43発目 未知との遭遇
「はい。なんでしょうカトラ様」
「その2種の出現場所……その大元については,把握できているか」
「大元……?と,どういうことでしょう?」
いまいち質問の意図がつかめない様子で,首をかしげるアレキサンダー氏。そんな彼に対して,カトラ様は真剣な眼差しで,その口を開いた。
「こうした事例は,以前に一度遭遇したことがある。突然ある場所に竜族が出現し,周囲に被害を加えると言った状況がな」
「……私達が,シノゾイック工房に来る前の出来事,ですよね」
「ああ。その時調査を進めていく中で……ある事実に辿り着いたのだ。今まで出現していた竜族達が……人工的に開かれた魔界の門を通じて,計画的に呼び出されていたものであったことをな」
一気に周囲の職員たちがざわめき始める。恐らく,にわかには信じがたい話に動揺を隠しきれないのだろう。
「ど,どういう……竜族が,計画的に呼び出されていた……?」
さしものアレキサンダー氏も,ごくりと唾を呑む。その態度から,恐らく心当たりはないのだろう。だがそれでも,可能性を提示するためか……カトラ様は,そのまま問いかけを続けた。
「私としては,今回もその件に類似する事態になっている可能性を考えるべきだと思っている。つまり……
これらの土竜達も,意図的にこの森に放たれた個体群であり,奴らを野に放った……或いは,現在も放ち続けている元凶が,この森の奥に潜んでいる可能性を,な」
「土竜達が,人工的に呼び出されていたものだった……」
「確かに,この森林の中にもともと出現していたのならまだしも,今までそういった報告はありません。可能性としては,十分にあると考えられます」
カトラ様の言葉に,アレキサンダー氏をはじめ職員たちも口々にその可能性を肯定し始める。どうやら,リーマップ・フロンティアの中でも以前からその考えに至る予兆はあったようだ。
「ということは,その元凶を倒せばこの件も自然に収まる可能性が高いんじゃないか?」
「私が関わったその事件の際はそうだったな」
マクラウド氏の意見にカトラ様も頷く。アレキサンダー氏は顎に手を添え,しばらく沈黙する。
「あまり確証の無い可能性に人員を割くのは望ましいことではないが,探してみる価値はあり……か」
「大丈夫です,そのための私達ですよ。私達は戦闘にこそ参加できませんが,施設を探すくらいのことはできます。火山帯ほど危険な地帯でもありませんしね」
「そう言ってくれると助かる。そうなると……リーマップ・フロンティアの職員たちで,周囲に危害を加える魔獣達の処理を。魔獣達の発生原因をカトラさん達で捜索する……それがよさそうだな」
「なんだ。竜たちの掃除もこの崇高なるカトラ・フローリアに任せておけばいいものを」
「いやぁ,確かにカトラさんに任せても問題ないかもしれませんがね。この先にどんな困難が待ち構えているかもわかりません,体力や魔力は温存しておくに越したことはないでしょう?」
「ふん。まぁ,現在ここの指揮権が私にあるわけではない。素直に従ってやろう」
「がっはっは,ご理解いただけて何よりです。では,我々は土竜どもの出現の記録を改めて詳しく精査して,発生原因の予測値を割り出す作業に入ります。カトラさん達は,それまで一旦休憩しておいてください。長旅の上,土竜の襲撃まで受けて,随分とお疲れでしょう。安全な寝床もございますので,ゆっくりお休みくださいよ」
「感謝する。そちらから話すべきことは,もう充分話したか」
「ええ,これで。おういマゼラン,このお三方に宿泊用のお部屋をご案内してやってくれ」
「はーい,ただいま!」
アレキサンダー氏が入り口の方に声をかけると,爽やかな声と共に一人の男性職員がやってくる。宿泊施設の施設長を務めており,マゼラン・オズボーンというらしい。
「宿泊用の施設は,この建物……本部フロンティアセンターを出て左手にございます。こちらへ」
「ああ,案内は任せる。アレキサンダー,場所の予測は任せるぞ」
「ええ,どーんと!」
こうして会議を終えた私達は,オズボーン氏の案内で宿泊用の施設へ向かうのであった。
♢♢♢♢♢
「そういえば,こういうキャンプ地の宿泊施設って,部屋とか分かれていないんじゃなかったっけ?」
本部を出てすぐ,思い出したようにマクラウド氏が声をかけると,オズボーン氏は困ったように苦笑する。
「あ~,一般的な登山用の山小屋だと,そういう施設も少なくないでしょうね。ただ,リーマップ・フロンティアは長期にわたって調査隊が滞在することも少なくありませんし,そういった組合からの支援金と,国からの補助金もあって,就寝用の施設はそこそこ充実しておりますよ」
「そっか。ま,それなら安心だな~」
「ただ,申し訳ありませんがトイレとお風呂はお部屋にございません。広さ自体も,そこまであるとはいえませんね……元伯爵令嬢のカトラ様や,召使のミーアさんの普段使用していらっしゃるお部屋とは,申し訳ございませんがはるかに劣ってしまいます……」
「構わん。私は崇高なるカトラ・フローリアだ。一時的に滞在する程度なら,我慢くらいはできる」
「うふふ,そうですよ。一時的に滞在する程度なら,大丈夫ですよね」
「……あまり余計なことを喋るな,ミーア」
「はーい,申し訳ございません」
ぷいっとそっぽを向いてしまうカトラ様。他の2人は全く気付かず機嫌を損ねてしまったのかと縮こまっているが,恥ずかしくて不機嫌になってしまっているところが最高に可愛らしい。
「あ,ご覧ください。あそこにあるのが,大浴場です。入って右手側が女性用,左側が男性用になっていて,20時から利用が可能になっています」
「わぁ……!大きいお風呂は久しぶりなんですよね。楽しみです♪」
オズボーン氏が示した先には,高い屋根の中心に大きな煙突の伸びる円形の施設。こうしたベースキャンプにある施設と考えると,浴場自体もかなりの広さが期待できる。
だが,カトラ様が注目したのはそこではなかった。
「……おい。風呂の奥にいるのは誰だ」
「え?風呂の,奥?」
カトラ様に言われて見てみても,何も動くものは見えない。すると,なんとマクラウド氏が声を上げた。
「裏口でしょ?あれは人間じゃない……きっと魔獣族だね」
「え?ま,マクラウドさんもわかるんですか?」
驚きの声を上げると,マクラウド氏はきょとんとした声を出す。
「滅茶苦茶わかりやすいし,明らかに違うよ。……こんなにはっきりしているんだし,みんなわかるものじゃないの?」
「調子に乗った台詞はいい。敵意はないようだが,どうする」
「行ってみよう。もしかしたら,良い者かもしれない」
「あ,ま,マクラウドさん!」
私が止める間もなく,マクラウド氏は駆け出していく。
気配に気づいていたカトラ様も,溜息をついて彼の後を追い始めた。
「どうしましょう?オズボーンさん」
「さ,流石にお二人だけ残すのも違いますし,行きましょうか」
2人で頷き,急いでカトラ様とマクラウド氏の後を追う。
「カトラ様~!大丈夫ですか?」
2人がいたのは,大浴場のちょうど裏側。森に面した小さな隙間だ。
「……え?こ,これって……」
「……ミーア,よく来てくれた。すぐに治療を施せ」
一緒にいた,彼女らが感じた気配の元凶と思われるのは……
茶色く焦げたような色の皮膚に漬けられた,無数の傷。
ボロボロの布の隙間からは,タイルのような鱗が浮かび上がっていた。
緑の血で地面は血に染まり,その者が受けたダメージがただものではないことを示している。
「これ……って……」
傷だらけ……もはや瀕死状態と言っても過言ではない状態の,ヒト型の魔獣族だった。




