトラ様と比較しても少し高い程度。なのだが,竜族ということもあってか想像以上に重い。
その様子を見ていたカトラ様は,私と一緒に彼女を抱きかかえる。
「わっ……あ,ありがとうございます!」
「気にするな。さあ,行くぞ」
一気に私にかかる重みが軽くなり,一瞬よろけるが,なんとか持ち直して移動を始める。
オズボーン氏の案内の元,なんとか女性用の宿泊施設の一室までたどり着いた。
「よし。一旦ここでこの者が目覚めるまで待機だ。だがまぁ,恐らくじきに目覚めることだろう」
「じきに目覚めるって……でも,さっきの様子だとかなり重症でしたよ?」
「言ったろう。ミーアの能力は,触れている者の傷を癒す能力。そしてポテンシャル型だ。今移動していた時間にも,この者の治療は進んでいる」
驚きと共にオズボーン氏が魔獣の少女に目を向ける。彼にずっと私と接していた腹の部分を見せると,既に傷はほとんど治っていると言っても過言ではなかった。
「ぉおお……す,素晴らしい……流石は元伯爵令嬢の召使様。お見事です」
「ありがとうございます。お役に立てたようで何よりです」
そんな話をしていると,少女の意識が戻ったようで,もぞもぞと動き始める。
「んんっ……グルル……」
「あ,気が付きましたね。大丈夫ですか?」
言葉が通じるはずはないのだが,いつもの癖で声をかけてしまう。
「KOHKOA……OKDO……?」
その口調は,先日遭遇した妖魔族の発する言語と,発音やイントネーションに多少異なっているように感じる。結局何一つ理解できないことには変わりないが。
「KUGAERIZUANOTT(傷が治ってる)……ASINATATEKURANOTAIGAOATTNKAE(あなたたちが助けてくれたの?)?」
「あぁ……ぇえっと……」
話しかけてはくれているものの,その本意が全く分からない。すると,突然マクラウド氏が彼女に話しかけ始めた。
「SOU,BOSUNOKGATNAOOKAT(僕とその仲間たちが),KMNDIWOAIKESUTANAT(君のことを助けたんだ)。」
「NEAZ(何故)?ATHANATATIA(あなた達は), YNNGENINENON(人間よね)?WINTASAITOTA(私達の), ZTINAAEKNOOHNIUN(敵のはずなのに)……」
「EKOKITKAITTAAMKNATKNOKAIANYOEI(敵とか味方とか関係ないよ)。GATEUKEHISITOIR(怪我している人を),HOTTKWOEKUAAEOKANATUTTKEARTAAS(放っておけなかったから助けた)。DASEDEORYOAK」
マクラウド氏の言葉に,少女は驚いたような顔をする。どうやら彼なら,意思の疎通が可能なようだ。
「ま,マクラウドさん?この子の言葉,わかるのですか?」
私が衝撃と共に問いかけると,けろりとした顔でマクラウド氏は魔導陣を展開し,自身にかけていた効果を解く。
「え?ああ……僕の能力【写鏡】の応用だよ。脳の処理機能をこの子と同じにすることで,この子の言っていることがわかるようになるし,この子と同じように話すことが出来るんだ」
「そんな……ということは,実質的にどんな存在とも話をすることが出来るということですか!?」
「そうだけど……何か,まずいことでもしちゃったかな?」
「ま,まずいどころか,とんでもなく優秀な能力ではありませんか!どうしてすぐにそれが出来ると言ってくれなかったんです!?」
「いや,だって……魔獣族の言語くらい,誰でもわかるでしょ?僕の能力なんて使わなくったって,魔具の翻訳機だっておんなじことができるんだし……」
絶句する。私達と出会う前だって,彼は別のチームに所属して,それなりに他の人間ともかかわっているはずなのに,それでこうも世間知らずなのか。カトラ様も同じことを思ったのだろう,明らかな舌打ちが聞こえた。唯一きょとんとしているのは,私たちの会話を理解できず首をかしげている魔獣族の少女のみだ。
「……出来るのなら,さっさと役割を果たせマクラウド。お前は通訳だ。この魔獣の発言を私達に伝え,逆に私たちの言葉をこの魔獣に伝えろ。脚色も意訳もせず,意味のままを言え。いいな」
「わ,わかったよ,カトラ」
高圧的なカトラ様の態度に,マクラウド氏は縮こまる。流石にこの状態で変に独自解釈で伝えることは彼もしないだろう。訳の信頼性は大切なので,彼には少々心無いかもしれないが我慢してもらうしかない。
取り決めが決まったところで,改めてカトラ様は魔獣の少女に問いかける。
「さて。いろいろと問いかけたいことがあるが……まず一つ確認をさせろ。お前の種族は何か。今この土地では土竜族が多く確認されているが……お前もそれと同じ,土竜族なのか」
マクラウド氏が魔導陣を展開し,魔獣族の言語で彼女に問いかける。それに彼女は,頷きながら言葉を返した。
「間違いないみたい。正真正銘,この子は土竜族。でも,さっき僕たちが出会ったボロンゴロンではなく,もう一方のガルランザであるみたいだ」
ガルランザ。先ほどのアレキサンダー氏からの説明によれば,ボロンゴロンより魔導の扱いに長けている種族のはずだ。そうなると,この容姿は変化の魔導によるものなのだろうか。そのことを伝えるようにマクラウド氏に言うと,しばらくの間二者によるやり取りが続いた。
「……理解したよ。どうやら彼女は,変化の魔導で人間に変化したはいいものの,そこから戻ることが出来なくなって,仲間の筈のほかの魔獣族から仲間だって思われなくなって,攻撃を受けたらしい。それで殺されかけて,なんとかこのベースキャンプまで逃げてきたんだって」
「なるほど,やはりそうか。魔獣族は基本的に獲物を追える状況なら逃がそうとはしない者が多いと聞く。特に土竜達は嗅覚が鋭いとも聞くから……」
顎に手を当て,カトラ様は真剣な顔をする。
しかし,その続きを言う前に……
ズドォォオオオオオオン!!!
「ゴガァァアアアアアアアアアアア!!」
何かが踏みつぶされるような音と共に,魔獣の咆哮が空気を揺らした。




